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首筋を

 空は曇っていた。雨が止んでも雲は残り、月の光をさえぎっている。しかし、雲を通り抜けてくる光もあり、真っ暗ではない。

 屋敷の部屋の中に作られた部屋、お座敷から話し声が聞こえていた。主に聞こえる女の声は楽しそうだった。

 お座敷と部屋をへだてるものは衝立。お座敷の天井はそのまま部屋の天井になっていて、衝立と天井の間から声は普通に漏れる。

「さて、今回も文章並べを始めよう」

「――――それでね……。あぁ、うん」

 魔術師が地の文に気付いて台詞を並べると、使い魔は素直に話をやめた。

 お座敷の中はストーブに火がついていて部屋の中より暖かい。二人は窓を正面に見る位置に置かれている座椅子に座らず、ストーブを背にして座布団に座っていた。彼らの左手にある窓はカーテンが開けられていて曇り空が見える。

 テーブルの中央には蝋燭ろうそくの入った大き目のコップが置いてある。その手前にお菓子の入ったかごがあり、二人の前にはそれぞれ紅茶の入ったカップが置かれている。紅茶を注いだ水筒もテーブルの隅に置いてあった。

「とりあえず、今の部屋の中の状況が描写されたね」

「そうだね。この位置だとあまり寒くないけど……毛布も使おうよ!」

 使い魔は毛布に一緒に包まっているという描写が無かったので、台詞を使って状況を作ることにした。

「それもそうだね。テーブルにはコタツの布団が装備されているけど電源が無いから案外、正面は寒いし」

「良い感じに毛布も温まってるよ」

 毛布はストーブの前に危なくない距離をとって置かれていた。それを手に取り、使い魔は魔術師と一緒に一枚の毛布で包まった。

「うむ、よく温まっている」

「温かいね!」

 使い魔は笑顔で台詞を並べながら、右隣に座る魔術師の首に視線を一瞬向けた。

「どうかした?」

「なんでもないよ?」

 使い魔は視線の意味をとぼけて、カップの紅茶を一口飲んだ。

「そうか……」

 魔術師も紅茶を一口飲んだ。そして、使い魔の視線の意味を考える。

「えっと、そういえば吸血鬼ってどうして首から血を吸うのかな?」

「……吸血鬼が血を吸う場面を想像すると、首に噛み付いている気もするね。牙で首に噛み付くと、いい感じに液体が出るのかもね」

「わたしは血は飲まないけどね」

 使い魔は会話の中に視線の意味のヒントを含ませていた。そして、魔術師は使い魔の台詞の中の”吸血鬼”と”首”から視線の意味に気付いていた。

 前回の終わり際の使い魔が言った台詞、『仕返し』に。使い魔は前回、左の首筋にキスをされた仕返しを企んでいることに。

 しかし、魔術師はそれに気付かない振りをして台詞を並べていた。

「地の文が読めるのも、意外と不便かもしれないな。君がどんな仕返しをするのか楽しみで、油断している振りが出来なくなってしまった」

「うん」

 魔術師の台詞に答える使い魔は、少し元気が無い感じだった。その理由は、自分も同じように魔術師の首筋にキスをしてみようと思ったけれど、自分からそれをするのは、恥ずかしくて出来そうに無かったから。

「そうか……。私は君に勇気を出させることが出来ないのか……」

 魔術師は少し落ち込んだような口調で台詞を並べた。

「そんなことないよ! でも、それとこれとは……えっと、違うの!」

「違うのか!!」

「……うん」

 うつむく使い魔を見て、魔術師は何かを企んだ。

「吸血鬼のがわに立って、首から血を吸う時の注意点を検証けんしょうしてみよう」

「検証?」

「うむ。……とりあえず立とうか」

 使い魔は一緒に毛布に包まっている状況が変わってしまうことを残念に思いながら立ち上がった。そして魔術師も立ち上がり、向かい合う格好の状況を作った。

「……わたしはどっちの役? 吸血鬼の方?」

「とりあえず、吸血鬼役をお願いしよう」

 吸血鬼の役をもらった使い魔だったけれど、どうすればいいか迷っている。

「あなたの首に噛み付けばいいの?」

「いや、まずは正面から首に噛み付こうとする場合の危険を検証しよう」

「危険なの?」

「確か吸血鬼は気のくいで心臓を刺されると死んでしまうらしい。まぁ、吸血鬼じゃなくても死にそうだけど」

「死んじゃうね」

「……吸血鬼が血を吸いに近づいて来ているという認識を持っている被害者が、ポケットに木の杭を隠し持っている可能性もある。その場合、正面から不用意に近づけばグサリとやられる可能性が高い」

 魔術師は気の杭を握っている感じで使い魔の胸元に右手を伸ばす。しかし、使い魔が真剣な表情で付き合ってくれていることに、軽く心を打たれて、それ以上右手は伸びなかった。

「この状態からの木の杭での攻撃……上手くいくかな?」

「……その辺は吸血鬼に確認する必要がありそうだ」

「なんとなく微妙な気もする」

「そうだね。とりあえず気を取り直して、今度は私が吸血鬼役をしよう」

 使い魔は自分が吸血鬼役をやった気があまりしないけれど、その役を交代した。

 吸血鬼役の魔術師は使い魔の後ろに回りこみ、左腕で使い魔の左腕を押さえ込見つつ、使い魔の右ひじを掴む。これで腕の自由を奪う。そして右手で使い魔の頭を抱きかかえるようにし、そのまま右下に軽く引っ張るようにする。すると、使い魔の左の首筋が無防備になった。

「……」

 魔術師は何も言わない使い魔の左の首筋に顔を近づける。

「う~む?」

「……ぇ?」

 今回もお風呂に入ってからすぐこの世界に来た使い魔は、魔術師に自分の匂いを嗅がれても余裕でいられるくらいの精神的防御力を持っていた。しかし、この状況での魔術師の疑問符を含む台詞によって、自分の体から変な臭いがしているのかと心配になり、その防御力が揺らいだ。

「うむ、今回も君は良い匂いがする。……美味しそうな白い首筋を前にして口を付けたくなるよ。なるのだけど、ここで口を付けてしまったら、君の仕返しのハードルがあがってしまうかなと思って……う~む? ということだよ」

「……あなたに任せるよ?」

「そうか、ならば……いただきます!!」

 魔術師は使い魔の首筋に口を付けた。

 それに対して使い魔は目を閉じて、自由を奪われてキスされているという状態を頭の中でイメージして、楽しんで? いた。……実際には、魔術師は両腕とも力を込めておらず、ただの格好だけなので、簡単に抜け出せる。

「……腕の力じゃなくて、魔力で自由を奪われてるの!」

 この世界での魔力についての知識を得ている使い魔は、地の文の水差し攻撃に反撃した。この場合の魔力は、使い魔自身が今の状況でいたいという意思。

「美味であった! この方法なら、肘打ちを防ぐことが出来る……足を踏まれる可能性はあるけど……とにかく、美味であった!!」

 魔術師は口を離すと主な感想を2回台詞にした。

「その感想はちょっと恥ずかしい。……わたしがだけど」

 魔術師の台詞のセンスが恥ずかしいというわけではなく、そんなこと言われると恥ずかしいという意味らしい。

「さて、次は君が吸血鬼役でやってみよう」

「今のと同じ感じに?」

「うん」

「やってみるね」

 使い魔は魔術師の後ろに回りこみ、先ほどと同じ状況を作り出した。吸血鬼役の使い魔は、魔術師の無防備な左の首筋を前にしていた。

「仕返しのチャンスかな? でも、暴れる心配もあるからもう少し強く押さえ込んだ方がいいかもしれないね」

 言われた通りに使い魔は左腕に力を込めてみた。そして、気付く。自分の胸が魔術師の背中に強く押し付けられていることに。

「これが狙い?」

「ば、バレてしまった!?」

 魔術師はあわてた振りをしているけれど、使い魔は気付いていた。自分が仕返しをしやすいように状況を組み立ててくれていることに。

「ありがとう」

 使い魔はお礼を言った。

「……なーに、作戦だよ! 君のお胸の感触が欲しくてさ!!」

 お礼を言われて照れた魔術師は、それを隠す台詞を並べた。……もっとも、この台詞も嘘ではないけど。

「あなたは変態だね。お仕置きしなくちゃ……二回もキスされたし。覚悟してね!」

 使い魔はお仕置きという名の仕返しを実行する。

 魔術師の首筋へ使い魔は軽く口を付けた。

「くすぐったいな」

「これくらいじゃ許してあげないからね」

 耳の近くで聞こえる使い魔の声で、心臓の鼓動が早くなったのを魔術師は感じた。

「いったい何をされるのだろう!」

「ふふ!」

 使い魔は楽しそうな笑い声を出してから、お仕置きの本番を開始した。

「……そう来たか。まぁ、伏線的なことは十分あった」

 魔術師の左の首筋に、使い魔は噛み付いていた。

「……」

 噛み付いている口元をかすかに動かしているのは血を吸っているから……ではなく、魔術師の首を軽く噛んでいるからだった。

「甘噛みされている……悪くないな」

 少しの間、軽く噛む動作を繰り返してから使い魔は口を離した。

「仕返し完了」

 耳元で静かな口調で、仕返しの完了を宣言された。

「そうか、完了したか。……それにしても噛まれるとはね」

「痛かった?」

「全然痛く無かったよ。それにしても……甘噛み攻撃とはね。君もなかなか変態な素質があるね」

「うぅ」

 魔術師の台詞で使い魔は恥ずかしさをより実感してしまい、顔を見られないように座って、テーブルに両腕を置きそこに顔を伏せた。

「えっと、変態じゃなくて可愛いよ」

 魔術師は言い直しながら使い魔の頭を撫でる。しかし使い魔は恥ずかしさで少し、じたばたしている。

 そんな使い魔に毛布を掛けて、自分も一緒に包まる。

「仕返ししたはずなのに、わたしの方がダメージが大きい」

「そっか、悪いことしたかな」

「……あなたのせいだからね」

「ごめん」

「……嘘ついちゃった。あなたのせいじゃないのに……ごめん」

 使い魔は顔を伏せたまま謝る。

「落ち着いたら顔を上げておくれ」

「もうちょっと待って」

 自分の顔が赤くなっている実感がある使い魔は、顔が冷えるのを待つ。

「今回はやけに恥ずかしがり屋だね」

「なんでだろう。意識しすぎちゃったのかも……。引いた?」

「こんな感じも楽しいよ」

「……痛い感じになってるよね」

「それはいつものこと」

「そうだね。……よし! もう大丈夫!!」

 使い魔は顔を上げて正面を見ている。その横顔を見た魔術師の目には、頬がほんのり赤い使い魔が映っていた。

「大丈夫なのか! うむ、ほんのり赤い頬が美味しそうだ」

「わたしが照れそうなことをわざと言ってない?」

「照れた君も可愛いからさ!」

「……もう!」

 怒った振りをした使い魔だったが、嬉しそうな内心が丸見えだった。

「まぁ、君のお陰で勇気が出た結果だよ!」

「……前回あなたは自分が臆病って言ってたけど、あなたの基本的な魔力って自信じゃなかったっけ?」

 使い魔は以前、魔術師が言っていたことと、前回のことを組み合わせて尋ねてみた。

「勇気と自信は、同じモノに見えることもあるけど実際には別なものだと認識している。勇気は大きな自信になりやすいね」

「ふーん」

「私の基本的な魔力としての自信は、なんというか……とりあえず自分であると信じることなんだよ。あの頃、自分の記憶も疑わしくて…………。まぁ、自分のダメなところも、それが自分なんだと信じることにしたんだよ」

「嫌なことを思い出させちゃったのかな?」

 使い魔の大人しい口調だった。

「嫌なことじゃないよ。あの頃が無ければ今の自分はいないと信じているし。……ダメなところを信じていても、それが嫌だと思っている自分も信じている。そんな感じでバランスを取っている」

「両方信じていたら、頭が混乱しちゃいそう」

「私の場合は両方とも肯定していれば、それほど気にならない感じだけど。嫌だからといってダメなところを否定したら自信が失われてしまうからね。プラスマイナスゼロでも、自信はちゃんとある。それが私の基本的な魔力の原理……なのかな? 自分でも正確には良く解っていないのかも!」

 少し台詞が長く、しゃべりすぎたと思った魔術師は最後のあたりを冗談っぽくまとめた。

「臆病というのもバランスを取っているの?」

「うん。取られていると思うよ。まぁ、君のお陰でバランスが崩れてるけど。……だからこんなことも出来たりする!」

 魔術師は隣で話を聞いていた使い魔を急に抱きしめた。座ったまま抱きしめられた使い魔は、驚いたけれど抵抗もせず、自分も魔術師の背中に両手を回した。

「……」

「ちょっと調子に乗りすぎたかな……ごめん」

 魔術師は謝って離れようとしたけれど、使い魔は離れようとしなかった。

「勇気が出てるあなたが見境無くこんなことをしないように、わたしがあなたの勇気を消費させる」

 使い魔は自分がしてもらっていることを、魔術師が他の女に出来ないように勇気を消費させようとしていた。

「私は人見知りだし、勇気があってもこんなことを見境無く出来る人間ではないよ」

「そうなの?」

 魔術師の背中に回していた両手を離して、魔術師の目をまっすぐ見ながら尋ねた。

「うん」

「…………」

「……」

 無言で見つめてくる使い魔に魔術師は笑みを浮かべた。すると、使い魔も笑った。

「わたしちょっと変だったね」

「かもね。でも、なんだか嬉しかった」

「ふーん、嬉しかったんだ」

 使い魔は満足そうな表情を見せてから、カップに残っている冷えた紅茶を飲んだ。

「さて、そろそろ今回を終わりにしよう。文章並べを手伝ってくれてありがとう!」

「どういたしまして! ……仕返しさせてくれてありがとう!」

 お互い笑顔でお礼を言い合った。

「水筒の中に紅茶はまだ残っているのかな?」

「えっと……まだ二杯分くらいは残ってるよ」

 テーブルの隅に置いてある水筒を振って量を確かめてから使い魔は答えた。

「では、その紅茶を楽しんでから帰るとしよう」

「うん」

 二人はその後、紅茶とお菓子を楽しみ、火の始末をしっかりして帰っていった。

 という感じに今回を終わりにしよう。

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