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魔導書の翻訳・攻撃と技

 曇りの空模様ではあるけれど、雲の切れ間があるのでそこから月の光が漏れ届いている。

 魔術師は窓からそんな空を眺めていた。

「おお、星が見えた。昔学校で星座を、理科の授業だったか……勉強したけれど全然憶えていない。これは、星を見て方角を……的なことが出来ないな。遭難したら大変だ。星座を語れるようになりたいものだ。月も星に含まれるのだろうか……。確か、月は地球の衛星……星という感じが含まれているから、月も星なのか。でも、月を指差してあの星を見てごらん……なんていったら、変な顔をされるだろうし……。まぁ、それはそれで、話題が広がるかもしれないけど。そういえば海の潮の満ち引きにも月は関係しているとか。引力がどうとか……。ああ、そういえば金縛りになった時、布団に沈むような感じがして、これがいつかどこかで読んだ地獄に引きずりこまれそうというやつなのか! と、思ったことがあったけど、地球の重力が増したと思っても良かったのだろうか。地球の重力が増したら、月は地球に落ちてくるのだろうか……うーむ、謎だ」

 魔術師は長い独り言を台詞で並べた。

「私の思考をなんとなく少し台詞にしてみただけだよ」

 空から部屋の中へ視線を移すと、タイミングよく使い魔の気配が現れた。

「…………夜の静寂 足元に影は無く 空を見上げれば月は雲の向こう 空に手を伸ばすと雲は流れ月が出る 月の光で影を見つけ振り向くと君はいた……」

 魔術師は呪文の前半を言い終わる辺りになって、顔を右に向ける。そして右を向いたまま呪文を唱え終える。

「……」

 使い魔は姿を現さないまま、呪文の”振り向くと君はいた”の部分の通りになる位置に移動する。使い魔にとって姿を現す為に呪文を唱えてもらう必要は無い。しかし、使い魔はこの呪文を大切にしている。

「そろそろ振り向いても大丈夫かな?」

「……」

 魔術師は正面を向けば、左に”振り向く”形になる、少し微妙だけれど。

 使い魔は魔術師の意図を理解しつつも、自分の位置取りが少し恥ずかしいと思っている。その為、気配の動きが鈍い。

「すまないな……」

 魔術師は口元に穏やかな笑みを浮かべながら、左に”振り向く”。正面を向いた魔術師の目の前には、四つんばいで、魔術師に覆いかぶさる格好をした使い魔の少し赤い顔があった。

「どうして、テーブルの上で仰向けになって空を見てるのかな……ちょっと、お行儀が悪いよ!」

 魔術師は窓辺に置かれているテーブルの上に仰向けで寝転がり、空を眺めていた。

「横になって空を眺めたかったからだよ。君も一緒にどうだい?」

「それより、どうして呪文の途中で右を向いたの? 天井を見ながら唱えてから右か左を向けばいいのに……」

「テーブルに横になって空を見ていた。というのを回りくどく演出する為かな。それに、こんなシチュエーションで君の顔を見てみたかったから……なんてね」

「頭突きしていい?」

 使い魔は照れ隠しに台詞を並べた。

「君の顔がより近くで見れるなら喜んで!」

「……最近、あなた時々意地悪してない?」

「そんなつもりは無かったんだが……すまん」

「別にそんなに嫌ってわけじゃないけど、ちょっと恥ずかしいだけで……」

「そうか」

 魔術師は使い魔の目を真っ直ぐ見つめて短く台詞を並べた。見つめられて照れた使い魔は、顔を上げて空を見た。魔術師の目には使い魔の白い首が映り、そこから少しずつ視線は移動していった。

「月の光がさっきより強くなってるね」

「大きさとしてはやっぱり控えめな方だね。でも柔らかい感じが見ているだけで伝わる感じだ。いいね! 私はこれくらいの方が好きだな」

「満月までは、もうしばらく時間があるみたい。月の光ってなんだか柔らかい感じでいいよね」

「……ああ、そうだね」

 魔術師と使い魔は見ているところが違う。使い魔は空の遠くを見ているが、魔術師はすぐ目の前を見ていた。使い魔の胸元を……。

「頭突きより、グーパンチの方がいいのかな?」

 使い魔は右手を握って肘を上げた。その顔は笑顔だったけれど、明らかに作り笑顔だった。

「あの、なんでかな……君の笑顔が怖いと感じる」

「その理由は自分の胸に聞けば解ると思うよ?」

「そうか……心当たりはあるよ。ごめん。大人しく君の攻撃を受けるとしよう」

「いい覚悟だね」

 台詞と共に右肘を更に上げる使い魔。しかし、動作とは裏腹に思い切り振り下ろすつもりは全く無く、形だけのグーパンチをするつもりだった。

 そんな使い魔を見ながら、魔術師はテーブルについている使い魔の左手の手首を右手で掴む。そして、使い魔の左手を外側にずらすように力を加える。それに驚いて左手の肘が曲がり、バランスを崩して倒れこむ。

「良い攻撃だ。ナイスボディープレス」

「大人しくわたしの攻撃を受けるんじゃなかったの?」

 運よくお互い頭突きをすることも無く、倒れた使い魔もテーブルに鼻をぶつけることも無かった。

「つい体が動いてしまったよ。しかし、ダメージを受けるどころか、なんだか回復した気がする」

「わたし、重くない?」

 右の耳元で聞える使い魔の声を楽しみつつ、魔術師は答えることにした。

「……どちらかというと圧力が物足りない。ここは、ベアハッグが必要かもしれないな」

「べあはっぐ……って何? 技?」

「私もそれほど詳しくは無いけど……こんな感じかな」

 魔術師は上に倒れこんでいる使い魔の背中に両手を回し、使い魔の体を締める。

「……これは技なんだよね?」

「技だよ。苦しいかな?」

「もうちょっと締めても大丈夫かも」

「そうか、ならもう少しだけ……」

「……どうかしたの? 疲れてるの?」

 冷静な振りをしている使い魔だけれど、内心は予想以上のスキンシップにかなり動揺している。

「う~ん、どうだろう。なんとなく君に技を掛けてみたかっただけかもしれないな!」

「…………魔術じゃなくて技を掛けてみたかったんだ……物理攻撃だね」

 技を掛けられていることになっているけれど、使い魔自身は抱きしめられているという認識を持っている。”技を掛けてみたかった”という部分の台詞は使い魔の中で”抱きしめたかった”になって認識されていた。

「まぁ、なんていうか……。ちょっと、君とスキンシップを取ってみたかっただけさ!」

「……そっか!」

 魔術師の台詞に満足して、使い魔は元々それほど入っていなかった体の力を更に抜く。そして目を閉じて今の状況をより深く意識した。

「…………私としてもこの状況を続けていたいけれど、このままお話が進むと展開的に……」

「?? 展開的に? ……」

 使い魔は最初、このままの状況でいいのに何で? と思い、次にこのままお話が進んだ先の展開の一つに心が当たり、顔を赤くした。

「今、君の心が当たった展開を君が台詞で言うなら……そういう展開も」

「今はまだ…………あなたを目の前にしては……そんなこと恥ずかしくて言えない」

 使い魔は小さな声でそう台詞を並べた。その台詞は魔術師の耳にささやくように届いた。

 両手をテーブルに突いて上体を起こそうという動作を感じ取り、魔術師は両腕の力を抜く。

 上体を起こした使い魔は魔術師の顔を見つめる。その両目の瞳に、目の前の顔の表情を映した。

「私はどんな表情をしているのかな?」

 魔術師は地の文の描写ではなく、使い魔の台詞で自分の表情を知りたいと思い台詞にした。

「……笑顔。優しく微笑んでる」

「そうか、君自身の表情はどうかな?」

「あなたにはどう見える?」

 使い魔も地の文ではなく、魔術師の台詞に自分の表情をゆだねた。

「可愛く見える」

 魔術師の台詞を聞いた使い魔は、グーにした右手を魔術師の右頬を当てた。正確には軽く触った。

「本気だった?」

 使い魔は自分が先ほど心に当たった展開を台詞にした場合、魔術師は本当の所どうするつもりだったのか尋ねた。

 それに対して魔術師は、右手を使い魔の胸元に近づける……が、触れる前に途中で止める。

「ははは!」

「ふふ!」

 明確な答えを台詞にせず笑う魔術師に釣られて、使い魔も笑い声を出した。そして、使い魔は魔術師の右隣に仰向けで横になる。……”仰向け”と”横になる”の組み合わせは二重表現になるのだろうか。

「一緒に横になって空を見る……という展開になるまで結構かかってしまったね」

「あなたのせいだからね!」

「すまん、すまん。さて……空を! と思ったけどかなり曇っている。そうすると、今は真っ暗に近いのか……」

 魔術師は”表情を見る”という先ほどの展開について考え出した。暗すぎて表情は見えないんじゃないかと……。

「それは、今ちょうど一時的に厚い雲で曇っちゃったことにすればいいんじゃない?」

「な、なるほど。その手で行こう!」

 使い魔が魔術師の隣で仰向けになると月は一時的に厚い雲に隠れて暗くなった。

「あからさまな、後付設定だけどよしとしておこう」

「暗い曇り空を眺めるの?」

 今の使い魔にとっては、空の天候は全く気にならない。ただ、一緒に空を見る。ということが出来るだけで何も問題が無い。

「暗い曇り空を眺めるとしよう……でも、少し寒い。薄手の毛布を使うか」

 魔術師はテーブルから降りて、ソファーにたたんで置いてある薄手の毛布を取りに行った。そして手に取り振り向いて戻ろうとした魔術師の目に、テーブルの上で仰向けのまま大人しく待っている使い魔が映る。テーブルの大きさから、膝は曲げられている。その光景が、厚い雲が動きその切れ間から届いた月の光の中で目に映った。

 魔術師は少し屈むと、使い魔が着ているワンピースのスカートの中を薄暗いとはいえ見ることが出来るかもしれない。

 使い魔は曇り空を見ながら機嫌良く何かを考えていて、地の文を全く読んでいない。完全に油断していて隙だらけだった。

「窓は閉めたほうがいいかな?」

「……ぅん? ……雨が降ってきたら閉めよう。毛布があれば大丈夫!」

 声を掛けられて答えた使い魔は地の文を読み、両足を少しきつく閉じた。

「体は冷えていないかい?」

 声を掛けながら使い魔に薄手の毛布を掛ける。しっかりと足の方まで包まれたので、両足の閉じ方を少し緩めた。

「あなたこそ冷えてない? ……さっきお互いの体温は感じ取ったよね。あなたは少し冷たかった」

 使い魔より先に来て、窓を開けて何も掛けずにいたので魔術師の体は少し冷えていた。

「君は、温かかった。……そう、それでスキンシップがとりたかったのさ!」

 魔術師は今思いついたことを台詞で並べた。

「地の文さんが文章を並べなくても、それは通じないよ!」

 魔術師は呪文を唱えたけれど使い魔には効かなかった。

「ぐぬぬ……」

 テーブルで仰向けになっている使い魔の隣に、魔術師はあぐらをかいて座る。

「あなたも横になろう? そしたら一緒に毛布も掛けれるし」

「それはそれで、展開が……」

「もう! しょうがないな~」

 使い魔は起き上がると魔術師の隣にペタリと座り、魔術師にも薄手の毛布を掛けて一緒に包まる。

「ありがとう。でも、テーブルの上に座るなんてお行儀が悪い」

「それはお互い様でしょ!」

「そうだね。さて、お話ししやすい状況になったけれど、今回はこの辺で終わりにして、次回はここから始めよう」

「ふーん、次回か。どんなお話しするの?」

「戦い方っぽい感じかな」

「何との?」

「それは次回で」

「そっか」

「今回も文章並べを手伝ってくれてありがとう! スキンシップも出来て嬉しかった」

「どういたしまして! ……わたしも!」

「そうか、なんだか安心した。では、また次回に」

「うん! 次回ね!!」

 という感じに今回を終わりにしよう。

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