湯冷め
空の月の姿は細く、新月が近い。窓から入り込む月の光は弱く、部屋の中は薄暗かった。
部屋の中に衝立で囲まれた場所があり、そこはお座敷と名付けられていた。部屋の壁を利用して作られているそこには、窓が一つある。
弱い月の光が差し込むそのお座敷は部屋の中よりも更に少し薄暗い。そのお座敷の中にあるテーブルを挟んで人影が二つある。その格好は、それぞれテーブルに突っ伏して片手を伸ばして眠っていた。
人影の一つは正面に窓が見える位置に座ったままテーブルに突っ伏している。髪の長いこの人影は左手を伸ばしていて、上に向けられている手の平には、手帳が乗っている。
もう一つの人影は窓を背にして、座ったままテーブルに突っ伏して右手を伸ばしている。その右手は、長い髪の人影が伸ばしている左手に重なり、その手を握る様に置かれていた。
このお座敷の中で唯一、使用可能な暖房器具のストーブはついていない。彼らがこの世界に来てからそれほど時間は経っていないけれど、寒さを感じるには十分な時間が経っている。
長い髪の人影は目を覚まし、夢から戻ってくると体が冷えて来ていることに気づいた。そして少し顔を上げて前を見ると、自分の左手に誰かの右手が置かれているのが目に映った。
「……夢の終わりはこの事だったんだ」
夢から覚める前の光景を思い出しながら、長い髪の人影……使い魔は台詞を並べた。
「…………」
右手を伸ばしている人影……魔術師はまだ眠ったまま。
使い魔は静かに右手を伸ばし、自分の左手と魔術師の右手の間に挟まっている手帳を抜き取った。そして、それを着ているパーカーの右ポケットにしまう。
「これで夢と同じ……。あ、でも。あっちだと……あなたが差し出した右手をわたしが握ったよね。……わたしの手が下だから……わたしの差し出してる手を、あなたが握ったことになるんだね……。まぁ、いいか」
使い魔は見ていた夢を思い出しながら、なにやら台詞を並べている。
「…………」
「……」
使い魔は体が冷えて来た事もあり、寒いと感じているけれど、手を繋いでいる状態を続けたいとも思っていて身動きを取ろうとしない。しかし、魔術師の手も冷えているのを自分の左手から感じ取り、その手に自分の右手を乗せて暖めようとする。
しかし、その乗せた右手も冷えていた。
「………………すまん、ストーブをつけておけばよかった」
使い魔の冷えた右手で目が覚めたのか魔術師は起きて、今に近い部分の地の文を読んで台詞を並べた。
「ごめん。起こしちゃった? ……眠っている時にストーブがついてると危ないし、大丈夫だよ」
「……私としたことが寒いのに、君がどんな夢を見ているのか気になって……手帳の魔力にやられてしまった」
「わたしも、カーディガンとパーカーを装備してれば寒さも大丈夫だと思って……。つい手帳の魔力に触れちゃった」
使い魔はお風呂に入り、温まったまま装備を身に付けてこの世界に来た。その為、あまり寒さを感じないまま手帳の魔力に触れ、眠ってしまった。それから少しして、魔術師が来た。魔術師も同じくお風呂で温まって着替えてすぐ来たので、寒さをそれほど感じていないまま、使い魔の見ている夢に入り込んだ。
「どうやらお互い、お風呂の罠に掛かったようだね」
「そのようだね!」
顔を見合わせて笑いあう二人だが、お風呂の罠というより、間抜けが二人いただけだろう。
「……」
「……」
地の文は二人の冷たい視線を感じた……これも冬の寒さのせいだろう。
「さて、ストーブを付けよう。風邪を引いてしまう」
「一緒に毛布に包まれば大丈夫! 湯冷めしても風邪は引かない!」
魔術師は名残惜しそうに使い魔の両手の間から右手抜いてストーブをつけに向かった。使い魔は座っている座椅子の左側に置いてある毛布を手に取り、魔術師の側へ移動する。
「そういえば、どうして今回はお風呂上りですぐこの世界に来たの?」
魔術師はストーブに火を灯しながら尋ねた。
「だって……あなたがわたしの匂いを嗅ごうとする文章が並ぶことが最近、多い気がするし……」
「そうだったかな」
「自分の記憶に自信が無い……の?」
使い魔は先ほど見ていた夢の影響なのか心配そうな口調で台詞を並べた。
「記憶力が悪いことは事実だけど。……今のは惚けてみただけ。迷惑だったかなと思って……」
「迷惑じゃないけど……臭いと思われたら嫌だったから」
魔術師はストーブの上に乗っている、ヤカンの水の量を確認する振りをしながら会話を続ける。
「君はいつも良い匂いがするよ。だからつい…………。なので! 今回も遠慮無く君の匂いを楽しませてもらおう!!」
素早い、すべるような動きで使い魔の後ろに回りこみ両肩に手を乗せて、長い髪の匂いをかぐ。その一連の動きは言い掛けた台詞の照れ隠しだった。
「良い匂いでしょ?」
「うん」
「そういえば、あなたはどうしてお風呂上りでこの世界に?」
使い魔は魔術師に同じ質問を返した。
「えっと、私の場合はただ単にお風呂に入るタイミングを逃したからだよ。理由としてはつまらないものさ」
「ふーん」
使い魔は頭の中でなにやら想像しているらしい。……という文章を並べた地の文に、使い魔が一瞬、鋭い視線を飛ばした気がした。釘……釘を刺された!
「ちょいと失礼」
魔術師は使い魔の長い後ろ髪を右にずらし、うなじと左の白い首筋を見た。
「地の文さんに気を取られて油断しちゃった」
油断したという台詞を使っているけれど、抵抗する素振りがまるで無い。
「では首筋の匂いも頂こう……」
使い魔の後ろに立つ魔術師は、その左の白い首筋に顔を近づけた。
「大胆だね」
「……こう見えて私は臆病な方だよ。こんな行動が出来たのは君のお陰で勇気が出たからだ」
使い魔は視線を泳がせながら魔術師の勇気の出所を探してみた。しかし、明確なことが思い当たらない。
「……えっと、どんなところから?」
「さて? 自分で台詞を並べたけどよく分からない。でも、だからこそ君に対して変態にもなれる!!」
台詞の最後の方を力強く言った魔術師に、使い魔は困っているようでもあり、少し嬉しそうでもある顔をした。
「うん。微妙によく分からないような気もするけど、あなたの力になれて嬉しい!」
使い魔は笑顔で台詞を並べた。
「ありがとう」
お礼を言うと使い魔の左の白い首筋にキスをした。
「んぅ……。あなたは吸血鬼になるの?」
「ぬははは! 君の血は美味しそうだなぁ!! ……まぁ、本当に噛んだら殴られそうだからやめておこう」
「軽くなら噛ん……。じゃ無くて、殴っても軽くだよ?」
使い魔は途中まで並べた台詞を誤魔化した。
「それはそうと、そろそろ座ろう」
「そうだね。火の側だから結構暖まったけど」
二人は座り、一枚の毛布を一緒に掛けた。
「そういえば……手帳の魔力で眠って夢を見て、現実の私は少し昔のことを思い出していた」
「そうなんだ」
「アレの化身……。私の認識では神の一つについてとかね」
「今後、登場する予定なんだっけ?」
「一応ね。アレは……アレも私に自由の一つ、その力を与えようとしていたように思う。当時の私にとっては受け入れ難いモノだったけどね」
「……今は?」
「今の私も遠慮したい。まぁ、アレと戦ってその業は私の考え方に影響を与えたことも事実。でも、私はアレの自由では無く別のモノが教えてくれた自由を私は選んだ……というか理解した」
台詞を並べると魔術師は使い魔を優しい目で見た。
「……え?」
魔術師の台詞と仕草の意図を組み合わせた意味がわからず、使い魔は困った顔をした。
「まぁ、君のお陰で今回も私は進歩したということさ!」
「……なんだか、はぐらかされてる気がする」
「何をおっしゃる! 君がいるからこのお話が続いているのではないか!」
「……わたしがいるから?」
「もちろん!」
「……そっか」
使い魔は納得したわけではないけれど、自分が必要とされていることが改めて解り、意味の答えを保留することにした。
「ではでは、ストーブの前に座ってからそれほど時間が経っていない感じだけれど、今回を終わりにしよう」
「文字数的には、このお話の平均的な量みたいだね」
「うむ。今回も文章並べを手伝ってくれてありがとう!」
「どういたしまして!」
「では、ストーブの火を消そう」
魔術師はストーブの火を消した。そして、使い魔に視線を向けた。
「……」
沈黙している使い魔は自分の左の首筋……魔術師にキスされたところを右手で撫でていた。
「どうしたの?」
魔術師は少し不安そうに尋ねた。
「この仕返しはその内にするからね!」
使い魔は笑顔で魔術師の首を見ながら言った。
「それは楽しみだ!」
二人はストーブの火の始末を念入りに確認するという理由を使って、星空をしばらく見てから帰った。
という感じで今回を終わりにしよう。




