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魔導書の翻訳・有名な技

 時折空から雨が降っている。雲に覆われた空だけれど、月が満月に近いためなのか雲を通り抜けてくる光がある。弱い光ではあるけれど、それは窓から入り込んで部屋の中を、ほんのりと照らしていた。

 窓辺のテーブルの上に座る魔術師と使い魔は、薄手の毛布を一緒に掛けて窓の外の空を見ていた。

「という感じに、前回の続きを始めようか」

「そうしましょう! ……時々、雨が降るね」

「雨が吹き込んでくるわけじゃないから、もうしばらく開けておこう」

「うん」

「さて、今回も空は晴れていない」

 魔術師は空を見て天候のことを台詞にして、大きく息を吸う。雨に濡れた外の香りを感じつつ、隣にいる使い魔の匂いも認識している。

「わたしの匂いって……」

 使い魔は薄手の毛布が掛かっている左の肩に顔を寄せて自分の匂いを確認する。その匂いは洗剤と柔軟剤の香りだった。その匂いに使い魔は安心した。

「ふっふっふ、甘いな。前回のベアハッグ……技を掛けた時に、洗濯によって服に付いた匂いではなく、首元から君の匂いをとらえていたのさ! だからすぐに君の匂いを見つけることが出来る! ……まぁ、シャンプーの匂いかもしれないけど」

「……きっとシャンプーの匂いだよ」

「そうか。でも、君の匂いも含まれているのだろう! なんだか心休まる感じがする」

「…………あなたはしばらく、わたしが恥ずかしがりそうなことを言うの禁止ね」

 使い魔は、言われて悪い気はしていなかったけれど、そう台詞を並べた。

「しばらくか……わかったよ。しばらくね……」

 声のトーンは心なしか暗く、なんとなく落ち込んだ雰囲気を漂わせた。

「えっと、地の文さんも文章を並べているように、悪い気はしてないし、嫌ってわけじゃないよ? ただ、えっと、うーん……。そう! 最近のあなた、ちょっと変態っぽいこと言うから釘をさしただけだよ。だから、大丈夫!」

「おやおや、優しい台詞を並べてくれるではないか! ……そうか、ちょっとそんな感じになっていたか。紳士的な振る舞いを心がけねば」

「普通でいいと思うよ」

「普通か……普通……ふつう。……まぁ、いいか! ……さて、前回の続きからなので、戦い方についてのお話をしよう」

 台詞を言い終わると魔術師は再び大きく息を吸う。そして、空気の匂いの中から使い魔の匂いを意識して心を落ち着けた。

「……」

 地の文が並べた文章であり、魔術師は何も言っていないので、使い魔も何も言わなかった。

「まぁ、それほど興味深いと思われない程度のお話だけどね……戦う相手は、幽霊というかお化け」

「幽霊とお化けって違うの?」

「とりあえず、幽霊は現実の世界では実体がないモノとみている」

「えっと、確か幽霊は魂のカケラで、生きているものの記憶……を材料にして……そんな感じのモノだったよね」

 使い魔はおぼろげな記憶を呼び覚まして台詞を並べる。

「まぁ……そんな感じだね。とりあえずは、実体があるのか、無いのかは戦う上で結構重要だと思う」

「どうして?」

「実体がない場合、現実の世界では物理攻撃が効かないし。例外はあるかもしれないけど基本的に相手の攻撃も、こちらには物理的には効かないから」

「そうなの? でも、幽霊に触られたらその部分が冷たく感じる……って聞いたことがあるよ?」

「ふむ……それは……物理攻撃ではなく精神攻撃と思われる。実体のない幽霊の攻撃は精神面、精神面に影響を与えることで現実の体にダメージを与える」

「現実の体にダメージを与えるって……物理攻撃じゃないの?」

「微妙か……。まぁ、基本的には幽霊は判断力を鈍らせて相手を自爆させる……という攻撃方法が多いと思う」

「思う……なんだ」

「現実の私も実際に、実体があるかのようにみえる幽霊”には”たぶん会ったことはないから……」

 使い魔は”には”の部分が気になった。

「”には”っていうことは、他のにはあるの?」

「幽霊というよりは魔物のたぐいかな。……まぁ、性質は似たようなモノだよ。自覚が無かったけど昔は、そういうモノを召喚しては、一人で戦々恐々(せんせんきょうきょう)としていたものだ……」

「…………」

 台詞の中の”召喚”という言葉に使い魔は、自分とその類の関係性を考える。

「難しく考える必要はないよ。今の私は魔術師……複数の魔導書を持ち、使役する力も戦い方もそれなりに心得ている」

「…………」

 微妙にズレたことを並べる魔術師の台詞を聞きつつ、使い魔は考えていた。自分が”なにモノ”なのかを。

「……君は使い魔だよ。…………と、いう答えじゃダメかな?」

「出来れば、もうちょっとヒントが欲しい……」

 魔術師は使い魔の頭に左手を乗せて軽く撫でるとヒントを言う。

「あるモノが魔導書で反転されて召喚された存在……そんな感じかな。なんとなく……。どちらも私にとっては大切なモノ……」

「大切なモノ……どちらも……どちらもわたし……あなたにとってわたしは大切?」

「うん。……えっと、ほら、文章並べの練習に付き合ってもらわないといけないしさ!」

 魔術師は自分の答えに自分で照れて、取ってつけた台詞を並べた。

「わたしはまだ、自分が”なにモノ”かよく解ってないけど、今は……あなたの台詞で満足するね」

 使い魔はふと感じた不安感。自分は”なにモノ”なのか……が、静まったのを実感した。

「おや、どうやら空は晴れたみたいだね。月が見える」

「うん。でも、ちょっと寒い」

 使い魔はそう台詞を並べると、使い魔の頭に手を乗せていて隙だらけの魔術師のわき腹に使い魔は自分の体をくっ付ける。

「隙をつかれたか……」

「くっ付いているところ暖かいね」

「ぬぅ、私は自分のこの左手をどこに置けば……」

 左手の置き場所を使い魔に奪われた魔術師は、使い魔の頭に置いたままの左手の行き先に迷う。

「そのままでもいいよ?」

「君の頭に置いておくのも悪くは無いんだけど……ちょっと肩が疲れてきているんだ」

「……わたしは今、この位置が気に入ってるの。……わたしの左肩なんて……ど、どうかな?」

 肩が疲れていた魔術師は一度、座っているテーブルまで左手を下ろしたが、使い魔のお尻を触ってしまいそうな位置なのに気付き、慌てて使い魔の左肩に手を置いた。使い魔の左肩に掛かっている薄手の毛布を指でつまみつつ……。

「実はわたしも右手の位置が少し居心地が悪いんだよ」

 そう台詞を並べた使い魔は魔術師の右肩……ではなく、背中を回して魔術師のお腹の辺りの服を軽く握った。

「結構、密着感があるけど、寒いからでいいんだよね?」

「うん、寒いからだよ」

「それなら、もう少し君をこっちに寄せても大丈夫ということだね」

「……」

 抱かれている左肩に力を加えられて、使い魔は魔術師の方へ寄せられた。それに対して使い魔は何も言わなかった。

「思ったんだけど、窓を閉めればいいんじゃないかな?」

「……開いていた方が空がよく見えるし……」

「それもそうだね……。えっと、何の話をしてたっけ?」

「ごめん、わたしのせいで話が脱線だっせんしてたね。……戦い方の話をしてたよ」

「それも文章並べの良い練習になったよ。戦い方か……」

 魔術師は文章をさかのぼって読み直した。

「並べられそう?」

 使い魔は心配そうな顔を向ける。

「ふむ……。少し難しそうだ」

「ごめんなさい。わたしがつまらないことに不安を感じちゃって、そういう流れになっちゃって。本当にごめんなさい」

 使い魔は台詞を並べながら、どんどん先ほどとは違う不安感を強くしてしまう。

「つまらないことではなかったよ。私としては練習にもなったし問題は無いのだけど……」

 魔術師はそう言うと、使い魔の左肩から手をどかし、窓を閉める。そして、座っていたテーブルから降りた。

 使い魔は自分から離れていってしまった魔術師に不安感から顔を向けられずにいた。文章並べを上手く手伝えていないという気がして、そこから来る不安感によって。

「あの……すみません」

「私は欲深な人間でね……」

 魔術師は使い魔の後ろを歩きながら、足音をわざと大きく立てる。すると使い魔は台詞とその足音から、魔術師が自分に何かを要求してくると感じた。

「……」

 それほど無茶な要求はしてこないだろう。という予感をしつつも緊張する。

「緊張させて悪いけれど……。欲深な私は、例え君が何も答えなくても、その答えを色々想像して楽しんでしまうし、君の並べた文章を読んで色々考えるのも楽しんでいるよ。自分の考え方を上手く文章にしてみたいけど、君の台詞から展開される文章も好きだし。……君はしっかり私のことを手伝えている。それは間違いない!」

「ありがと、なんだか安心した」

 魔術師の少し長めの台詞を何度か読み直し、使い魔は落ち着いた。

「……とはいえ、戦い方についての文章を並べられない」

「やっぱり、怒ってる?」

 使い魔は戸惑いながら振り返り魔術師を見る。

「怒ってはいない。けれど、その分の文章並べを私の好みになるように手伝ってもらおうかな!」

 台詞を並べながら魔術師は、よくわからない理不尽なことを自分が言っている気がしていた。

「な、何を手伝えば?」

 足は床に着かないけれど、腰掛けるようにテーブルに座り直し、先ほどの”欲深な人間”という台詞の部分を踏まえて恐る恐る尋ねる。

「……」

 魔術師は無言のまま歩き、テーブルに腰掛けて座る使い魔の正面に立ち、使い魔の頭へ手を伸ばす。

 伸びてきた手に対して、頭を撫でられるかもと思いつつ、使い魔はなんとなく首を縮めて両目を閉じた。そして、まず左目をゆっくり開けてから右目をあけた。すると、魔術師はなにやら高さを図るように水平に手を動かしている。

「あの、なにを?」

「うむ。高さを測っていた。ところで……君はお姫様扱いされるの、好きと嫌いどっちかな?」

 二択を迫られた使い魔は、遠慮がちに答える。

「どちらといわれると……好きです」

「なるほど。では、まず私の首に両手を輪にして回してくれるかな?」

「こう?」

 使い魔は言われた通りに魔術師の首に両腕を輪にして掛ける。

「これでいいよ。高さもちょうどいいな。……さて次は」

 魔術師は右手を使い魔の背中に回して、手の平を、使い魔の右の二の腕にえる。

「あの、これって――――」

 使い魔が言い終わらない内に魔術師の左手は使い魔の両膝の裏を通りぬけ、あっという間にその体はテーブルから離れた。

「この技は通称”お姫様抱っこ”という」

「うん、それは知ってる」

「まぁ、有名な技だからね」

 使い魔に技を掛けたまま部屋の中を歩き出す。

「重くない?」

「軽い軽い! 首に抱きつく感じが、なんとも頼られてる気がして力が湧いてくる」

 などと台詞を並べているが、使い魔が首に抱きつくことで重さが分散されているだけ……というのもある。

「本当に大丈夫?」

 地の文を読み、少しイタズラ心が芽生えた使い魔はゆっくりと両手を魔術師の首から外し、自分の胸の前に移動させた。

「楽勝だね! なぜなら小学校6年生の時、クラスで一番腕相撲が強かったことがあるから!」

 両腕の力で使い魔に技を掛け続ける魔術師の表情は涼しげだった。……様にも見える。

「無理しないでね?」

「全然無理してないし。……でも、君が両腕を私の首に回して抱きつく感じの方が技としては理想的。お願いできるかな」

「うん」

 再び魔術師の首に両手を回して、魔術師が理想とするお姫様抱っこの形をとる。そして、部屋の中を歩き回って玄関の戸に鍵がかかっているのを確認し、部屋中の窓の施錠も確認した。一箇所の窓を除いて。

「戸締りはオーケーだね」

「テーブルの所がまだだよ?」

「うん。そこはまだ鍵がかかっていない。それは今回を終わりにする前に閉めよう」

 そう言って、魔術師はソファーに優しく使い魔を下ろした。

「今回もそろそろ終わりなの?」

「こういう感じの文章も並べてて楽しいけど、区切りはつけないとね」

「うん」

 返事をした使い魔は少しすまなそうな表情をしていた。

「現実の私は、頑張れば戦い方についての文章を並べられたのかもしれないけど、あえてこちら側の文章並べを選んだんだと思う」

「そうなの?」

「むしろ、こちら側のほうが楽しんで並べていた感じだよ。きっとそうだよ」

「そうなんだ……よかった」

 使い魔は安心して笑顔を浮かべた。

「さて、ではあの窓を施錠して今回を終わりにしよう」

 そう言って、鍵を閉めに向かう。すると使い魔はその後ろを付いて歩く。

「あの、色々ありがとう」

 窓に鍵を掛けてカーテンを閉めると魔術師は振り返って台詞を並べる。

「こちらこそありがとう! 今回の文章並べも楽しかった」

「うん! わたしも!!」

「では、また次回に」

「次回にね!」

 という感じに今回を終わりにしよう。

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