サクサクのクッキー
文章を並べるのは嫌いじゃない。上手く言葉に出来なくて、もどかしさを感じることも多いけれど、楽しいから。
日々の生活の中で浮かび上がってくる想いや気持ちなどのコトバを、文字にして文章を紡ぐ……。上手く出来る様になりたい。
まぁ、これは声にして話すことにも似ている。とはいえ”私”は喋るよりも聞く方が性に合っている。
昔は喋るのがすごく苦手だった。それもあって、あの頃は一人で本を朗読して喋る練習をしたものだ。もちろん漫画も朗読した……効果音も書かれている言葉通りにちゃんと声にしてね!
文章を紡ぐのも喋るのも自己表現……か。喋るのが若干苦手ということもあってか、未だに油断すると妙なジェスチャーを付ける癖がよく出てしまう。これもある種の無意識の自己表現? 時と場合によっては油断しないように気を付けねば!!
空の月はその大部分が隠れている。星は良く見えるけれど、今のこの世界はいつもより暗い。
この屋敷の窓辺の一つに明かりが灯っている。それは、窓辺に置かれた蝋燭の光だった。その窓辺にはページを捲る人影がある。
椅子に座って何かを読んでいるのは魔術師だった。その左後ろにあるソファーには使い魔が横になって寝ている。キチンと毛布を掛けられて穏やかな寝息が聞こえる。
「この手帳は……この世界の悪戯なのか? それとも何かの試みか」
前回、使い魔が見つけた手帳のページを捲りながら眉間に少し皺を寄せて怪訝な顔をする。
「まぁ、いいか。今夜は月の光がほとんど無い。そして風もほぼ無風……外を歩くのも悪くは無いか」
もう一つの椅子に置かれている使い魔が持って来たバスケットを見てから、使い魔を見て頬を緩ませた。
「君が起きたら、外へ散歩に行こう。そして、葉桜を見よう。……バスケットの中身が少し気になるけど」
使い魔がこのバスケットを持ってきて数日が経っている。中身は何らかの食べ物……傷んでいないかが心配になっている。しかし、中身は未だに明言されていない。
「中身は日持ちする食べ物だよな?」
穏やかな寝顔に声を掛ける。
「ん~ん」
それに答えるかのように、使い魔がゆっくりと目を覚ます。
「やぁ、おは……じゃないくて、こんばんは」
「う……ん? うん、こんばんは。なんだか……夢を見てた気がする」
「そうか……夕日でも見たか?」
窓の外に目を向けて、散歩コースを思い浮かべる。
「夕日……」
使い魔はゆっくり立ち上がると、毛布を纏ったまま窓辺に向かって歩き出した。そして魔術師の右肩を右手で叩いた。
しかし、魔術師はすぐに振り向かない。
「今の君は笑っているのかな?」
「どう思う?」
「笑ってるねぃ!」
振り向く魔術師の右頬に使い魔の右手の人差し指が突き刺さる。
「やーい! 引っかかったぁ!!」
「ははは、そうだね。……とりあえず、この手帳は君に預けておくことにするよ」
魔術師は手帳を使い魔に差し出す。
「わたしが預かっていていいの?」
「ああ、頼むよ」
「……うん、わかった。わかったけど、この手帳は何なの?」
「さて? なんだろうね。まぁ、この手帳に記入する役は君らしいから……」
「……そうなんだ」
手帳を受け取ると、それをカーディガンのポケットに入れる。
「さて、外へ散歩に行こうか! 葉桜を見にさ!」
「うん! そしよう!!」
さっきまでは眠っていたのにそれを思わせない元気な声で賛成すると、毛布をソファーに置いてからバスケットを手に持った。
「……一応、聞いてておくことにするけど、中身は何かな?」
「中身? 知りたい?」
「まぁ、知りたいです。内容によってはこの後の展開にも影響するし」
「大丈夫! 最初から中身はお菓子だよ。袋も開けてないから湿気てもいないし……飲み物もペットボトルのだから、ちゃんとまだ飲めるよ!」
バスケットを開けて中身を見せる。そこには、未開封のお菓子の袋とペットボトルのジュースが2本入っている。
「では、出かけるとしよう」
魔術師は久しぶりにランタンに火を灯すと、窓辺の蝋燭の火を消した。
ランタンを右手に持ち、地面に敷くシートを左脇に挟む。そして、玄関の戸を開けて使い魔に先に出るように促す。
左腕にバスケットを下げた使い魔は外に出て五歩ほど進んだ所で足を止め、振り返って魔術師を待つ。
「今回は暗いんだね」
玄関を閉めて使い魔の側まで歩き、ランタンを持つ手を上にあげた。
「そのための明かりさ!」
ランタンの明かりを頼りに屋敷の敷地内を歩く。屋敷の壁に沿って歩いているけれど、ランタンの光だけなので屋敷の全容は見えない。使い魔も、この散歩を楽しんでいるので屋敷の外から見える構造に興味を示さなかった。
「この明かりが消えたら真っ暗になっちゃうね……。月と星の光で少しは見えるだろうけど」
「消してみる?」
「それは今回の帰り際でいいよ」
「そうか」
そのまま五分ほどゆっくりと歩き、何が目印だったのかはわからないけれど魔術師は、屋敷に背を向ける方向へ向かう。明かりを持っていない使い魔は、ただその後に続いて歩く。
そして、一本の大きな桜の木に辿り着いた。
「大きな木だね!」
「そうだね。だけど私は、一度もこの木が満開の桜の花を咲かせているのを見たことが無い」
「どうして?」
「いつもタイミングを逃してしまうから……。まぁ、今回もよく見れば少しだけ花が残っている。けれど、これは葉桜という方が妥当だね」
「いつか見れると良いね!」
「……いつかね」
そう答えてから魔術師は持って来たシートを敷いた。二人は靴を脱いで座ると、木の下から葉桜を眺めた。
「葉桜と星空もいい感じだね!」
「もう少し早く来れれば月もよく見えたかも……。さて、少し小腹が空いてしまったので、お菓子を頂いてもいいかな?」
「うん! どうぞ!!」
使い魔はまず、バスケットの中からペットボトルを2本出した。中身は紅茶系だった。次に出したのは、一つずつ袋詰めにされたクッキーだった。他にも色々と出す。
「クッキーか……ペットボトルに砕かれなかったようだね」
「当たり前です! わたしは丁寧に扱いますので!」
得意そうに胸を張った。
「では、頂きます」
クッキーをサクサクとワザと音を立てて食べる。湿気ていないことを表現する為に。
「本当は自分で作ってみたいんだけどね。でも作り方がわからなくて……」
クッキーを一つ食べ終え、紅茶を飲んでから答える。
「いつかそれも頂こう。しかし、今回は助かった。時間が経ってしまったから……手作りのクッキーなのに時間が経ってから食べては申し訳が無い」
「それは、クッキーに? それとも、わたしに?」
「君に……いや、両方に」
二者択一を迫られ正直に答えたが、照れ隠しに一言付け加えた。
「わたしになんだ! へー、ふーん、そうなんだ!」
「地の文め、余計なことを……別に照れてないぞ」
魔術師は”別に照れてないぞ”という呪文を唱えたけれど、使い魔には効かなかった。
それからしばらく、クッキーや他のお菓子を食べながら時間を過した。
「なんだかすごく省略されちゃったね」
「そうみたいだ。さて、屋敷に戻ることにしよう。ここで今回を終わらせたら、次回はこの場所からの始まりになる」
「雨が降ってたら、この木で雨宿りをしている設定で始まりそうだね」
「ほう、それも悪くないな! それも、いつかだけどね」
片付けを終えると、屋敷の玄関に向かって歩き出す。屋敷に沿って歩き始めると使い魔は思い出したように言う。
「そういえば、ランタンの明かりを消してみる?」
「ああ、そうだね。……そういえば君は暗いの苦手じゃなかったっけ?」
「夜の暗いのは大丈夫!」
「ふむ、そうか。なら……」
立ち止まらずに明かりを消すと、完全な闇では無いけれどかなり暗い。屋敷の壁に沿って歩けばいいので迷うことは無いけれど。
「思ったより暗いね……転びそう」
「手を繋ぐかい?」
「うん」
シートを脇に抱えた魔術師の左手に自分の右手を繋いで歩く。
「ちょっと寒かったか? 手が冷たいぞ」
「少しだけね。……えっと、これは……あざとい?」
「さて? どうだろうね」
星空の下を手を繋いで屋敷の玄関へ向かって歩いていった。玄関に辿り着いたらそれぞれ帰るのだろう……。という感じに今回を終わりにしよう。




