魔導書の翻訳・材料のありか
空にある月は半円の形をしている。現実の月よりも強い月の光が屋敷の窓から入り込み、室内を照らしていた。
窓辺のテーブルには本が数冊置かれていて、椅子に座っている魔術師がその内の一冊を視ていた。
「そうか……月の形。前回の時の夜に見た月は細かったから、もうすぐ新月だと思ったけど……既に新月は過ぎていたのか」
本から視線を窓の外、月に向けて台詞を並べる。
「最近、現実の私は月を見失っていたようだ」
手にしていた本をテーブルに置き、別の本を手に取る。そしてページをめくる……。と、思いきや、右手に持った本を大事そうに胸に抱きながら再び空の月を眺めた。
月の光に照らされている雲が流れていく……。
「なかなか綺麗なものだな。遠い昔、この世界では月を見ることが出来ない時期が続いていたっけな……。まぁ、それはそれでステキな地獄で、自分の欲によって責め苦を受けた」
台詞の言い終わりに向かうにつれて魔術師は目を伏せていく。そして「あ、はは……」と自嘲気味に短く笑った。そして、ふと、自分が大事そうに右手で抱きしめている本に意識が向いた。
魔術師は自嘲気味な笑みを止め、一度だけ唇をきつく締めてから、両方の口角を上げて笑みを作った。
「生きているというのは不思議なものだ」
少し名残惜しそうに、右手に持っている本をテーブルに戻した。そしてテーブルの上の数冊の本を眺めた。数冊の本の内の一冊は前回も出てきた魔導書。
魔術師が魔導書に手を伸ばしかけた時、使い魔の気配が現れた。
「…………夜の静寂 足元に影は無く 空を見上げれば月は雲の向こう 空に手を伸ばすと雲は流れ月が出る 月の光で影を見つけ振り向くと君はいた……」
呪文を唱える魔術師の背後に使い魔は急いで回り込んだ。そして、姿を現した。呪文の通り振り向いた魔術師の目には使い魔が映った。
「こんばんは」
「こんばんは。……なんだか良い匂いがするね」
「お風呂に入って来たから!」
よく見ると使い魔の肌は薄く赤みを帯びている。少し熱いお湯に浸かっていたらしい。
「そうか、湯冷めして風邪を引かないようにね」
「大丈夫! あなたに貰ったカーディガンも着てるし! それにソファーに置いてある毛布を並んで座って掛ければ暖まるから」
使い魔は着ているカーディガンを見せ付けてから、ソファーの毛布を指差して笑顔を見せる。
「そうか」
「うん! …………自分の欲によって責め苦を受けたって、どういうこと?」
使い魔は自分が来る前の文章を読んで気になった所を聞く。
「う~ん。……おお、そうだ……お嬢様どうぞ椅子にお座りください」
魔術師は立ち上がって反対側の使い魔が座る予定の椅子を引きに向かう。すると、背後で椅子を動かす音がした。
「えっと、お坊ちゃま? 違うな……ん~、えっと……え~と……ま、マスターはこちらにお座りください」
自分がお嬢様と呼ばれたので、同じように返そうとしたけれど、上手い言い方が思い浮かばなかった使い魔は”マスター”と魔術師を呼んだ。
使い魔は椅子を窓が正面に見える位置に動かした。それに習い、魔術師も椅子をその隣に動かした。
「では、お嬢様。こちらにお座りください」
「お嬢様じゃないけどね!」
座るように促された使い魔は素直に椅子に座った。魔術師は座っている使い魔の後ろを歩き、自分も隣の椅子に座った。
「さて、なんだったけ?」
「責め苦?」
「ああ、それか。私はこう見えて結構、寂しがり屋でね。寂しさを何とかしたいという欲があった。それを理由に……それを使って責め苦を受けていたというだけさ」
「寂しさを感じることは悪いことなの? 地獄って悪いことをしたら落ちるところでしょ?」
「案外、そうでもないのかもしれないよ地獄は。……寂しいと思えば思うほどに苦痛は増していく。そんな地獄もある」
「なんだか、かなしい地獄だね」
「……寂しがり屋だけど、一人でいることの方が当たり前……と思ってしまう所もある」
「それでいいの?」
「さぁ、どうだろう。でも、だからこそ視えるコトもあるさ」
「……わたしはここにいるよ?」
「うん。そうだね」
魔術師は使い魔に優しく微笑んでそう答えた。そして、テーブルの上にある数冊の本に視線を向けた。
「そういえば、この本はなぁに? ……確かこれは魔導書だよね」
使い魔は魔導書を指差して聞く。
「そうだよ。……これらには私が人を見たり、人の心を知ったり視たりして魂を模写してある」
「どうしてそんなことを?」
「寂しいからかもしれないし、もっとよく理解したいからかもしれない」
「……この本一冊ずつが一人の魂?」
「いや、そうでもない。絵を描く感じで例えると、一人の肖像画を描いているのか、風景画を描いているのかの違いかな。関わりがあって知る必要があったり、もっと知りたい理解したいと思う人の場合は肖像画タイプになる」
魔術師は両手の親指と人差し指を組み合わせて四角を作り、その四角越しに使い魔を見る。それに対して少し恥ずかしくなった使い魔は、問いかけることでその気持ちを隠した。
「風景画タイプは?」
「風景画タイプは……特に誰と意識せずに見たまま映ったままを描く感じかな。風景画もよく描き込んでいたりもするし、肖像画の参考にしたりもする感じかな」
「そうなんだ」
「まぁ、どんなに頑張っても本物の魂には至らないけどね」
「本物の魂が欲しいと思ったりする?」
「私が人の魂を手に入れても、元の持ち主の心は創れない。どちらかといえば魂より本物の心が欲しい……と思ったりはする」
「心……魂は心の設計図だったよね。材料は……えっと、記憶」
「そう、材料は記憶なんだよ。もっといえば思い出もね」
「…………なんとなくイメージ出来たような気がする」
「さて、ここで重要なのは記憶や思い出がどこにあるかということだ」
「えっと、体……脳?」
使い魔は少しだけ考えて言った。
「とりあえず体ということで話を進めよう」
「うん」
「この考え方で行くと……体が完全に機能を停止して……。ややこしいか。……死んでしまったら、その心は失われてしまう。材料が無くなってしまうからね」
「魂はどうなるの?」
「いろいろな考え方があるけれど……。そうだね……砕けてしまうことの方が多いよ」
「砕ける……」
「死ぬと心は維持出来ない。でも、魂は残る……砕けていてもね」
「魂は残るんだね!」
使い魔は少し嬉しそうな声を出した。それに対して魔術師は少し暗い感じに言う。
「死者の砕けた魂……。大きめに残るカケラは生前、強く意識していた設計部分であることが多い」
「どうして暗い感じでそんなことを言うの?」
使い魔の問いに目を伏せて答える。
「……自ら死を選ぶ人間がいるけれど、その理由……強く意識していた設計部分が大きめに残る。心は無くなっても、魂はその理由の部分が大きめに残る」
「……どうなるの?」
「魂は救われないんじゃないかな。砕けて残った魂はソコだけで、それしかないから。えっと、成仏できないというやつかな……。その魂にはどうすることも出来ない。その理由……苦しみや辛さに囚われたまま永遠に……」
「…………」
使い魔も目を伏せてしまい、なんとなく暗い雰囲気が辺りを包んだ。
「まぁ、これは一つの考え方に過ぎないさ! 生きていればいつかは死ぬ時が来る。残る魂が幸せな部分であるように生きればいいんだ。例えそれが難しかったとしても、そう心掛ければいい……。生きていれば心はあるのだから!」
「……うん」
暗い雰囲気を取り払おうと明るく台詞を並べた魔術師に、使い魔は静かに答えた。
「本当はここから幽霊についての展開にしようと思ってたけど、また今度だね!」
「わたしなら別に大丈夫だよ?」
「そうか。……でも、今回はこの辺で終わりにしよう。今回の文章並べを始めてから数日たっているし、現実の今は、外が明るくなり始めている」
「そうなんだ。……月の形が変わってる!」
「あの月は満ちていく月だよ。欠け始める前には次回を並べたいな!」
「頑張って!!」
「……ああ」
魔術師は目を閉じてから下を向いた。
「? どうしたの?」
「さぁ? なんだろうね」
顔を上げた魔術師はテーブルの上の本の一冊を、魔導所の上に重ねた。
「それには何か意味があるの?」
「なんとなくだよ。さて、今回を終わりにしよう。文章並べを手伝ってくれてありがとう!」
「どういたしまして! 次は幽霊についてなんだね……怖い話になりそう?」
「どうだろう? やってみないとわからないかな! 次回は今回の続きという感じで始めるつもりだけど、一旦帰ろう」
「うん。次の時は何か飲み物を持ってくるね!」
「それは楽しみだ!」
という感じに今回は終わり、二人はそれぞれ帰って行った。




