魔導書の翻訳・魂
月は細い。しかしこの世界の月は現実の月よりも明るいので細くても、現実の満月の夜のような明るさがある。
前回から、そのままの続きで始まる今回ではあるけれど、それは彼らがいるこの屋敷の中だけのこと。屋敷の外は現実のように時間が過ぎていた。
窓辺に置かれている蝋燭の明かりを通り越して入る月の光は部屋全体を照らしている。
「月の光の色も描写したらよりイメージが湧きそうだ」
「何色?」
「青味を帯びた色……なんかだと良い感じの雰囲気が出そうだけど、残念なことにその辺の知識を持っていないので、普通の色で!」
「そういうのは説明は不要でいいんじゃない?」
「そうだけど……。この夜は満月じゃないからね。ちょっと遠慮した感じということで!」
「そうなんだ」
ソファーに並んで座っているのは、魔術師と使い魔。一枚の薄手の毛布を二人で掛けて、窓から入って来る月の光について話している。
「――――という始まり方で前回の続きを始めようか」
「あ! ―(ダッシュ)を使ったね!!」
「うん。まぁね! 正直、これを使うの結構苦手で……。…(三点リーダー)は逆に使いすぎてしまうけど……」
「苦手だったんだ」
「…(三点リーダー)の方がなんとなく自分の感覚的に間が取りやすくてね」
「それはなんとなくわかるかも! テンテンテンの方がそんな感じだよね!!」
「おぅ……そうか。ありがとう! まぁ、―(ダッシュ)も思うように使えるようにタイミングを見つけたら使ってみよう!」
「日々、精進だね!」
「うむ! ――――では、前回の続きの魔導書にかかれている魂についてを翻訳して文章にしてみよう」
「ふふっ!」
さっそく、-(ダッシュ)を使った魔術師に使い魔は嬉しそうに笑いかけた。
「さて、では……どう文章に並べよう」
魔術師は右手に持った魔導書を開いた。そして難しそうな顔をする。そして、左隣に座っている使い魔にも見えるように魔導書を差し出す。
「何語で書かれているんだろうね」
「まぁ、たまに現実でも自分が書いた字が読めないこともあるけどね」
「字がへ……」
使い魔は『字が下手なんだね』という台詞を途中で飲み込んだ。
「まぁ、字は上手じゃないよ。でも、ちゃんと書けば読めるから大丈夫!!」
「わたしも字は上手じゃないから大丈夫だよ!」
「そうか、どこかで聞いたところによると上手く書くコツとやらがあるらしいけど……まぁ、それはその内に!」
「コツがあるんだ……」
「らしいよ。――――とりあえず、魂について……難しく考えてもしょうがないから要点をまず二つ並べよう」
「要点を二つ……」
使い魔は握った右手を自分の右足の膝に置いた。
「まず一つは、魂は心の設計図」
「魂は心の設計図……設計図?」
使い魔は握っている右手の人差し指を伸ばした。
「もう一つは、記憶は心の材料」
「記憶は心の材料……」
使い魔は右手の中指を伸ばした。
「とりあえずこの二つを軸に文章を並べていこう」
「……ピース!」
窓に向かって右手を伸ばした使い魔は、伸ばしている人差し指と中指の二本を見てなんとなく、並んで座る魔術師と自分を意識した。そして伸ばした指をハサミの様に動かしてから再び自分の右膝に右手を戻した。
「独学なので詳しくは無いけれど、生物を勉強したことがあってね……DNA(デオキシリボ核酸)というのが体の設計図のようなものだと認識している」
「でおきしりぼかくさん……。なんだか呪文みたいだね」
「全くだ! そうか!! 難しい名前は呪文だと思えば憶えるのも楽しそう……でも、私は頭が悪いから無理か……」
「……えっと、先を聞かせて!」
使い魔は脇道にそれて草むらに飛び込みそうになった魔術師を引き戻した。
「うむ、体はひどい怪我でなければ傷付いても治る。それは設計図に従って修復されるからだと認識している」
「傷が治るのはそういう仕組みなんだね」
「たぶん! ……それから、傷を治すには栄養が必要。体に蓄積されているものでも足りるかもしれないけれど、やっぱり食べることは必要だよね!」
「うん。食べないとお腹が空くし……食べた方が傷が治りが早い気もする!」
使い魔は頷きながら聞いている。そのおかげで魔術師は台詞を並べやすいと感じている。
「――――という感じのことを心に置き換えて考えてみる」
「ふむふむ」
「体の設計図はDNA。心の設計図は魂」
「えっと、魂が心の設計図って……どういう感じなの?」
「う~ん、そこが難しいところだ……。そうだな……同じ体験をしても誰もが全く同じ様に感じるとは限らないよね?」
「人それぞれ考え方が違うものね……」
「おお! そうそう、それだ!! 考え方が違う。そうだ考え方だよ!!」
「わたし役に立った?」
「良いタイミングで、その台詞を言ってくれた!」
「えっと、考え方?」
「そう、考え方だよ。例えば……何々(なになに)魂とか、魂を受け継いでとか……それは考え方にも視える」
「……なんとなく、わかるような気もするけど」
「……とりあえず、私は日本人で日本人の魂を持っている」
「つまり、日本人的な考え方を持っているってこと?」
「そんな感じかな……」
「そうなんだ」
「……えぇと」
魔術師はおもむろに天井を左手の人差し指で指しながら上下させた。その動作を見て使い魔は上を向く。そこには特に何も無くただの天井がある。
「……?」
「どうして上を向いたの?」
「だって、あなたが上を指差すから……」
「そうだね。君なら見てくれると思っていたよ!」
よく解らないけれど、嬉しそうにそう言う魔術師を見て使い魔はなんとなく満足した。
「どういう意味があるの?」
「上を見てごらん……って意味かな。これは心の設計を利用した術とも言える。ある意味、これは私が扱う魔術の奥義だったりもする」
「奥義?」
「私は人間で、人間の魂を持っている。一時期失くしてしまって、自分で創る必要があったことで人より少しだけ人間の魂の基礎的な所を理解している」
「魂って創れるの?」
「自分の魂を失くしてしまったけれど、心は残ってたからね。心のカタチから自分の魂の設計を読み取って模写したよ加筆もしてね。すごい時間が掛かった……千年以上ね」
「すごい時間をかければ創れるんだ!」
「どうなのかな……創れても上手く機能しないかもしれない」
「でも、あなたは機能したんだよね?」
「結果を見ればそうだね。まぁ、今は失くした魂も取り戻しているし、模写して加筆もした魂はこうして魔導書になっているし。まぁ、悪くもない」
「その魔導書……そうなんだ」
「まぁ、私は基本的に後悔はあまりしない。自分が望んでしたコトなら尚更に」
「魂を失くしたのは自分が望んだこと?」
「たぶん望んではいなかったよ。でも、後悔してもそれを糧に出来ることは学べたから……いいんだ。と、いう考えを持ってる」
「それも魂?」
「自分の魂に組み込まれている一部分かな」
「ふーん」
「私の人間としての基礎的な部分の魂は恐らく平均的で普通のモノだと思う。だからこそ、応用範囲も意外と広い」
「……じゃあ、人を魔術にかけるのは簡単?」
「いや、そうでもない。人の魂は結構、個体差がある。基礎的な部分が似通っていても、人それぞれ考え方……魂の構造が複雑だから」
「……わたしにかけるのは簡単?」
「知らない人にかけるよりは簡単かもね。君の魂がどんな感じかそれなりに知っているし……それに、なんていうか……その……信用や信頼という魔力も成立しているし」
「わたしはあなたに騙されちゃう?」
「騙すか……あまり好みじゃないな。さて、地の文も大人しいし、そろそろ終わりにしようか。今回も手伝ってくれてありがとう!」
「どうしたしまして! わたしもあなたのことを知ることが出来て楽しかったよ!」
「今、どんな気持ち?」
「え? えぇと、なんだか嬉しい……かな!! ありがとうって言われたし!」
使い魔は一瞬だけ戸惑ったけれど正直な気持ちを言葉にした。
「”ありがとう”という言葉を呪文と捉えれば魔術。今の君の心境はある意味魔術にかかっている。君は騙されているのかな?」
「騙してるの?」
「私に騙しているという気持ちはないよ。それに、私の魔術は嘘では上手く発動しないし上手く扱えない」
「つまり……あなたの”ありがとう”は素直に受け取って良いんだよね?」
「どうぞ受け取ってください!」
「うん、ありあとう!」
「私も君のありがとうを受け取らせてもらうよ」
「どうぞ!」
「はっはっは! なんだか魔力が更に増大した! という感じの魔術が私は好みだ」
「魔術ってもっと怖いイメージがあったけど違うんだね! 今更だけど」
「使い方次第さ! では、この辺で終わりにしよう。次も今回の続きの感じで始めようかな! 記憶についての方はまだ文章が並べられてない感じだし」
「あの……わたしは一回帰っても良いかな? お風呂入りたいし」
「おお、そうか。なら、私も一回帰るか。次回が今回の続きという設定はそのままで」
次回が今回の続きの設定で行くことを宣言して窓辺の蝋燭の火を消しに行く。
「そういえば今回。最初のところの文章が無いね」
「まぁ、私たちの会話がその代わりみたいになってるからね」
「そうなんだ」
「そうなんだよ」
魔術師が蝋燭の火を消すと、部屋の中は月の光だけになった。
「では、また次回に」
「うん」
そして二人は一旦それぞれ帰って行った。
という感じに今回を終わりにしよう。




