進む想像
雨が止み、雲が流れて黒い空が広がっていく。月はまだその姿を少ししか見せていない。しかし、時と共に姿を現していく。それは遠い昔から繰り返されていること。月と地上の間に雲があっても、それは変わらない。
季節は春といえる時季。だいぶ暖かくなったとはいえ微妙に肌寒い。
屋敷の中にある部屋の一つに作られたお座敷、その空間に並べられた座椅子が二つある。そこにはそれぞれ人影が座っている。
その人影たちは窓の外を見ている。一枚の毛布を一緒に掛けているので彼らは、あまり肌寒さは感じていない。
「君と、くっ付いている所は良い感じに暖かい」
「暖かいね」
「季節はだんだんと暖かくなって、それから暑くなるのか……」
「暑いのは苦手?」
使い魔は両手でテーブルの上のカップを手に取ると尋ねた。
「苦手だよ。どちらかといえば冬の方がいいかな」
「ふーん」
魔術師の答えを記憶に仕舞い込みながら、カップに入った紅茶を一口飲む。
「……このシチュエーションも寒いからこそ……。それが出来なくなってしまうのは残念だ」
「このシチュエーション好きなの?」
「うん。……暖かいし!」
魔術師の性格をそれなりに理解している使い魔は、照れ隠しの余計な一文に気付いていた。
「わたしもこのシチュエーション好きだよ」
「そうか」
一言そう言うと、お座敷の玄関の方へ顔を向けた。嬉しくてゆるんだ口元を見られれないために。
「んん? 何が嬉しかったのかな?」
使い魔は手に持ったカップの中の紅茶に微妙に映る自分の顔を見ながら尋ねた。
「それは秘密だ」
「おしえてよ」
紅茶の水面に映るその顔はイタズラっぽい笑みを浮かべている。彼女の心の内では、その答えはなんとなく解っていた。しかし、それをあえて言葉で言って欲しいという思いがある。
「くっ、地の文がそんな文章を並べては……。……君もこのシチュエーションが好きなら、一緒だなって思ったら嬉しかった……それだけだ!」
魔術師が言葉にした答えは特にひねりも無く面白さはなかったが、それを聞いた使い魔は、軽く閉じた口の両方の口角を少し上にあげて、優しい笑顔になった。
それをカップの紅茶は映していた。
しかし、当の使い魔は魔術師の答えを反芻して何度も自分の中で再生中らしく、紅茶の液面に映る自分の顔に気付いていない。
地の文を読んだ魔術師が自分の方を向く動作が視界の端に映り、慌ててカップを口に運んで紅茶の液面と口元を隠した。
「地の文では君の表情は視えたけど、肉眼ではとらえそこなったか……」
「あなたも顔をそらして表情を隠したからお互い様だよ」
そう言ってテーブルにカップを置くと楽しそうな笑みを向ける。
「お互い様か。まぁ、言葉の分はその笑顔でお釣りが出るが……それは頂いておこう」
魔術師は使い魔の今の表情を、自分が言葉にした台詞より価値があると判断したらしい。
「ちょっとキザっぽい台詞……微妙な感じかも」
「そうか。たまに言いたくなってしまうんだ……すまん」
「たまになら大丈夫!」
「……うぅ、何だかすごく恥ずかしい感じが……。私は一体どうしたら!?」
両手で頭を押さえながら頭を左右に振っている魔術師を見て、使い魔はとりあえずテーブルの上の紅茶を勧めることにした。
「紅茶を飲んで落ち着こう?」
「ぬ~ぅ~ぅ~……。うむ」
微妙に唸っていた魔術師は、使い魔が声を掛けると何事もなかったように紅茶の入ったカップを手に取り、一口飲む。
「……大丈夫?」
「ん~、もちろんさ! それにしても美味ですな!!」
美味しそうに紅茶を飲む魔術師を見ながら、その心境を探ってみる。
「……」
「ん? 今の私の心の内は、君の勧めてくれた紅茶を飲んで美味しい! というのが映っているけど?」
「……そう」
魔術師の台詞を聞いて、自分も紅茶のカップを手に取ると窓の外へ視線を向けた。
「ほほう、月がだいぶその姿を現してきたね」
「うん。綺麗」
月はその姿を半分位見せていた。
「キザっぽい台詞を並べて恥ずかしくなったりもするけど、それも私。自分だから問題はない」
「それも自信?」
「まぁ、自分を信じるということだね。……問題があるとすれば、キザっぽい台詞で引かれ過ぎて、君との距離が離れてしまうことだな。……これもキザっぽい?」
魔術師は少し”キザ”っぽい台詞に敏感になってしまった。
「ちょっとくらい引いても、すぐ戻って来るから大丈夫だよ」
「よかった。とりあえず、乾杯!」
使い魔が手に持っているカップに自分のカップを軽く当てると、わざわざ手首をひねって当てた所に口を付けて紅茶を飲んだ。
「飲み難くない?」
そう尋ねながら、自分も同じように乾杯の時に当たった辺りに手首をひねって口を付けて紅茶を飲む。
「なんとなく間接キス的な感じにしたくて」
「ふーん」
魔術師の不思議な飲み方の意味を知って、自分もそれを意識してみる。そこから使い魔の想像は発展して、魔術師にカップを口元に運んでもらって紅茶を飲んでいるイメージが浮かび、そんな状況はどんな感じか? という想像がさらに進む。
「そういえば、いつかの縄……ロープだったっけ? 部屋のソファーの当たりに置いてあるかな」
「…………。たぶんそうじゃないかな」
使い魔の想像は自分が縛られて、魔術師に紅茶を飲ませてもらっている所まで進んでいた。
「ほほう! この頃、君の方が変態っぽい感じがしているね」
「そ、そんなことないよ! 今のはそういう想像に誘導されただけだもん。今は縄とかロープって言葉は反則なの!!」
「反則だったか。それは知らなかった。お許しを……」
「ぅ……うん」
丁寧にゆっくり頭を下げた魔術師に少し動揺した。
「しかし、そのシチュエーションもなかなか良いな! ……際どい縛り方をして、紅茶をたくさん飲ませて、何かを我慢する君を見る……という想像が頭に!!」
「……たぶん、あなたの方が今回も変態だと思う」
使い魔はいつもより少し低い声で台詞を並べた。
「う、うむ。冗談だ……」
「際どいって、どんな縛り方?」
少し興味があるらしく、魔術師に尋ねた。
「さて? その時が来たらわかるさ」
「ふーん。もし、もしもだよ? そんな時が来たら痛くないようにしてね」
「それはもちろん! だが、そのためにはある程度の体の柔軟性も必要……だと思うから、多少は訓練しておいてくれたまえ!」
「訓練……えっと、はい! いえっさー!」
「よし! 必要とあれば私も訓練に参加しよう」
「上官? のお手本が見てみたいです」
「お、お手本ですと!?」
使い魔は魔術師が体が硬いことを知っていてワザと台詞を並べる。
「やはり、お手本があった方がわかりやすいです」
「……ごめんなさい。お手本は見せれないので一緒に訓練する方向で」
「あはは!!」
楽しそうな笑い声を聞きながら、月明かりの外へ視線を向ける。
「まぁ、今回はストーブもついていないし、少し寒い。柔軟性を養うのはまた今度にしよう」
「やらないの?」
声の感じが残念そうに聞こえる。
「そうか、やりたいのか! 覚悟はいいな!!」
「あなたこそ」
不敵な笑みをお互い向けてから、ストーブとテーブルの間の少し広い空間に移動する。
「さて、何をする? お互いの両足を付けて両手を引っ張り合う感じにするか、それとも、背中から押してやや強制的に体を倒させる感じのにするか……はたまた別のにするか」
「うーん、やっぱり寒いし、毛布を掛けながら背中から押すのが良いかな。二人羽織みたいな感じにして」
「なるほど、なかなか良い手だな。それでいこう!」
魔術師の同意を得て、使い魔は毛布を羽織り、座って足を延ばしている魔術師の背後へ回り込む。
「わたしは頭を隠した方がいいのかな?」
「出しててもいいんじゃないか? あくまでも二人羽織みたいな感じなんだし」
「そっか」
使い魔は羽織っている毛布で、背後から魔術師を包む。
「おお! ふわりといい香りが」
「……押すよ」
「うむ……ぐぅ、ぅぅ」
体の硬い魔術師は少し苦しそうに呻く。
「もうちょっと軽く押した方が良い?」
「……むしろ、もう少し強く押しても構わないよ」
「でも苦しそうな声を出してたし」
「苦しみの中にも幸せを見つけたから大丈夫なのさ!」
魔術師の意識は背中に集中していた。
「相変わらずだね! お仕置きしちゃおう」
使い魔は先ほどより、少し強めに魔術師の背中を押した。
「さ、さすがにキツイな……だが、背中の幸せで耐えられる! あの頃、こんな頑張る理由があったら良かったのに!」
「……本当に大丈夫?」
心配になった使い魔は押す力を弱めた。
「柔軟性が養われた上に幸せも感じる……素晴らしいよ! ……さて、次は君の番だね」
色々な所の筋に痛みを感じつつも、魔術師の声は明るく幸せそうだった。
「うん。あまり痛くしないでね」
魔術師と使い魔は位置を交代した。
「ふむ、良いポジションだ」
「……優しくお願いね」
背中を押される使い魔は、微妙に自分の心臓の鼓動が早くなっていることに気付いていた。
「心配しなくても無理には押さないから大丈夫」
「うん。ありがと」
鼓動が早くなっている理由は背中を無理に押されるかもという心配からではなく、魔術師が自分の後ろにいるからだった。
「そうだったのか、お望みとあらばマッサージ的なこともしましょうか?」
魔術師は使い魔の背中を押しつつ尋ねた。
「……だめ」
「そうか……ところで、痛くない? 大丈夫?」
「大丈夫」
「ぬぅ、悔しいが、君の方が体が柔らかいようだ……。まぁ、知ってたけど」
魔術師が押すのをやめると、使い魔は上体をゆっくり起こす。
「この二人羽織みたいな感じも、暖かいね。前の方はちょっと寒いけど」
「とりあえず、こうすればマシだろう」
羽織っている毛布の端を持った右手を、使い魔のお腹に回し、同じく毛布の端を持った左手で使い魔の肩を抱く。
「こんな手があるんだね」
使い魔は延ばしていた足を曲げて毛布の中にしまう。
「ぬぅ、これではマッサージ的なことは出来ないか」
「これは……暖かいし、何だか気持ちいいよ」
目を閉じて、左の耳元から聞こえる魔術師の声を聞いてそれに答えた。
「……なんとなく吸血鬼の気持ちがわかる気がする」
使い魔の匂いを味わいつつ、目の前の白い首筋を見て正直な感想を並べた。
「……」
噛まれるかもと思いつつも抵抗をするそぶりを見せない使い魔は、以前首筋にキスされたことを思い出していた。
「月は半分位か……満月なら噛んでしまうところだけど、今は口を付けるだけで我慢しよう」
「……ぅん」
魔術師は使い魔の首筋に口を付ける。
その時、使い魔は少し声を出した。それはキスされて自然に出た声だったのか、魔術師の台詞に何か言おうとして飲み込んだ音だったのか……。それは、使い魔にしかわからないこと。
「この状況をもっと楽しみたいけど、今回はこの辺で終わりにしよう」
使い魔の首筋から口を離すと魔術師は囁くように台詞を並べた。
「うん」
魔術師は立ち上がると、使い魔の肩に毛布を掛け直す。
「今回も文章並べを手伝ってくれてありがとうね!」
「どういたしまして!」
使い魔は座ったままなので、少し上目遣いになっている。
「今回も楽しかった。ストレッチをしないで終わらせるつもりが、つい続けてしまったよ」
「ふふ! また、この首筋の仕返しをしないとね!」
「また楽しみにしておこう!」
以前にも似た終わり方があったなと、思い出しながら魔術師が台詞を並べると、使い魔は明るい笑みを浮かべた。
そのあと、座椅子に座り直して、二人は月をしばらく見てから帰った。
という感じに今回を終わりにしよう。




