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魔導書の翻訳・地獄での姿

 窓の外に見える月は細くなっていた。しかし、雲に隠れていない月の光は窓ガラスを通り抜けて部屋の中を明るく照らしている。

 窓辺に置かれているテーブルの上にある二つの紙コップからは湯気が出ている。その中身は温かい紅茶。

 テーブルの中央にはランタンが置かれていて、その明かりがテーブルの上を照らしていた。

 ランタンを中心にして、窓側の右端には数冊の本が丁寧ていねいに重ねられていて一番上にはファイルが置かれている。窓側の左端には火のついていない蝋燭ろうそくが入った大きめなコップが二つ。

 窓を正面にしてランタンよりこちら側。ランタンの近くにはかごに入ったお菓子があり、そこより少しこちら側の左右に紙コップに入った紅茶がそれぞれ置かれている。

「とりあえずテーブルの上の描写が出来たようだね」

「うん。紅茶も冷めていない!」

 使い魔は紅茶から出ている湯気を見て嬉しそうに台詞を並べた。

「それはそうと、結構寒くなったね」

 魔術師は紙コップに右手を伸ばしながら台詞を並べる。その拍子に右肩から薄手の毛布がずれてしまう。その薄手の毛布は隣の使い魔と一枚の毛布を共有して掛けている。

 使い魔はずれた毛布を手を伸ばして魔術師の肩に掛け直す。

「寒いけど、この毛布を掛けてると暖かいよね」

「おお、ありがとう。足元は少し寒いけど、これがあればまだ大丈夫だね」

 台詞を並べてから手に持っている紙コップに入った温かい紅茶を一口飲んだ。

「わたしも飲む」

 使い魔も右手を伸ばして紙コップを手に取り一口飲む。

「さて…………」

 紙コップを片手に使い魔の方を向いたまま止まってしまう。

「どうしたの?」

「えっと…………。君の……いや、なんでもない」

「わたしの?」

 使い魔は”なんでもない”という部分の台詞が気になって聞いてみる。

「”なんでもない”の部分は照れくさいから置いといて、……前回の終わりに並べようとしていた内容が上手く思い出せないんだ」

「照れくさい……」

 使い魔は”照れくさい”と、前回の終わりに並べようとしていた内容を組み合わせて考えているけれど、その二つは関係がない。魔術師が”なんでもない”で隠した照れくさいことは、”君の”に続くはずだった台詞。

「このマシュマロを食べれば思い出すだろうか……」

 魔術師は左手を伸ばして籠からマシュマロが入った袋を取った。

「ねぇ、”君の”のあとには何が続くの?」

「さて、なんだったかな」

 魔術師はとぼけたけれど、”君の”のあとに続くはずだった台詞は”顔に見惚みとれていた”だった。

「なかなか甘い言葉だね」

「……地の文め」

 魔術師は手に取ったマシュマロを籠に戻そうとしたが、使い魔が上にした手の平を差し出したのでその上に置いた。

「あなたが台詞で言ってくれなかったから、マシュマロで甘さを受け取るね」

「うぅ、照れを隠さずに言うべきだったのかな?」

「……言ってくれたら100点だったかな。今からでも間に合うかも? 言ってみる?」

「君もなかなか痛い感じになってるよ?」

「大丈夫、わかってるから! 更に言うなら……痛くしないでね?」

「……月の光をベースにランタンの光で照らされた君の顔が美しくて、つい見惚れてしまったよ!」

「ふふっ!」

 魔術師が更に痛い感じの文章を並べると、使い魔はただ嬉しそうに笑うだけだった。

「なんだろう、私はもうダメなのかもしれない。いや、最初から……。…………さて、この辺で話題を変えようか」

 一度俯うつむいてから上げた顔は口が少しきつく閉じられていて、真っ直ぐ前を見るような目は揺れがなく静かだった。

「真面目な顔だね」

「この表情ちょっと苦手なんだけどね。なんといっても口元が疲れるし、深呼吸がしたくなる」

 そう言って深く息を吸って吐くを何度か繰り返した。

「きつく口を閉じたら呼吸がし辛いものね!」

「そういうことさ! ……さて、結局前回の終わりに並べようとしていた文章の内容は思い出せなかったけど、魔導書を翻訳してみよう」

「うん」

 使い魔は手に持っている袋を開けていないマシュマロをテーブルに置いた。

「そうだな……地獄について考えてみよう」

「地獄……ちょっと怖そう」

「今回は死んで地獄に行くのか、生きたまま地獄に行くのかについて文章を並べてみよう」

 テーマを宣言した魔術師は紅茶を一口飲んだ。使い魔も同じように一口飲む。

「死んで行く場合は体がないから心は無い。だから行くのは魂。生きたまま地獄に行く場合は心がある」

「どっちの方がつらいのかな?」

「魂だけなら……痛む心はない。地獄で魂は細かく……更に細かく……砕かれるというか削られていく」

「魂は痛みを感じるの?」

 魔術師は上を向いてしばらく考えてから答えた。

「…………苦しそうに見えることが多い。地獄に行った魂を削るモノは、わざわざ苦しむさま、悪く見えるさまを強調して魂を加工するのが好きなヤツが少なくない」

「そう……なんだ」

 使い魔は少し表情が暗くなった。

「死んでしまうと自らの心は失われてしまう。すると、自分自身の魂を自ら書き足すことは出来ない。心は魂を書くためのふでの類でもある」

「つまりどういうこと?」

「嫌な言い方だけれど、死人にくちなし。死んで地獄へ行った魂は自分では何も出来ずにされるがままだ」

「つらいね」

 そう台詞を並べた使い魔は下唇を噛んだ。

「生きたまま地獄へ行った場合は、自分の魂を書き足すことで、抜け出したり、適応することが出来たりする場合がある。でも、心がある分、つらさは現実的なもの。心が耐えられなくて体を放棄ほうきすることもある……」

「それはつまり……」

 使い魔は言い切らずに台詞をきった。

「私はそういう命の終わり方を絶対に悪いコトだとは思わない。ただ……それで本当に満足なのか? と、問いたい。まぁ、命を失ってしまったら、その問いに答えることは出来ないだろうけど」

「満足なら……死んでもいいの」

 使い魔がまとっている雰囲気の温度が下がった。

「悪いコトだと思わないだけで、いいとも思っていない」

 魔術師が静かに並べた文章で、使い魔の雰囲気の温度が少し上がる。

「わたし、そんなに雰囲気変わったかな?」

「少しそんな気もしたかな。……まぁ、人がそう簡単に、本当に満足するとは思えないけどね。ある意味それは魂の完成ともいえるし」

「魂に完成なんてあるんだ……」

「自分の魂は完成した……だから死ぬ。なんてほざく人間がいたとしたら……。言葉を少し悪くしてみた……。そんなことを言う人間は魂の完成を、生きることを諦めているだけだと思う」

「えっと、やっぱり、自分で自分の体を放棄……命を終わらせるのはダメってこと?」

 使い魔は魔術師の台詞を何度も読み直し、なんとなく魔術師の魂を読み取り、雰囲気の温度がいつもと同じ感じに戻った。

 わざわざ少し悪い言葉を使ったあたりの台詞が使い魔にとって大きなヒントになっていた。

「もし……それで本当に満足だと答えたなら、私はソレをののしりたくはない。かなしいけど」

「どんなかたちでも、それはかなしいね」

「ああ」

 ひと段落終わった感じの空気になると、使い魔はテーブルのマシュマロの袋を開けた。そして取り出したマシュマロを半分にして、上半身を魔術師の方に向け、左手にある半分のマシュマロを魔術師の口元へ運んだ。

「どうぞ」

「お、おう」

 前回は魔術師の口の中にマシュマロを放り込んだけれど、今回はしっかりと口の中に入れた。指は入れなかったけれど。

 使い魔の視線は魔術師の口元へ注がれている。その隙をついて魔術師は使い魔の左手から半分のマシュマロを奪い取る。

「あ……」

 隙をつかれた使い魔は、小さく驚きの声を上げた。

 奪い取ったマシュマロを魔術師は自分の口元に持って行くが、そこで止まってしまう。

「……」

「食べちゃうの?」

 半分にして同じマシュマロを食べようと思っていた使い魔は残念そうな声を出しす。

「いや、これは君が食べる予定だけど……。だけど、そうだね」

 魔術師は持っている半分のマシュマロを使い魔の口元へ運ぶ。すると、使い魔は素直に口を開けたので、優しく口に入れた。

「甘くて美味しい! 食べれないかと思ったよ」

 暗に、今の魔術師の行動の意味を問うているけれど、魔術師は気付いていない。ので、地の文が文章を並べる。……魔術師は半分のマシュマロを口渡くちわたしで使い魔に食べさせようとしていた。

 しかし、さすがにそれは変態っぽいと思い、痛いを通り越して大怪我して使い魔との関係がギクシャクしないように迂回うかいした。

「……」

「別に大怪我はしないと思うよ? したとしても、お見舞いはしてあげるし!」

「そうか……なら、変態を極めるか!」

「わたしも引くことはあるよ?」

 念のため使い魔は魔術師に釘を刺す。

「も、もちろん冗談さ!」

 魔術師は怪しい動きをしていた右手を握り締めつつ台詞を並べた。

「冗談だよね!」

「う、うむ」

 明るい可愛らしい声で念を押されて、魔術師は少し恥ずかしがりながらうなづいた。

「次はクッキーを食べよう! ……はい、どうぞ」

 使い魔は機嫌の良い明るい声で言いながら、二つ入りのクッキーの袋を開けて一枚を魔術師に差し出す。ソレを受け取りながら魔術師は台詞を並べる。

「雰囲気の温度か……。さっきのは、明らかな怒りとか……そんな感じはしなかったけど。……ちょっと怖かった」

「今はどんな風に感じる?」

「……心地良い感じの温度のそよ風かな」

「よかった」

 使い魔は幸せそうに微笑みながらクッキーを一口、かじった。

「さて、君の笑顔を見ていたくて名残惜なごりおしいけれど、今回をそろそろ終わりにしよう」

「また次があるよね?」

「うむ、練習あるのみだからね」

「次も痛いところあるかな?」

「さて、どうだろう。現実の私次第かな……」

 魔術師はクッキーを口に一口で入れて、紙コップに残っている紅茶を飲み干した。使い魔も残りのクッキーを食べて、両手で紙コップを上品に持って飲んだ。

「それじゃあ、ランタンの明かりを消すね」

 使い魔がランタンの明かりを消すと辺りは真っ暗になった。空に月の姿は見えない。

「では、今回も文章並べを手伝ってくれてありがとうね」

「どういたしまして!」

 テーブルの上のお菓子はそのままに、使い魔は水筒を持ち、魔術師は空の紙コップ二つを持って帰った。

 という感じに今回を終わりにしよう。

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