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魔導書の翻訳・魂と幽霊……ぐだぐだ

 空は曇っている。空にある雲は今にも雨を降らせるかもしれない。月はその向こうにあり、雲はその光をさえぎっている。

 その屋敷の一つの窓辺に明かりが灯っている。それは大きめのコップに入った蝋燭ろうそくの明かり。……が、二つ。

「今回はなんとなく二つ用意した」

 独り言を言ったのは魔術師だった。窓辺に置かれているテーブルから窓の外が正面に見える位置にある椅子に座っている。左隣は今はまだ空席だった。

「独り言か……」

 魔術師は開いた窓の外を一度見てから、手に持っているファイルに目線を落とした。挟まれている紙には文章が並んでいる。内容は……魔術師が並べた文章ではない。

 文章を読む進める魔術師の表情に悲しみの色が浮かんだ。

「なるほど……本か。意識はしていなかったけれど、影響は受けていたかもしれない……か」

 ファイルからテーブルの上に視線を移動させて、数冊の本を見る。

「なかなか意味深な感じに――――おや?」

 台詞の途中で使い魔の気配に気付く。そして、ファイルをテーブルに置いた。

「…………夜の静寂 足元に影は無く 空を見上げれば月は雲の向こう 空に手を伸ばすと雲は流れ月が出る 月の光で影を見つけ振り向くと君はいた……」

 魔術師が呪文を唱えて振り向くと、そこには水筒とコップを二つ載せたお盆を両手で持っている使い魔がいた。

「ご、ご主人様、お飲み物をおみょちしました」

 姿を現す前からこの台詞を言ってみようと用意していた使い魔だったが、噛んでしまった。

「おお、ありがとう」

 お礼の言葉に対して笑顔で答えて、お盆をテーブルに置く。

「座ったままで、すまないが、どうぞお座りください」

 魔術師は座ったまま左の椅子を引いて使い魔に座るように促した。

「ありがと」

「今回の空は曇っていて雨が降りそうだ」

「そうだね。そういえば月食は見た?」

「いや、見てない。文章を読んでいたら時間が思ったより過ぎていてね……残念」

 魔術師の台詞を聞いて、使い魔は今回のこのお話を、自分が来る前までさかのぼって読む。

「…………ふーん、意味深な感じ……は伏線?」

「大したことではないけど、そんな感じに……。まぁ、今回はそれは置いといて」

「ちょっと気になるよ?」

「いや、でも、今回は幽霊についてのお話にする予定だからさ」

「……そうだったね」

 使い魔の視線はファイルに注がれている。

「このファイルはまた今度ね」

「……分かった」

 大人しく引き下がった使い魔の頭に、魔術師はわざわざ体をひねって右手を伸ばす。しかし、空中でその手は止まった。

「触れてもいいかな?」

「? どうして聞くの?」

「なんでかな。なんとなく許しを得てみたくなって……かな」

「……ダメ」

「あぅぁ……なぜに?」

 明らかに魔術師は動揺した。

「だって、今から紅茶を入れるんだもの!」

 使い魔は明るい口調で台詞を言って立ち上がった。座ったまま体をひねって伸ばしている魔術師の右手は、立ち上がった使い魔の頭には届かない。そのままの格好で固まっている魔術師とは逆に、使い魔は楽しそうに水筒に入っている紅茶をコップに注ぐ。

「あーいうえお」

 魔術師は固まってしまった自分を動かす為に適当に呪文を唱えた。

「はい、どうぞ!」

 自分の前に置かれた紅茶の入ったコップを見てから、再び使い魔をゆっくりと見る。

「ありがとう!」

 お礼を言いつつ、今度は聞くこと無く使い魔の頭を撫でた。

「実はね……」

 使い魔はおもむろにカーディガンのポケットに手を入れると、何かを取り出してテーブルの上にいくつか置いた。

「おお、これは!!」

 魔術師は少し大げさなリアクションをするが、置かれているのは小さい袋に入ったクッキーがいくつかだった。

「もっと撫でてもいいよ!」

「うむ! ありがたい!」

 魔術師は髪の毛が乱れるくらい使い魔の頭を撫でた。

「…………」

 嬉しそうな笑みを浮かべていた使い魔だが、少しずつ何かがいてくる。

「嬉しくて、ついやりすぎてしまった。すまん」

 魔術師は少し乱れた使い魔の髪を、優しく撫でて整えた。すると、使い魔の笑みに少しずつ湧いてきていた何かが消えた。

「もう大丈夫だよ。それに紅茶が冷めちゃう。冷めない内に一口飲んでみて!」

「君の髪の触り心地がよくて夢中になってしまった……。では、いただきます!」

 使い魔の方を向く為にひねっていた体勢を元に戻し、左手で紅茶の入ったコップ……この場合はカップ? ……を持って一口飲んだ。利き手である右を使わなかったのは、手に残る感触をもう少し楽しみたかったから。

「うむ、なかなかのお味ですな! 美味しい!!」

「良かった! はい、これもどうぞ!」

 使い魔はクッキーの袋を開けて差し出す。

「かたじけない!」

 魔術師は至れり尽くせりの状況に、なぜか武士のような雰囲気を出した。そして小さい袋に二枚入っているクッキーを一枚とって食べた。

「わたし、ひょっとしてやりすぎ?」

「えっと、苦しゅうない」

 と言いつつ、魔術師は少し警戒心が増している。

「……何もたくらんでないよ?」

「いや、君に対しての警戒心じゃなくて、自分に対してだよ」

「自分に対して?」

尊大そんだい……君に対して偉そうになり過ぎないように、自分を見張らないと」

「ふーん。わたしは使い魔なのに?」

 使い魔に見つめられて、照れた魔術師は右上に顔を向けた。

「命令はあまり好きじゃないだけだよ。それに、君は命令しなくても、こうして色々してくれる」

「それはだた、わたしがそうしたいだけで……」

「そうか。……私は命令より、お願いの方が好みだ。お願いの方がなんとなく自由が感じられる」

「ねぇ……それじゃあ、わたしに何かお願いしてみて」

 右上に向けていた顔を使い魔の方へ向けると、魔術師はお願いした。

「こっちを向いて目を閉じてくれるかな?」

 魔術師の視線は使い魔の口に向けられている。 

「……はい」

 使い魔は素直にお願いを聞く。目を閉じた使い魔は少しだけあごを上げる。あごを少し上げるその仕草は使い魔の予想によるもの。

「口を開けてくれるかな?」

「……」

 ひかえめに少し口を開ける。

「もうちょっと大きく開けれるかな?」

「?」

 使い魔は自分の予想となんとなくイメージが違うと感じながらも、口をもう少し大きく開けた。

 魔術師は右手を使い魔の手に伸ばす。そして、使い魔の手にあるもう一枚のクッキーを取ると使い魔の口に優しく入れる。その拍子ひょうしに指先が軽く唇に触れた。

「さぁ、目を開けてもいいよ」

「……」

 目を開けた使い魔は静かにクッキーを食べた。

「さて、ではそろそろ。幽霊についての話を始めようか」

「……その前に、何か言って欲しいな」

 なぜか使い魔は少し怒っていた。

「怒らせてしまったか、すまない。……どうしても君の唇に触ってみたくて、回りくどいことをしてしまった。ごめん」

「そ、そんなに怒ってないよ」

 魔術師の台詞に思っても見なかった一文があり、使い魔は動揺どうようと共に少し照れてしまった。

「そうか、では、盗ませてもらった君の唇の感触はいただいておこう」

 そういって、使い魔の唇に触れた指先を自分の唇に当てた。それを地の文を読みつつ見ていた使い魔は少し赤くなって言う。

「今のあなた、すごく痛い人だよ。なんだか、わたしの方が恥ずかしい」

「台詞を並べてから自分でも痛いなぁと思っている……。さて、幽霊の話に流れを変えよう!」

「うん! 幽霊!!」

 なんとなく幽霊についての話をする雰囲気ではないと、お互い感じてはいるけれど。その方向へ向かい出した。

「さて、幽霊はなんだと思う?」

「えっと、なんだろう」

「では、幽霊に心はあると思う?」

「ある……と思う」

「最近のこのお話で、心に必要なのはなんだったっけ?」

「えっと、魂と記憶……体だったよね」

「そう。でも、幽霊を亡くなった存在のその後と考えると。体は無い」

「……それじゃあ、幽霊に心は無いということになるね」

 使い魔は自分の台詞を読み直して、かなしくなった。

「大抵、死んでしまうと魂は砕けてしまう。体を失くして残ったモノ、それは魂。亡くなった存在のその後を幽霊とするなら、幽霊は魂」

「幽霊って魂なんだ……」

 なんとなく理論的っぽい言い回しのおかげか、使い魔はなんとなく納得した。

「と、言いたいところだけど意外と複雑だ」

「え? 違うの?」

「幽霊……魂のカケラを知ると、心にその設計図がイメージされて沈む。心は生きているものにあるモノ。沈んだその設計は、心をカタチ創るのに必要な材料を得ている。つまり、死んで自分の体が無いのにに心がある魂……ソレが幽霊」

「なんだ! やっぱり幽霊にも心があるんだ!!」

 使い魔は少し嬉しそうな声を出した。

「そうだね。でも、その心は材料が違うから別のモノだけど……」

「別のモノ……。亡くなったものの記憶じゃないから……だね」

「そういうことだよ。それに、魂のカケラだから設計図として不十分すぎて、カタチ創られる心がいびつで不気味なモノになってしまうことが多い」

「歪で不気味なモノ……」

「例えば、恨みを持って亡くなった……というカケラから創られた心はどんな感じだろうね」

「恨めしそうな顔をしてそう……」

「そんな感じがするね。……そういう設計しか残っていなかったら、きっとそんな顔しか出来ない」

「……なんだか、かわいそう」

「そうだね、私もそう思う。救われない……」

「救うことは出来ないの?」

「よくは知らないけれど、お経などを唱えるといいのかもね」

「お経……。あなたは……お経……知らないんだね」

「残念ながら……」

「そう」

 使い魔は顔を伏せてしまった。

「でも、私は魔術師。お経は使えないけれど、魔術は使える」

「救えるの?」

 使い魔は期待を込めて台詞を並べた。

「私は魂を模写する。……模写してつちかわれた経験から、足りない部分を書き足す……ある意味では救うことが出来る……と思っている。その方法で救うことを私は”成仏させる”ではなく”眠らせる”という」

「眠らせる……夢は見てるのかな」

「願わくば、良い夢を……と、眠らせたいね。まぁ、上手く書き足すのは意外と難しいし、それを現実の世界まで影響させるには力が足りない……」

「力……」

「コトバを並べる能力も、まだまだ足りない力。魔力も足りない……」

「魔力……わたしがあなたともっと仲良くなったら魔力は増える?」

 使い魔は以前の魔術師の台詞を思い出してたずねた。

「それは望ましいけど、魔力の種類が違う。君と仲良くなって増える魔力は、私と君との間にあるモノなんだ。まぁ、それがあるから頑張れたりもする……だから、無意味ではないけどね」

「なんだか難しい」

「そうか……。えっと、君が仲良くしてくれると心強い。という感じかな」

「ふ~ん」

 使い魔は嬉しそうな顔をして『ふ~ん』と台詞を並べた。

「私としては魂のカケラに書き足すより、生きているものの魂を模写する方が好きだけどね」

 そう台詞を並べて魔術師はテーブルに置かれている本の一冊に手を伸ばした。

「魂の模写ってどうやってやるの?」

「心を視たり、知ったりしてかな。表情や仕草、喋り方や声、並べた文字や文章、……その他にも色々……手がかりはあるよ」

「そうなんだ……」

「まぁ、普段から魂がどうとか意識しているわけじゃ無いけどね」

「? ああ、そういえば、魔導書の翻訳中だったね」

「そういうことさ! 考え方の一つ。普段も難しいことばかり考えていたら、私は楽しくない。好きなことをなんとなく考えている方が楽しい」

「好きなことって?」

「まぁ、色々さ! ……それにしてもグダグダした感じになっている」

「わたしはグダグダしてるのも好きだけど」

「そうか。でも、とりあえずこの辺で今回を終わりにしよう」

「……紅茶まだ残ってるよ?」

 使い魔はグダグダしていても、もう少し続けたいと思っている。

「どれくらい残ってる?」

「水筒には……あと一杯分くらいかな」

 水筒を軽く振って中の紅茶の量を推測すいそくする。

「ふむ、そうか。クッキーもまだ残っている」

「いくつか持って来たクッキーは、まだ一袋しか開けてないよ」

「……でも、すまないが、今回はこの辺で終わりにしよう」

「うん……。……疲れちゃった?」

「少しね。そこのソファーで休ませて貰うよ」

「じゃあ、わたしは一旦帰って、水筒に紅茶を新しく入れて、お菓子を持ってくるね!」

「それはまた、楽しみだ!」

「それじゃあ、またね」

「あぁ。今回も文章並べを手伝ってくれてありがとうね!」

「うん!」

 使い魔は魔術師に明るい笑顔を見せて帰って行った。残された魔術師はテーブルに置かれている大き目のコップに入った蝋燭二本の火を消してソファーへ向かって歩いた。

「もっと解りやすく文章を並べられると思っていたのに……難しい。さて、少し眠ろう」

 魔術師はソファーに横になり目を閉じた。

 と、いう感じに今回を終わりにしよう。

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