蝋燭の火の消し方
最近必要があってというかなんというか、短くない時間の間、視覚……目に対する集中力を意識的に高めた。そして気付いた。平常時との集中力の差が更に大きくなったと。
今も足りない方だけれど、あの頃はとにかく経験地が足りなかった。自分の記憶も上手く扱えなかったこともあって……。
見えてはいるけれど、心に映る景色はぼやけていた。これもなかなか辛いモノだった……見えているのに視えていない。
みる力が欲しかった。周辺視野を広げる方法とか、そういう感じのことも色々と試した。効果があったかどうかは微妙によく解らないけれど。
ある程度以上の運動を続ければ、かなり遠い所にあるとはいえ死に辿り着ける。そこを目指したこともあった。
運動による体の痛みと心の苦しみ……天秤にかけてもいつも同じ。心の方が重い……。だから”もっと……”と、続けているうちに、その”もっと……”は集中力を上げる引き金になっていた。体が疲れてくると続ける為の集中力が更に必要になるから。
天秤を釣り合わせることが出来れば、楽になれると考えたりもしたけれど、弱い心の自分にそこまでする力は無かった。
人間の体は意外としぶといことを知った。まぁ、過酷な環境下でやれば別だろうけど。
そういえばあの頃、自分を殺すつもりで頑張ったりもしたけれど、誰にも”頑張って”という言葉を言われた記憶が無い。まぁ、言ってもらっても心に届かないから記憶に残らなかっただけかもしれないけれど。
人によっては”頑張って”と言われると辛い場合もあるそうだけれど、あの頃の自分はその言葉……欲しかったように思う。想像すると涙が出た…………。
おっと、文章がそれている感じだ!
平常時でも高い集中力を維持した状態でいることで経験値を効率よく得て、観察力と洞察力を駆使して経験地不足を補い、人並みに見えるように振舞う。
色々な経験地の足りないのに、平常時の集中力が低下してしまって大丈夫なのか? と、ちょっと不安になってみたり……。
まぁ、今はあの頃と違って、人の声も言葉も届く! でも欲深な”私”は……もっとよく視たいと思ってしまう!! だから平常時の集中力も高くしたい!!
空には欠けていく月が見える。
涼しい空気が風に運ばれ、肌に触れるとほんのり寒さを感じる。その風には秋が潜んでいて、さり気なくその存在をアピールする。
空の月の光の他に明かりが見える。それは屋敷の窓辺に置かれた蝋燭の明かり。
窓辺に置かれたテーブルと椅子二つ。椅子に座って開けられた窓の外の月を魔術師は一人で見ていた。
「風の強さは微風で、大き目のコップに入っている蝋燭の火がそれに合わせて揺れている」
地の文の様な感じに台詞を言う。
「特に意味はないけどね。そういえば、この間の満月はチラリとしか見なかった。残念だ」
この世界の欠けた月を見ながらため息をつく。しかし、そのため息は蝋燭の火を密かに消してみようという意図があった。
「月の光があるし、蝋燭は今回必要なさそうだからね」
しかし、魔術師のため息で蝋燭の火は消えなかった。……このお話は登場人物も地の文が読める。魔術師は地の文を読んで、今度はため息ではなく真面目に吹き消そうと”息を吸い込んだ”。けれど、息を吹く前に使い魔の気配が現れた。
姿を見せないまま、大きめのコップに入った蝋燭の火を見ている視線を感じる。
「ふぃ~」
蝋燭の火を吹き消さずに吸い込んだ息を吐いた。
ん、んん? ”息を吸い込んだ”? それとも”空気を吸い込んだ”? まぁ、いいか。確か前にも違う言葉だけどこんな感じで疑問に思ったことが……。
「…………夜の静寂 足元に影は無く 空を見上げれば月は雲の向こう 空に手を伸ばすと雲は流れ月が出る 月の光で影を見つけ振り向くと君はいた……」
魔術師が使い魔を呼び出す呪文を唱えると、椅子に座る魔術師の後ろに立った使い魔が蝋燭の火を見ていた。
「蝋燭の火は消しちゃうの?」
「どうする?」
「月の光だけもいいけど、この光も綺麗だよ?」
「それもそうだね。では、このままで」
蝋燭の火を消すのをやめて、テーブルを挟んで向こう側の席に座るように促す。けれど、使い魔は動こうとしない。
「……」
「おおっと、私としたことが気が利きませんで、すまんね。椅子を引いて差し上げなくては!!」
そう言って立ち上がろうとする魔術師の両肩に両手を置いて立ち上がるのを阻止する使い魔。
「そこまでしなくてもいいよ。そうじゃなくて、窓辺は寒くない?」
「まぁ、そうだね」
魔術師は開いた窓を閉めた。
「窓は開いてても……じゃなくて、今回はソファーの方に座らない?」
「……そうしますか!」
「うん」
使い魔が両肩に置いた手をどけたので、魔術師は立ち上がり、二人はソファーまでの数歩を歩く。
ソファーにはロープが置いてある。
「このロープには特に意味は無いけれどあえて意味を持たせるのも面白いかな?」
「わたしを縛ってみる?」
「……前から思ってたけど、縛られたい感じなのかな?」
「…………ちょっとだけ。別に変な意味はないよ! 文章的にどうなるかなって思っただけだからね!!」
「そうか。まぁ、また今度ということで。マニアックな縛り方を考えてみるかな!」
「普通のでお願いします……」
やる気を出した魔術師に釘を刺した。
「まぁ、冗談だよ。最終的には蝶々結びしか出来ないし……」
ロープをしばらく眺めてからソファーの隅に置いて、使い魔に座るように促した。
「このソファーに座るの久しぶりだね」
「そうだね。えっと、隣に座ってもいいかな?」
「どうぞ!」
魔術師は一応許可を得てから使い魔の隣に座った。
「別にわたしの許可は必要ないんじゃない?」
「なんとなくだよ」
「ふーん、変なの」
興味の無さそうな抑揚のない声色で言うが、使い魔は内心、機嫌が良くなっている。
「そうなのか!」
「……地の文さん……それは役割なんだよね?」
地の文に対する口調に少しトゲがある。しかし、使い魔自身が言う通りこれは地の文の役割だ心理描写もしないと状況が分かり難くかったりする。
「と、いうことらしいよ」
「……わかった」
しぶしぶ納得した感じだけれど、これはいつものこと。地の文は仕事熱心なんだ!
「さて、なかなかのグダグダ具合になってきたね」
「わたしのせい?」
「いや、現実の私のせいだろう!」
「えっと、えーと、いつもと同じ感じなんだね!」
使い魔は”現実の私”をフォローした。フォローになっているかは微妙だけれど。
「そういえば、少し……結構前? に立てていたプロットのお話……」
「進んでる?」
「いや、その……まだ一文字も並べてないです」
「そう……。違う世界に行くの楽しみにしてるよ? あ、でも、急がなくてもいいんじゃないかな!」
「……とりあえずオカルト部の副部長について考えたところで止まってるんだ」
魔術師はそう言うと、両手を前に伸ばして指を動かす。
「ブラインドタッチ?」
「まぁ、似たような感じのことかな」
「じゃあ、ピアノだね!」
「……ピアノかぁ~! いいね。副部長には音楽室のホラー的なお話にも活躍してもらおうかな!」
「音楽室のホラー……。わたしをそこに一人にするシチュエーションは無しにしてね!」
「まぁ、今の時代。誰もいない音楽室からピアノの音がしても、何らかの機械から出ている音と思うほうが普通なのかな」
「大きな音がして、あれはテープに録音した音じゃない! 的なのも、今なら、高音質のスピーカーです! で解決しそう」
「それは探偵物のお話かもね!」
「ハイテク探偵だね!」
「まぁ、録音した音を使うのはミスリードか、あえてチープなお話にしてる感じなんだろうね」
「チープって?」
「ああ、ヨシジさんによると”安っぽい”という感じの意味らしいよ」
「ふーん。このお話はチープ?」
「少し頭が痛い気がする」
「頭痛?」
「地の文が大人しいから君の心理描写がない、それはあえてボケてるのかな?」
「……わたしは楽しんでるよ?」
使い魔はこのお話がチープでもそうでなくても構わないと思っている。
「やっぱり地の文も必要だ」
「そうみたいだね!」
今回初めて使い魔は地の文に微笑を向けてくれた。
「さて、地の文も喜んだところで今回を終わりにしよう」
「うん! 蝋燭の火も消さなくて雰囲気も良い感じだったね!」
最初の方の描写を使い魔は取り出した。
「うむ、そうだね。でも、帰る前には消さないと」
そう言って立ち上がってテーブルの上の蝋燭を消しに行こうとする魔術師の左袖を使い魔は右手で軽くつまむ。
「一緒に消そう!」
「……ああ」
二人は窓辺のテーブルの前に並んで立って、蝋燭の火を見つめた。
「じゃあ、いち、にの、さん……で消そう!」
使い魔は前かがみになって蝋燭に顔を近づける、蝋燭の火に照らされた使い魔の横顔を見て魔術師は少し照れる。
「……いち、にの、さん」
魔術師は早口で数を数えて、一瞬、使い魔の顔のすぐ側に自分の顔を並べて蝋燭の火に息を吹きかけた。使い魔の上手にタイミングを合わせたので火は上手く消えた。
「わたしが数える予定だったのに」
「そうか、それはすまなかった!」
「ふふ! 照れ隠しなんだね」
「さて、今回も文章並べを手伝ってくれてありがとう!」
魔術師は少し強引に話しを進めた。
「どういたしまして!」
「では、また次回に!!」
という感じに今回を終わりにしよう。




