魔力と魔術
記憶力は欲しい。昔から英語は苦手だけれど、地理や歴史も微妙にそれなりに苦手だ……。
けれど、記憶力が一時期だけすごく良かった時がある。高校生になった最初の頃……あの頃が始まる前の一時期だけ。
それまでの英語の遅れも、これから授業で使う教科書の内容も一月で十分だと思った。
恐らく、高校生になって環境が変ることで、中学生の間に積み重ねた真面目という罪を多少なりにも降ろすことが出来たから……本来の力が目覚めたのかもしれない。
正直、すごく気分は良かった。今でなくても思えば、その一時期の自分にいえることは”傲慢な身の程知らず”。
特にまわりに何をした訳でもないけれど……色々と思ったことがある。世界ってこんなに小さかったのか……とか、大人……先生というのはこの程度なのか……など。
大人はもっと完璧だと信じていたのに……案外、子供らしい所もあったなぁと思う。それでも敬意を持って授業を真面目に受けた。
しかし、それも長くは続かず、あの頃が始まった。罪に罰が下された……でも”傲慢な身の程知らず”に対する罰ではない。
その一時期という時間は、罪を償う前に見ることが出来た夢だったと思う。運が良かった……そんな自分がいたことを知ることが出来たから。一人でも戻りたい姿を夢見ることが出来た……それが苦しみにもなったけど。
今の自分にその一時期のような記憶力は無い。けれど、長い時間を考えたことで思慮深さは増したと思う。時と場合によってかもだけど!!
人としては成長できたはずだ!
今回の夜空は曇っている。前回の時は、春先のような陽気で暖かかったけれど、今の屋敷の中は寒い。窓から入ってくる冷たい空気でその部屋の温度は更に下がっていく。
「時間がそれなりに経ったからね、空気の入れ替えをしているんだ」
窓を開けたのは魔術師だった。何故か早めに来て掃除をしている。
「掃除と言っても簡単にだよ。それにもう終わった……。大掃除をする時は使い魔にも手伝ってもらうさ」
空気の入れ替えを終えて窓を閉めると、今回持参したらしい小さめな石油ストーブを点ける。曇り空で暗い部屋の中、魔術師のランタンの光とストーブの光が目立つ。
この部屋で使い魔と話すのは窓際のソファー付近。いつものストーブは地下室に置いてある。
使い魔は暗いところが苦手なので、燭台をいくつか用意していた。全部に火を点けたところで、薄暗いことに変りは無いが。
「今回は曇っているから仕方が無い。それに、最近の月はどんな感じだっただろう?」
月の満ち欠けを見忘れた魔術師は首を少し捻った。
しばらく窓の外を眺めていると、使い魔の気配が現れた。
いつもならすぐに姿を現すが、今回は魔術師がすでにいるので様子を伺いながら地の文を読んでいる。
「…………夜の静寂 足元に影は無く 空を見上げれば月は雲の向こう 空に手を伸ばすと雲は流れ月が出る 月の光で影を見つけ振り向くと君はいた……」
魔術師は少し早口で、本当は必要の無い使い魔を呼び出す呪文を唱えた。そして振り向くと、そこには使い魔がいた。
「まだ全部読んでないのに!」
「それは悪かった! すまんな」
「……いいけど、やっぱり早口だったんだね。どうして?」
「なんとなくかな」
「……ふ~ん。なんだか怪しいな……」
訝しげに魔術師を見つめる。
「ちょっと意地悪してみたくなっただけかもね」
「……」
喋りながらも地の文を読み進めていた使い魔は、自分を気遣う一文を見つけて黙り込んだ。
「さて、どうぞお座りくださいな」
ソファーに座るように手で促し、今回持参したストーブの位置を微調整してから、ろうそくに火をつけた。
大人しく座った使い魔は静かにそれを見ていた。その視線を感じながら、何回か前の時に地下室から持って来た大き目のダンボールから、ヨシジを呼び出す依り代の本を取り出した。
「あっ、今回呼び出すの?」
「いや、まだ設定が微妙だから今回は呼び出さない」
本を眺めながらゆっくりと歩き、使い魔の隣に座る。
「設定ってどんな?」
「例えば……彼の一人称? だったか……自分の呼び方とか」
「わたしの場合のわたしとか、地の文さんのわたくしとか、あなたの場合の私?」
「そう、それ。彼は賢者だからね、僕とか俺って感じじゃないし……ワシ? それがし? 自分? 我輩? あるいは……余?」
「たしか堅い感じの人……方? だったよね」
「なんといってもヨシジさんだからね……でも、あまり堅すぎると使役し難い。まぁ、我輩でいいかな!」
「猫であるとか言い出さないよね?」
「言った方が堅さが少し取れそうだ」
少し賢者ヨシジについての設定がなされた。しかし、細かく設定しすぎると身動きが取れなくなりかねない。
「設定は難しいね。そういえば、ヨシジさんを呼び出す時って、魔法陣とか使うの?」
「魔法陣か……個人的になんとなく召喚系のだと三角を2つ組み合わせた感じの六芒星を円で囲んだ感じのイメージがある」
「そうなんだ……五芒星とかは?」
「イメージ的に魔除けとか結界かな……なんとなく」
「あ! なんだかあなた……すこし魔術師っぽくみえる」
確かに魔術師という設定ではあるけれど、それっぽい話は少ない。
「ぬ、ぬ~……そうか。ならば、一つ魔術を披露しようじゃないか」
立ち上がって一歩を踏み出そうとしたところで魔術師は止まってしまった。
使い魔はソファーに座ったまま、片足を上げて止まっている魔術師を静かに見ていた。しかし、少し不安になって声をかけた。
「どうしたの?」
「…………」
「ねぇ? 立ったまま寝ちゃったの?」
「…………」
何も答えない魔術師の左の袖に右手を伸ばす。そして軽く摘んで何度か少し引っ張る。
「は! なぜだ!? 文章が並ばない!!」
「?? 何を言ってるの?」
「……そうか、戻って来れたのか。すまない……今回は……いや、しばらくは魔術を披露するのは待ってくれ」
「それはいいけど、戻って来れたってどういうこと?」
使い魔は少し心配そうに尋ねた。
「魔術を披露したストーリー展開の文章を並べていたんだ。でも、魔力の変換いついての説明を上手く並べられなくてね……今の私の力ではまだ難しいらしいから、いったん保留にして、その展開の文章を並べる前の時間に戻って来たというわけさ」
「……えっと、つまり……えっと……リセットして、セーブしたところから選択肢を選び直した感じ?」
「まぁ、そんな感じかな……」
「それも魔術なの? 時間をさかのぼる感じの?」
「……確かにコレも魔術かもしれない。なるほど、慣れていないせいかこの魔術は、魔力をかなり消費するらしい。少し自信を失くした」
「大丈夫! このお話は練習! ”ぷらくてぃす”なんだから!」
「ありがとよ! さて、今回はこれくらいで終わりにしよう」
「その方がよさそうだね。少し顔色悪いよ」
「あっちのストーリー展開で結構長い時間を彷徨ったからちょっと疲れた」
「お疲れ様。ゆっくり休んでね」
「そうしよう……今回もありがとう。では、またよろしくね」
「まかせてよ! 次の時にまたね!」
ストーブとろうそくの火を消して、それぞれ持ち物を持って帰って行った。そして、地の文も文章並べを終わりにした。




