魔導書
夢と運命について考えてみる。
夢……眠っている時にみることもある。起きている時にみることもある。あるいは持っていることもある。と、なんとなく前置きを置いて……。
知っている知識でもあり、持っている考え方でもあるモノのひとつに、夢は潜在意識とか、無意識というトコロにあるモノをみている……というのがある。
自分だと認識している意識は海に浮かぶ氷山の一角のようなもので、無意識という見えていない部分はとても巨大だとか……。
あの頃を終わりにさせるのに役立った考え方……考え付いたのは”共通の知識”という考え方。……千年以上の時間をかけて手に入れた考え方だったのに、すでに同じような考えは人間の世界に存在していて…………やっぱり悔しい!! まぁ、だからこそ自分が人間なのだと思える気もする。
夢は無意識にあるモノをみている。氷山は海にある……集合的無意識をその海と考えることも出来る。その海は途方も無く広く、人間はほぼ例外なくその海に属している。
集合的無意識という海から自分以外の人間の無意識に触れることが出来るのかもしれない。
運命……コレについても色々な考え方がある。とりあえず運命という言葉から、なんとなく糸という言葉が連想された。運命の糸……なんだかロマンチックな響きを感じる。
出会いを運命とすると、人と人とを結ぶモノを運命の糸と言うのも良いかもしれない。出会いは糸を結ぶきっかけ……。糸が引っかかる様なもので、その糸をどうするかは本人達次第。結んだり、そのままにしたり、外したり……切ったり。
途方も無く広い集合的無意識の海の中で……夢で、知っている人に出会うのは奇跡に近い。しかし、運命の糸を辿れば出会う確立は上がる。よく会えるのなら、運がいいのか、すごく必死に探しているのか……なのかもしれない。
糸を辿っても、すんなり行けるわけではない。糸の長さは短い時もあり、長い時もある。途中でナニカに遭遇して時間切れもありうる。
運命……運命の糸を使えば夢で出会うことが出来るかもしれない!!
ああ、未だに上手く結べるのか解らない。糸の先が視えない。引っかかっているだけなら強く引けば外れてしまう。あの頃の記憶が大切なモノほど慎重にさせる。くっ……糸の先の意図が解れば!! なんてね!!
月は満月に近づいている。しかし、空には雲がありその光は弱い。梅雨の時期に入ったけれど、雨は降っていない。
閉じられた窓の向こうで蝋燭の火が微かに揺れている。その窓の向こうの屋敷の中では、魔術師がパイプ椅子に座って眠っている。お腹の辺りに置かれている右手は本を持っている。
ふわりという感じに空気が微かに動き、使い魔の気配が現れた。姿を現さないまま、窓辺に置かれた蝋燭を目指すように魔術師の側へ移動する。
姿を現さないまま、魔術師の様子を伺い、寝たふりをしている可能性を探っている。
しばらく気配だけの状態で周りをウロウロしていたけれど、本当に眠っている核心を持つと姿を現した。
「無防備に寝ちゃって、案外可愛いところあるんだね!」
魔術師の後ろに回り、いたずらっぽい笑顔をしながら両手をゆっくり魔術師の頭を抱くように伸ばし……ゆっくりと目隠しをする。
…………はずだったが、使い魔のつぶったままの目を隠そうとほんの少し触れた瞬間、魔術師が消えた。
消えたといっても、使い魔のように姿を消したわけではなく、単にすばやく移動しただけだった。
「……」
「……あの、わたしは別に……なにも……」
使い魔は両手で輪を作っている格好のまま止まって、少し怯えた表情をしている。対する魔術師は、本を持った右手を胸の辺りに置き、伸ばされている左手は使い魔に向けられている。そして、その表情はいつも使い魔に向けられるものとは違っていた。
「……」
「あの、えっと、ごめんなさい」
両手を下ろして何故か泣きそうなのをこらえながら、何がいけないことだったのか解らないけれど、使い魔は謝る。
「……あっ! いや、私の方こそ悪い……ちょっと寝惚けてた」
左手を下ろして、いつもの使い魔に向けられる表情に戻った。
「……ねぼ……寝惚けてたぁ!? なんだ、そうなんだ。良かった!!」
使い魔は安心したように顔をほころばせた。
「どうも昔のことを思い出しながら眠ってしまったらしくて、そのせいかな……すまない」
今度は魔術師が使い魔に謝った。
「いつものあなたなら、それでいいよ。でも……本当にちょっと怖かったんだからね! さっきの格好は、なんだか魔術師とか魔法使いが敵と戦うみたいで……その相手がわたしで……嫌だった」
「私も君とは戦いたくない」
先ほど使い魔に向けられていた左手は、今度は優しく使い魔の右手を握る。
「同じ左手なのに、さっきと感じが全然違う」
「そうか」
使い魔の右手を引いて近くにあるいつものソファーへとエスコートする。
「ありがと」
使い魔はお礼を言ってから座る。
魔術師は窓辺の蝋燭を取りに行こうとしたけれど途中でやめた。雲が流れたのか月の光が強くなったのを感じ取ったから。
「ふむ……」
「……?」
座っている自分を見つめる魔術師に首を傾げる動作で尋ねる。
「いや、今回の服装についてね……白のブラウスに色の濃いジーパン。そして、カーディガンか!」
今回の使い魔の服装が描写された。
「えっと、スカートの方が良かったかな?」
「いや、これはこれでいいと思う」
魔術師はひとつ大きく頷くと、使い魔の隣に座る。
「とりあえず無難な服装に変えてみたよ」
「似合ってるよ」
「ふふっ!」
使い魔はそれを聞いて嬉しそうに笑う。
「な、なんだか月が良く見えるようになったね」
魔術師はなんだか照れ臭そうに話題を変えようとする。
「褒めてくれるの嬉しいよ! わたしも照れ臭いけどね!」
話題を変えようとする魔術師に使い魔は乗ってこなかった。
「梅雨はいつ頃明けるのかな?」
「……いつ頃だろうね」
今度は使い魔も話題に乗ってきた。
「今回は雨の描写になると思っていたけど、雨が降っていないみたいだ」
「梅雨もいつも雨が降っているわけじゃないんだね……ところで、その本はなに?」
使い魔は頃合を見計らって魔術師が持っている本について尋ねた。
「ああ、この本は……魔導書だよ。ちなみに”道”ではなく”導”になっているのはこだわりだからね」
「そこを強調するんだ……どんな意味があるの?」
「……なんとなく」
「……」
あまり強く突っ込まない方がよさそうと判断してそれ以上、追及はしなかった。
「この魔導書を読みながら昔をちょっと思い出してたんだ」
「それでさっきの……見せてもらってもいい?」
「かまわないけど……たぶん読めないよ」
魔術師が差し出す本……魔導書を受け取ってページを開く。
「……何語?」
魔導書にはよく解らないモノが描かれている。
「さぁ? でも、これは私が魔術師であるために必要な本なんだよ」
「あなたには読めるの?」
「言葉で読むというより、感じ取れるという方が正しいかもしれない」
使い魔は本のページをめくりながら解りそうなところを探すけれど、見つからず本は閉じられた。
「日本語に翻訳出来ないかな?」
尋ねながら魔術師に本を返す。
「多少は試みてはいるんだけどね……なかなか上手くいかない」
「難しいんだ……そういえば、この手帳って……魔導書?」
使い魔はカーディガンのポケットから手帳を出す。魔術師から預かっている手帳……最近は何か記されたのだろうか。
「それも、魔導書の類と言えるかもね」
「……わたしが記してる内容なのに?」
「そうだよ」
「そう……なんだ」
完全には納得していないけれど、手帳から違う世界に行ける事を知っている使い魔は、内容はともかく手帳が魔導書の類と言う認識を持った。そしてポケットにしまう。
「……今回はすまなかったね。昔は寝てる時もかなり気を張っていてね。あの頃は寝込みを襲われても、たぶん大丈夫だった」
「……」
「まぁ、今は寝込みを襲われたら大丈夫じゃないけど……今回はたまたまだよ」
「でも、怖いからこれからは気を付けよう。寝惚けて攻撃されたら怖い……」
使い魔は今回の魔術師の寝惚け方に警戒心をもっている。
「基本的に距離を取る動きしかしないよ。それに、今の私だとその状態で仮に攻撃に移ったとしても君だと認識した瞬間に上手く止まれなくて、そのまま押し倒してしまいかねない」
「押し倒す……押し倒される……」
使い魔は何かを想像したようだけれど、表情はほとんど変わらなかった。
「距離を取って相手を確認するから大丈夫だ」
「……距離……近いとドキドキするね!」
「ドキドキ? ……まぁ、距離を取ったつもりが近いと戸惑ってドキドキするかも」
少し会話にズレがあるのかもしれない。
「手とか押さえられたら……」
使い魔の口元が少し緩む。使い魔の想像では自分が仰向けに倒れて両手を押さえつけられている。
「……えっと、とりあえず眠くなって来たから今回はこの辺で終わりにしようか?」
「……両手を押さえられたら抵抗出き……え? ああ、うん。……わたしもちょと眠いのかも。あくびが出そう」
あくびを隠すように手で口元を隠す……。
「そうか……ひょっとして退屈させたかな?」
魔術師は尋ねながら窓辺へ行き、蝋燭の火を消した。そして月明かりの中、使い魔に振り返る。
ソファーに座った使い魔は、少しも眠そうじゃない顔で微笑んで答える。
「今回もわたしは楽しかったよ」
「そうか、今回も文章並べを手伝ってくれてありがとう!」
「どういたしまして!!」
と言う感じに今回を終わりにしよう。




