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魔導書の翻訳・息抜き

 空は曇っている。嵐が近づいてきている影響なのかもしれない。

 開いた窓から部屋に入る風は今は弱い。月は雲に隠れていてその光はこの部屋には訪れていない。

 暗い部屋の中で魔術師が一人眠っている。ソファーで仰向けで眠る姿は無防備だった。

 そこへ別の気配が現れた。その気配の主は姿を現さないまま、暗い部屋の様子を伺う。姿を現していないので暗くて見えなくても体を物にぶつける心配は無い。

 しかし、何も見えないのでその気配は姿を現して、持参したランタンのスイッチを入れた。

 姿を現し、ランタンを持っているのは使い魔だった。お菓子の入ったかごを右手……右腕にバランスをとりながら乗せ、左肩に水筒の紐をかけ、右手に持ったランタンのスイッチを左手で入れた格好をしている。

「明かりを持って来てよかった」

 使い魔はとりあえず持って来た荷物を窓辺に置いてあるテーブルに置いた。テーブルの上には数冊の本と、何かのファイル。それと前回、片付け忘れた紅茶を飲んだコップ二つと、いくつかのクッキー。蝋燭ろうそくの入った大き目のコップが2つ。

「テーブルの上を意外と詳しく描写するね……何か意味があるのかな?」

 使い魔は独り言を言いながら寒さを感じで窓を閉めた。すでに地の文を読んで魔術師の居場所はしっかり把握している。

 ランタンを右手に持ったまま振り向くと、使い魔の目に魔術師の姿が映った。その姿は何もかけずに眠っている。

「寒いのに……風邪を引いちゃう」

 使い魔は片付けられていた薄手の毛布を大き目のダンボールから持ってくると、静かに慎重に魔術師にかけた。

「起こさずに出来た!」

 使い魔は以前に眠っている魔術師に目隠しをしようとして失敗した時のことを思い出していた。

「それもあるけど、なんだか嬉しそうな寝顔だから起こすの悪いかなと思ったからだけどね」

 少し寒い部屋。使い魔は自分も少し寒いので一緒に毛布に入れないだろうか……と、思ったけれど、ソファーの大きさから、それが難しいことを悟る。

「別に我慢できない寒さじゃないし」

 使い魔は相変わらず独り言を言う。そして、ランタンを片手に部屋の中を歩き出す。

 まず、玄関のところへ行き、施錠せじょうを確認する。

「鍵はかかっているね」

 そしてゆっくりと振り向き、正面の壁まで歩く。その途中で、左右の扉を確認した。そして、壁を目の前にして直角に向きを変えてまた歩き出す。向かう先は右側の扉。

「この先は地下室に繋がっているんだよね。地下室から色々持ち出して、持ち出したものはあの大き目のダンボールに入っている」

 大き目のダンボールに向けてランタンを差し出してみる。すると大き目のダンボールが照らされた。

「色々な物が入っているから、色々な物が取り出せる……ある意味では何でも取り出せるんだよね」

 何でも取り出せるその箱を見て楽しそうな笑みを浮かべた。

「ある意味、魔法の箱!」

 ランタンを持つ手を下ろして、今度は左側の扉に向かう。こちらの扉の先は”まだ描写されたことが無い”。

 扉の前に立った使い魔だったけれど、扉を開けようとはしない。

「”まだ描写されたことが無い”……か。これは……あの人のいうところの結界だね。扉に鍵がかかっているかわからないけど、わたしは開けることが出来ない」

 あえて地の文が文章にすると、その扉には今、鍵はかかっていない。

「……鍵はかかってないんだ。でも、わたし一人じゃこの扉は開けれない……」

 使い魔は結界のほどこされている扉を後にして、眠っている魔術師の方へと歩き出した。

 ソファーで眠っている魔術師の顔を見てから、窓辺のテーブルへ向かう。

「これらの本には魂が模写されているんだよね。……このファイルは――――」

 使い魔はファイルに手を伸ばさずに、ただ見ていた。

「あそこの扉に比べれば、このファイルに施されている結界は弱いよね」

 施されている結界を破るのは難しくない。しかし、使い魔がそれをした場合、魔力を大幅に消費する可能性もある。

「そ、そうなの? 魔力を大幅に……?」

 地の文の文章に戸惑いながら、魔術師の方を振り向く。

「……わたしは見ないよ」

 使い魔は独り言を一言いってから、テーブルの上に置いてある前回使ったコップを端に寄せた。そして、少し考える仕草をして、右手を握り、左の手の平を上に向け、左の手の平に握った右手を軽く振り下ろした。

「そうだ! 大き目のダンボールから紙コップを持って来ればいいんだ!」

 前回からそのまま置かれていたコップを今回も使って、持って来た水筒の中身の紅茶を飲むのは嫌だな。と思っていた使い魔は、自分の出した名案に従い大きめのダンボールへ向かった。

「やっぱり魔法の箱だね! 紙コップもすぐに見つかった!!」

 かろやかな足取りで窓辺のテーブルまで戻ると、窓の外が正面に見える位置に置かれている二つの椅子の後ろから、紙コップを、それぞれ手に取りやすそうな所に置いて、お菓子の入っている籠をテーブルの上に椅子と椅子の真ん中になる位置に置き、前回のいくつかのクッキーもその中に入れた。

「中を見なければ触っても大丈夫だよね?」

 振り向いて目を閉じている魔術師の顔を見てつぶやいてから、テーブルの上の数冊の本とファイルを丁寧ていねいに重ねて置き直した。

「ふー、これで良い感じに準備は完りょぅふぃ!」

 台詞の語尾がおかしくなった。それは油断していた彼女の両肩に優しく置かれた両手のせいだった。

「そんなに驚くとは思わなかった。ごめん」

「いつの間に起きたの? というか、全然音がしなかったよ?」

「音を立てないように気をつけたからね」

「……最初から驚かせるつもりだったんだね」

 使い魔は少しだけ睨んだ。

「えっと、思いのほか魔力を消費したのかもしれないけれど、君のそんな顔も見れたから良いとしよう」

「睨まれて嬉しいの?」

 小さな火種に少し油を注いだらしい。使い魔の口調がいつもと少し違う。

「胸が痛むよ。でも、君の色々な表情も見てみたいと思ってしまうのも事実。……やっぱり笑顔が見たいな」

 魔術師は表情で使い魔に(笑って)と伝えた。

「……」

 仕方が無いなぁ、という感じに使い魔は笑顔を作った。それに対して魔術師は嬉しそうな笑顔を向けた。

「やっぱり笑顔の方が素敵だね」

「なんだか、ずるい」

 使い魔が作っていた笑顔は、明るい本物の笑顔になった。

「良い笑顔だ」

「ありがと」

 小さな火種に油が注がれたけれど、上手く納まり暖かいモノに変わった。

「ほうほう、お菓子がいっぱいだ」

 魔術師は使い魔がいつも座るほうの椅子を引きながらそう言った。そして使い魔は大人しく座る。

「この籠も魔法の籠だから色々なお菓子が入ってるよ!」

 籠の中のお菓子の種類を描写していないので、好きなお菓子を取ることが出来る。

「それは楽しみだ」

 魔術師は使い魔の隣の席に座らず、その場から離れた。

「……最近寒いよね」

 振り向いた使い魔の目には、ソファーから薄手の毛布を手に戻ってくる魔術師が映っていた。

「そうだね」

 後ろから座っている使い魔に薄手の毛布を掛ける。そして、自分も隣の椅子に座った。

「あなたもどうぞ」

 使い魔は並んで座る魔術師の右肩まで薄手の毛布を延ばして掛ける。

「……つい、何もかけずに眠ってしまったよ。さっきは……さっきもありがとうね」

 眠っている間に薄手の毛布を掛けてくれた使い魔にお礼を言う。すると使い魔は叱る感じに台詞を並べる。

「寒いのに何もかけずに眠っていたら風邪引いちゃうよ!」

「気をつけるよ」

「うん。では、温かい紅茶をどうぞ!!」

 使い魔は水筒に手を伸ばした。その時ふと、薄手の毛布が暖かいことに意識が向いた。そして、その暖かさが魔術師の体温で暖められたものだと、答えを見つけて、より暖かさを感じた。

「私はいつもコーヒーばかり飲んでいたけれど、紅茶もいいね」

「いいよね!」

 まず、魔術師の紙コップに紅茶を注ぎ、自分の方にも紅茶を注いだ。そして二人は軽く乾杯の仕草をしてから一口飲んだ。

「おお……いい味ですな! 少し冷えている体が温まる!」

「寒かったら、もっとくっついてもいいよ?」

「そうか、ではもう少し」

 魔術師が少し使い魔側に座る位置を移動すると肩が触れ合った。

「そいうえば、このランタン意外と明るいね。これなら、蝋燭の火はつけなくてもよさそうだ」

「あ、えっと。ランタンはテーブルの中央に置いてある……から、バランスよくテーブルの上が明るいね」

 ランタンをどうしたのかの描写が無かったことに、いち早く気付いた使い魔は台詞でそれを描写した。

「でも、今回は地の文の文章がいつもより大目な気もする」

「そうだよね。地の文さんも頑張ってるんだね」

 地の文も頑張っている。語尾が同じにならないように気を使ったり。語尾が同じものばかりだと単調な感じになると、どこかで読んだ気もするし……。

「さて、では何をいただこうかな……。これは、マシュマロかな?」

 籠の中から小さな袋に入った白い柔らかそうなものを手に取った。

「わたしも同じの食べる」

 使い魔も籠から同じものを手に取る。そして袋越しに中身を指でつまんでみる。

「どうだい? マシュマロで正解かな?」

「うん、柔らかいよ。きっとマシュマロだね」

「確かに柔らかい。口に入れてみれば答えは出る」

 袋を開けて匂いを嗅いでみると甘い匂いがする。その匂いに反応して口の中に唾液が出てきた。

「……これ、食べさせてあげようか?」

「ま、まさか毒見どくみか!」

「毒なんて入ってないよ! 前回クッキーを食べさせてくれたから、わたしもやってみようと思って」

 魔術師は前回の自分の行動とその思惑を思い出しながら口を開けた。

「……」

「てぃ!」

 掛け声と共に使い魔は魔術師の口の中にお菓子を放り込んだ。放り込まれたそれを味わいながら口を動かす。

「…………うむ、これはマシュマロだ。では、今度は私のターン」

 今度は魔術師が使い魔の口にマシュマロを近づける。

「マシュマロ美味しそう」

 使い魔は控えめに口を開けて待つ。その心には、また唇を触られるかも……という思考が浮かんでいた。

「甘いな」

 使い魔は、魔術師の台詞『甘いな』をマシュマロの味だと読み取ったけれど、その意味は違った。

 控えめに開けられた使い魔の口に、マシュマロをつまんだ親指と人差し指が一緒に入り込んだ。そして、魔術師はその中でマシュマロとは違う柔らかいものの感触を味わった。

「……」

 口の中に残されたマシュマロを静かに食べながら魔術師の台詞を待った。

「ちょっとエスカレートしてみたくなるお年頃だっただけだよ。君の唇と舌の感触をいただいた。その過程で口に指を入れてしまった。すまない」

「……えっち」

「出来心だったんだ。許しておくれ」

「……あなたやっぱり痛いよ!」

「自覚は一応それなりにあるさ。でも、文章とはいえ、やるには私はそれなりに勇気が必要……シャイだし」

「自覚が無かったら、噛んで痛いことを教えてあげたのに……」

 口を少し尖らせている使い魔は自分の舌に触れた魔術師の指の感触を思い出していた。

「マシュマロをもう一つ食べてみる?」

「今度は噛むかもしれないよ?」

「噛まれて指が抜けないことにして、指を長居させられる」

「……もう! ばか!!」

「怒られちゃった」

 使い魔の台詞に怒りの感情が含まれていないことを感じながら、自嘲気味に魔術師は台詞を並べた。

「そういえば、今回も魔導書の翻訳……という感じの内容のはずじゃなかったっけ?」

「そのつもりだったけれど、ついこんな感じの文章並べを楽しんでいたら、文字数的に原稿用紙12枚分になっているようだ」

「12枚分なんだ!」

「それなりの枚数分、文字を並べたし、現実における前回からの時間も短い……。今回は魔導書の翻訳の息抜きという感じにして、中断という感じに今回を終わりにしよう」

「中断……。紅茶冷めないかな?」

「一時停止からの再生という感じで始めることにしよう。紅茶も大丈夫だよ」

「よかった!」

「では、次の再生の時に。今回も文章並べを手伝ってくれてありがとう」

「うん!」

 という感じに次回へ。to be なんとやら……ということで!!

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