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ほんの出来心

 雨……。そういえば、持って来た傘が帰りに無くなってしまったことがあった。その傘は中学三年の頃から使っていたもので、大事にしていた……とはいえないかもしれないけれど、大切だった。

 帰りは雨になるかもしれないと思って持って来た傘……その日の帰りは小雨だった。帰る少し前はそれなりに雨が降っていた、だから傘を持って来ていなかった人が……傘立てから……。

 見た目に少し年季が入っていたのが良くなかったのかもしれない。でも、それなりに使っていれば仕方の無いこと。状況的に諦めるしかなかった……。

 今、思い出してもその時と同じように、かなしくなる。怒りを覚えるより、かなしくなる。人間が嫌いだと思う自分の気持ちが少し見える。

 ものにどんな思いが込められていたか……知らないから解らない。知る機会がないから知らない……仕方のないこと……。……なんだか”すっぱいブドウ”という例えが思い浮かんだ。合理化という感じか……。

 自分も知らないところや、気付かないところで、似たように? 誰かにかなしい思いをさせてしまうことがあるはず。それを知ったり解ったりした時は心が強く痛むこともある。やっぱり自分も人間なんだ……と思える。

 あの傘を持っていってしまった人間はどんなことを思っていたのだろう。傘立てには似た傘は残っていなかったので、間違えて持っていったわけではないはず。まぁ、その人間が何を思っていたのかを知る機会は恐らく永遠にないし、あの傘も永遠に戻らない。かなしいものだ……。

 人間を嫌いだと思う気持ちもあるけれど、好きだと思う気持ちもある! 人間……人は人それぞれだ!!


 雨雲が空を覆い、月を隠してしまっているから屋敷の中は暗い。外は雨が降っている。先ほどよりその降り方は激しくなり、雨音が大きい。

 ソファーで眠っていた使い魔の意識はゆっくりとこの世界に戻ってきた。そして、静かに両目を開けて暗い天井をぼんやりと眺めたけれど再び目を閉じてしまう。雨音を聞きながらもう一眠りしようとするが、胸の辺りが重いことに気付き、もう一度目を開けて今度は天井ではなく自分の胸元に視線を向ける。

「……?」

 眠そうな目で自分の胸に乗っているモノを見る。暗くてよく見えないけれど、ソレが何なのかはすぐにわかった。自分の呼吸で起きる上下の動きに合わせて動くソレに触れようと左手を動かすと、手帳を持っていることに気が付いた。

「手帳か……」

 手に持っている手帳を顔のすぐ近くまで持ってきて、開いていたページの文章を見る。しかし、暗いので良く見えない。それでもかすかに見える文章を読む。

「”わざとじゃない”……」

 横になったまま首を少し傾げてから、手帳を頭の横に置く。そして、左手でゆっくりと胸の上にあるモノに触れる。特に不思議なこともなく普通にソレに触れることが出来た。

 ソレを優しく撫でながら手帳のことを思い出す。

「……胸が重いのは、このせいだったんだ。なるほどね! ……わざとじゃないって……どういうことだろう?」

 手帳にあったキーワードの何かから解答を探す。

「寝心地を悪くさせてることが、わざとじゃないってことかな。それくらい気にしないのに」

 再び目を閉じて雨音を聞きながら今の状況を楽しむ。暗いのが苦手な使い魔だけれど、この状況がもう少し長く続けばいいと思っている。

 しかし、地の文はあえてそれを終わりにする。

「いじわる!」

 地の文に対する使い魔のその声に反応して、胸に乗っているモノ……魔術師の頭が少し揺れる。

 魔術師は目を開けると、今の状況を確認するために少し警戒して身動きを取らずにいた。そして改めて右頬の下にある何かの感触を薄手の毛布と、いくつかの布越しに感じ取る。目に映っているのは暗闇の中にある使い魔の顔……思いの外、近い。

 顔を無駄に動かさないように慎重に上体を起こすと右頬に手を当てる。

「雨が……降ってるね」

「そうだね」

 このお話では登場人物が地の文を読むことが出来る。使い魔は地の文を読み、キーワードの”わざとじゃない”の意味を理解した。

「……こういう状況って……平手打ちをされたりするパターンもあるような……ないような?」

 使い魔は上体を起こし、足をソファーから下ろすと、次に手帳をカーディガンのポケットにしまう。そして立ち膝の状態の魔術師と向かい合う。平手打ちの出来る間合い。

「……」

「……」

「……」

「……」

 お互いに何かを言おうとするが言わずに沈黙が続く。

「……えっと、じゃあ……」

 使い魔の右手が魔術師の左頬と接触する。

「……怒ってない?」

「どうして? それに、わたしは平手打ちなんてしないよ?」

 使い魔の右手は勢いもなく軽く触っただけだった。

「どうして? と、いえば……お約束的な感じで……」

「あ! ……わたし、怒った方が良かったの?」

 心配そうな顔をして聞いてくる。

「いや……そんなことはないよ。まぁ、こういうパターンもありだ」

 使い魔と魔術師はお互いホッとした表情になる。それぞれ意味は違うけれど。

「今回はちょっと肌寒いね。雨が降ってるからかな」

「とりあえず蝋燭ろうそくをつけよう。その火で暖かくはならないだろうけど」

 魔術師は立ち上がるとゆっくり慎重に大き目のダンボールのところへ向かう。今回の屋敷の中は暗いので、距離感が上手くつかめないのだろう。

 使い魔は足音が向かった先に顔を向けたけれど何も見えない。不安を感じて先ほどまで掛けられていた薄手の毛布を羽織る。

 改めて足音の位置を探すけれど、雨音のせいなのか見失っている。

「ねぇ、いるよね!!」

 暗闇に向かって声を掛ける。しかし、魔術師はなぜか答えない。聞こえるのは雨音だけ……雨音に意識を集中すると、色々な雨音があることに気付く。暗闇の中で聞いているとその中に何か得体の知れないものの足音も含まれているようにも思えてくる。

 地の文を読んだ使い魔は何故か少し鳥肌が立つ。それは寒いからなのか怖いからなのか、本人はわからない。

 大き目のダンボールまでの距離はそれほど遠くはない。慎重に歩いて行ったとはいえ、少し時間がかかりすぎている。

 自分の不安が魔術師への心配に変わり始めた。使い魔は立ち上がり、大き目のダンボールの方へゆっくりと歩き出す。三歩ほど歩くと、後ろから肩を叩かれた!

「ふぅや!!」

 びくりと肩を動かして勢いよく振り向く。それと同時に何歩か後ずさったため距離が出来て、肩を叩いた相手の顔が見えない。

「ちょっと驚かせすぎたかな?」

 魔術師の声が聞こえ、蝋燭に火が灯る。

「……ひどいよ」

「ごめん」

 魔術師が近づき右手を伸ばすと使い魔はその手を素直に取った。そして、ソファーに向かう。

「どうして今回はこんな意地悪するの?」

「……ほんの出来心で……つい」

「……」

「驚かせてみたくて……ごめん」

「……」

 ソファーにたどり着き、無言のまま使い魔は座る。けれど、握っている手は離さない。

「隣に座っても?」

「……」

 無言のまま小さくうなづく。

「今回は雨が上がりそうにないね」

 答えてくれそうな話題を振りつつ、使い魔と繋いでいない方の手に持った大き目のコップに入った蝋燭を見る。

「ちょっと寒いかも」

「……おお、これは!! 蝋燭の火でコップが暖かい」

 使い魔に蝋燭の入った大き目のコップを差し出す。けれど、受け取ろうとしない。

「もうちょっと近くで見たいな……」

 同じソファーに並んで座っていても、二人の間には隙間があった。大き目のコップに入った蝋燭の明かりを近くで見せるためにその隙間がかなり狭くなる。

「……どうですか?」

「よく見える……綺麗! それに暖かいよ。だから……許してあげる」

 使い魔の”暖かい”が指しているのは魔術師が手に持っているものに対してではなかった。

「お許しを頂いて安心しました」

「そんな丁寧な口調じゃなくていいよ?」

「……そうか」

「うん」

「……さて、手に持っているのも疲れてきた。下に置いてもいいかい?」

「どうぞ」

 蝋燭の入った大き目のコップを足元に置く。

「さて、ここからという感じだけれど、いつものように3000文字を越えてそろそろ眠い」

「そうみたいだね、そういえば手帳の世界からこの世界に帰ってくるの思ったより早かったね」

「まぁ、なんていうか……最近、文章並べの能力向上の伸びが悪い気がしてね……ペースを上げてみようと思って」

「……そうなの?」

「ひょっとしたら、今は考えるよりも文章をたくさん並べる時期なのかもしれない」

「そういう時期もあるんだ!」

「なんとなくそんな気がしているだけだけどね」

「ふーん、そっか!! 頑張ってね!!」

「うむ。まぁ、ダメ人間の私だから……微妙だけどね」

「……ふふ! 頑張って!!」

「や、やる時はやる!! こともあるかも?」

「応援してるよ!」

「ありがとよ!! ……今回も手伝ってくれてありがとう!」

「どういたしまして!!」

「ではまた近い内に」

「うん!」

 魔術師は足元の蝋燭の入った大き目のコップを拾い上げて火を消す。そして再び足元に置いた。

 魔術師と使い魔はお互い手を振りながら帰って行った。

 という感じに今回を終わりにしよう。

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