嗜好品
考えている時、それはコトバで認識している。そのコトバは声のように思う。考えている時、頭で喋っているとすると、かなりのお喋りだ。
頭の中の声は、どんな喋り方の特徴があるのだろう?
あの頃の頭の中の声は、いつも苦しそうに自分を責めていた。嘆き、後悔、失望、絶望……他人に対しての怒りや憎しみなどはほとんど無く、自分を哀しく責め続けていた。
自分を責めるコトバの中で、強く心に刻んだモノがあった。『すべては自分が弱いから苦しくて辛いんだ。自分が完璧になりさえすれば、こんな状態は何の問題もない』と、ことあるごとに言われていた。心に刻んだからといって、すぐにどうこうなるものでは無いけれど。
未だに完璧には程遠い。でも今は、頭の中の声は楽しそうに喋ることが多い。完璧にはなれなくても、多少強くはなれたのだろう! 頭の中の声を優しくたしなめて、考え方を望む方へ修正させる程度のことは出来るようになっている。
それに今は頭の中で、ほとんど喋らないようにすることも出来る。長くは出来ないけれど。……喋らずただ映している感じに。頭の中を空っぽにしたらつまらないし!!
空の月はまだ満ちてはいない。現実の世界よりも強い光を持つこの世界の月のそれは、窓から屋敷の中に入り込んでいる。その窓の枠には、火の点いていない蝋燭がほぼ中央に一本立てられている。
蝋燭の明かりが無くても、それなりの明るさがある。月が完全に満ちた状態ならば、窓から入り込むその光だけでも本を読むには十分になるだろう。
窓の近くに置いてあるソファーには人影が二つあった。彼らは、窓から月を見ながら地の文を読んでいる。
「さて、とりあえず今の状況をそれなりに描写できたようだね」
人影の一つは魔術師だった。地の文を読み、蝋燭のふりがなが最初の一つだけなのを確認している。やはり一つにふりがなをつければ、しばらくは必要ないだろう。
「そうだね。あの……このところ思うんだけど……」
もう一つの人影は使い魔だった。こちらは、蝋燭のふりがなについてそれほど関心が無いらしい。
「なんだい?」
「……それほど重要なことじゃないんだけど」
「そうなのかい?」
「うん……」
使い魔は何かを魔術師に気付かせたいらしい。
「……」
「別に重要じゃないから大丈夫!」
そんなことを言いながらも、使い魔は気付いて欲しい。そして幸いなことに、魔術師は気付いている。このお話では登場人物が地の文を読める。
魔術師は気付いている。という一文を読んだ時、使い魔の瞳に期待の光が宿った。……ので、あえて一文をつけよう……魔術師は気付いたけれど、それが当たっているのか本人はまだわからない。
「ほう、地の文はそう来るか。外れていたらカッコ悪いな。しかし、その一文をつける前に私が気付いているという描写があるぞ?」
「瞳に期待の光が宿ったなんて……なんだか恥かしい」
魔術師は地の文の揚げ足? を取り、使い魔は照れている。地の文は少し悔しい。
確かに、魔術師が気付いたことは使い魔が気付いて欲しかったことだった。魔術師と使い魔を不安がらせて遊ぼうとしたのに……。まだまだ、力不足か。
「とりあえず地の文は置いといて…………。すまなかった、君を呼び出す呪文を言う描写を最近していなかったね」
「うん。でも、大丈夫だよ。ほら、ゲームとかでも最初はムービーをスキップできないって感じのもあるし、その方が始まり方の幅も広がるし……。描写しなくても憶えていてくれればそれでいいよ」
「……そうか。でも、今回は……」
魔術師はソファーに座ったまま体を右に向ける。すると、その後ろに使い魔がいる立ち位置になる。座ってるけど。
「……ぅ~んん!」
魔術師がこれからやろうとしていることが解った使い魔は、嬉しそうに変な声を出した。そして、それを待つ。
「…………夜の静寂 足元に影は無く 空を見上げれば月は雲の向こう 空に手を伸ばすと雲は流れ月が出る 月の光で影を見つけ振り向くと君はいた……」
呪文を唱え終わり、振り向くと照れながら嬉しそうな顔をした使い魔がいた。振り返って目を合わせていた魔術師だったが、照れて視線を右上に逃がした。
「ありがとう! ふふっ!! あなたとわたし、どっちの方が照れてるんだろうね!」
「私は照れ屋だ……くっ、弱点をつかれた感じだ」
「大丈夫! わたしもきっと同じくらい照れてるから!」
なんだかすごく痛い文章が並んでいる気がする。なんだか恥かしくてバックスペースをしばらく押したままにしたい……。しかし、引くわけにもいかん!!
「……さて、いつの間にか桜の季節も終わりの方らしいな」
魔術師は展開を変えるための台詞を使った。
「桜……お花見? たしか、桜を見ながらお酒を飲むっていう慣わしがあるとか……あなたもお酒とか飲むの?」
「お酒か……ここ数年は飲んでないよ。そもそも、あまり飲んだこともないし」
「お酒って美味しいの?」
「さぁ? よく解らないよ。とりあえずビールは苦い。チューハイという類はジュースみたいな味で日本酒はヌルヌルした感じの水……という印象しかない」
「お酒に酔うと、どんな感じなの?」
「私の場合はよく笑う。……正直、お酒で酔うのはあまり好きじゃない。頭の回りが鈍くなるし、それに伴い判断力も低下する。ついでに観察力と記憶力も体の操作性も……」
「でも、お酒を飲んでる人って楽しそうだよ?」
「そうだね、楽しそうだ! お酒は嗜好品だしね」
「嗜好品って?」
使い魔に単語の意味を聞かれて、すぐに答えられなかったので、辞書……ヨシジの依り代を取りに行った。
「ヨシジさんをそろそろ召喚したほうがいいのかな……」
ボヤキながら手に取った辞書を捲る。使い魔はそれをソファーに膝をついて背もたれに両手を置いて眺めている。
「……うん、なんていうか……そのまま文章を並べるのは不味いのかもしれないから、ヨシジさんに代わって、答えよう! えっと、う~ん……高揚感を得る為の物らしい!」
「……へー! そういう意味なんだ!!」
魔術師自身は、かなり微妙な答えになってしまったと思っているが、使い魔はその答えに満足したらしい。
「この役は近い内にヨシジさんに任せよう」
辞書を元の場所に戻すと、使い魔の隣まで戻った。
「お酒を飲むと高揚感が得られるんだね!」
「そうらしい……まぁ、お菓子も嗜好品だと思うけど」
「……お菓子もそうなんだ! 美味しいと高揚するもんね! あれ? じゃあ、普通の食事も嗜好品?」
「いや、どうだろう? 無くても直接的に死なない類のものという意味も付け加えてくれ」
「うん、わかった!」
「そうか、まぁ意味なんて、なんとなくで何とかなるものだ」
そう言って両手を顔に当てて深呼吸をした。
「えっと、なんだっけ? ……お酒は嗜好品なんだね!」
「そう、嗜好品だ。なにを嗜好するかは人それぞれ。私の場合は、楽しいと感じる時間などである意味で精神的に”酔う”ことが出来る……というか好みだ」
「雰囲気に”酔う”っていうのもあるね!」
「そんな感じさ! 好みの感情は美味しいからね」
「お酒を飲みながら”そういうの”にも酔う方がよくない?」
「それも一理ある……けれど、私は”そういうの”をよく味わいたいのだよ。お酒を飲むと元々悪い記憶力も更に落ちてしまう。”そういうの”は出来るだけちゃんと憶えていたいからね」
「ふ~ん……ひょっとして、思い出すと酔えるとか?」
「それに近いことは出来ると思うよ。さて、3000文字も超えたし、今回をこれくらいで終わりにしよう」
「3000文字で、400字詰め原稿用紙、約8枚なんだね! やっぱり」
「そうらしい。まぁ、簡単な割り算で割り出せ……るな!」
割り算で割り出せる。という言い回しに気のせいか違和感をというか、なんだか変な感じがして言い淀んだ。
「意味はわかるから問題ないと思うよ?」
「そうか……なら、いいんだけど。まぁ、いいか!」
意味がわかったとしても、文章並べにおいて読みやすいかというのも重要なところ。『簡単な割り算で割り出せる』は”簡単な計算で割り出せる”と、すればよかったのかもしれない。どうやら、少し疲れているらしい。しかし、これは思いのほか経験値が高かった気がする。
「この世界に桜はあるのかな?」
「あるよ。本当は今回の文章並べのなんとなくの構想を考えている時、桜を見に外へ行く展開にしようと思ってたけど、上手くいかなかった」
「わたしのせい?」
「それは違う。私の力不足のせいだよ。それに今回も君のお蔭で歩みを進めることが出来た。ありがとう」
「そうなんだ、どういたしまして!!」
「さて、前回から空の月が欠け始める前にこの文章ならべが出来た。次は、葉桜を見に外へいこう」
「お菓子という名の嗜好品を持って行こうね! もちろん、ごみは持ち帰るよ!」
「うむ、では今回はこの辺で」
「うん、次回は外だね!」
という感じに今回は終わった。今回は蝋燭などの後片付けが必要な描写がなかった。満月が近いおかげで……。




