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鍋でグツグツ

 学校の授業で習った内容が将来役に立つかはわからない。とりあえず、数学の二次関数などは使う機会が今のところ来ていないと思う。

 しかし、習った内容がそのまま役立つことがなくても、考え方はそうともいえない。

 あの頃……一人、永遠に一人、周りに人がいても、誰とも解り合う事は無い……永遠に一人。そもそも一人足ひとりたり得ていたのかさえ解らなかった。自分が存在するのかも疑わしい。存在していると自分がそう思っているだけなんじゃないか? と、常に思っていた。

 あの遠まわしの問いに、誰かが……”そうだね”と言ってくれたなら…………。

 地に足が着くどころか、地面がない。一歩を踏み出す足場がない……ただ、藻掻もがくだけ。ちっとも動けない。

 満足に身動きも取れずに、とても、とても長いこと一人で考えていた。そして、数学の集合についてのおぼろげな知識を元に考え始めた。

 そして”私”が持っている知識と”誰か”が持っているであろう知識に重なるところがある。共通の知識があることに気付いた。

 多くの人が共通して持っているモノは、より確かに強固に存在する。

 当たり前で単純なことにも思えるけれど、あの頃の”私”は、それを認識し理解して少しずつ足場をつくることが出来るようになっていった。地面でなくても足場が出来ればだいぶ楽になる。

 共通の知識……その考えを深めると、ユングの集合的無意識や、古代ギリシャの哲学者の方々のそれに近づく気がする。

 おこがましい事ではあるけれど、少し悔しい気がする。あれほど苦労して見出したのと同じような考え方がすでに存在していた……まぁ、考え方を知っているのと、理解しているのでは意味が違う。無駄な時間ではなかった。

 未だに地に足が着いているのかは微妙だけど! ……今は自分だけでも簡単な足場をつくれる。でも……。


 そこは薄暗い地下室だった。色々なところに微かな光があり完全な闇では無い。

 その薄暗い静寂のなかに小さな足音が二つした。一つはこの地下室の床に今回、最初に着いた足の音でもう一つはもちろん、もう片方の足。何もない所から姿を現したのは使い魔だった。

 カンテラの明かりを点けて、ひとしきり明かりの届く範囲を見回してから上に向かう階段を登る。今回はこの地下室の温度はそれほど低くない。そして登りきった先にある部屋もそれほど寒くない。

 使い魔はカンテラを持つ手を高く上げて、周りを見回す。そして、窓辺へ向かった。

「今回の外は雨なんだ……月がどんな感じなのか見たかったのに」

 雨音と共に風が窓ガラスを鳴らす。カンテラを窓枠に置いて、窓ガラスに映る自分の姿を見た。そして、自分の髪を撫でる。最初から髪は乱れていないように見えるのに……。

「……」

 使い魔は、なんとなく月を見るために一人でここに来た。そして窓ガラスに自分の姿が映っているのに気付いて髪を弄っている。

「わたしも身だしなみには結構、気を使うんだよ」

 毎回同じ格好をしている使い魔は独り言をいう。

「同じ格好……このカーディガンは気に入っているからで……他は描写能力の為じゃないかな?」

 描写能力が低いから……ま、まぁ、有名なお話の登場人物たちも毎回、同じような服装だったりするし……ファッションセンスも勉強しておこう。

「意外と小物とかも重要だよ?」

 小物……耳にいっぱい穴を開けてピアスをたくさん付けてみせようか……。

「それはヤダ。かわいいネックレスとかがいいな」

 窓ガラスに映る自分に向かって独り言をいう。

「このお話では登場人物が地の文を読むことが出来る。だから、会話も出来る……。と、ナレーターみたいに言ってみた!」

 使い魔は窓ガラスに映る自分を見ながら地の文にお願いした……。で、オーケー?

「おーけー」

 窓ガラスに映る自分に微笑みかけてから地下室への階段の方へ向かう。しかし途中で足を止めた。階段から明かりが登ってくることに気付いたから。

 カンテラの明かりを消し部屋の隅で姿を消し気配も隠した。

 階段を登ってきたのはランタンを持った魔術師だった。

「声が聞こえたから上に来てみたけど……いないのかな?」

 少し考える素振りを見せてから、ランタンの火を消した。すると、その部屋は真っ暗になってしまった。今回の外は雨で、空には厚い雲がある。地下室と違い、微かな明かりもない。

「ぇ……」

 暗いところが苦手な使い魔は、姿を消したまま魔術師の側へと近づく。動いたことで気配がわかる。

「…………夜の静寂 足元に影は無く 空を見上げれば月は雲の向こう 空に手を伸ばすと雲は流れ月が出る 月の光で影を見つけ振り向くと君はいた……」

 魔術師は最初から地の文を読んでいて、使い魔の潜んでいる位置は分かっていた。

「……分かってて、どうして真っ暗にするかな?」

 使い魔は魔術師の前に姿を現しカンテラの明かりをつけると、少しとがめるように聞く。

「さぁ? なんでかな。なんとなく……地の文と仲良さそうに会話してるのに嫉妬したのかもね……」

「嫉妬? へ、へー……あなたも嫉妬するんだ……ふ~ん」

 使い魔の目には意外という感じと嬉しさが浮かんでいる。

「私も人間だから嫉妬はするよ。それに、予定より時間が経ってしまったし」

「あれあれ? 寂しかったとかなの?」

 少し意地悪っぽい表情をして聞く。

「訓練だよ! たまには訓練しとかないと……」

「訓練ね……そういうことにしておいいてあげる」

 何か納得したような顔をして大きくうなづいた。

「さて、今回は暖かいけど、地下室でストーブをつけて話をする? それともここでする?」

「わたしが決めていいの?」

「……さっき明かりを消したお詫びだよ」

「そう? じゃあ……今回はここでいいよ! 暖かいし、なんだかあたたかいから」

 使い魔は先ほどの窓の側にあるソファーに座ると、隣を軽く叩いて魔術師にも早く座るように合図する。すると魔術師は一回肩をすくめてから大人しく隣に座った。

「今回は雨だね。雨音は小さくなってきてるけど、風はまだ少し強い」

「窓は壊れないよね?」

「そんなに強い風は吹いてないから大丈夫」

 時折強く吹く風は窓枠を揺らす程度だった。

「そういえば、あの地下室はいろいろな物があるんだよね?」

「そういう設定だね」

「じゃあ……黒魔術の道具とかもあるの?」

「黒魔術の道具? ……ああ、あの、イモリだったかヤモリだったか……の、から揚げ……干物? 燻製くんせいみたいのとか、怪しい頭蓋骨とかのこと?」

「から揚げは違うと思う」

「……ちょっとした冗談だ。探せばあるかもしれない。まぁ、私は魔術師だけどそういう気味の悪いのは基本的に使わないよ」

「黒魔術とかは使わないの?」

「私が扱うのはそういう系じゃない……と思う。正直、そういう系はあまり知らないんだ」

「そうなんだ」

「うん。そういうのに詳しそうな森の魔女には、子供の頃に見た絵本とかでしか会ったことがないし」

「森の魔女……なんだかお鍋でグツグツ怪しいのを煮てそうだね」

「鍋でグツグツか……それなら私にも覚えがある!」

 魔術師は口元に怪しい笑みを浮かべながら言った。

「怪しい魔法の薬でも作ったの?」

「ふっふっふ……ひぃっひぃっひぃっ!!」

「なんだか怖い……」

 魔術師の怪しい笑い声に使い魔は不安を抱く。

「と、不気味な笑い声を出しながら、カレーの鍋をお玉でかき混ぜたことはある!」

「……」

「そうやってかき混ぜていると、面白くなって一人で普通に笑ってしまったっけ……」

「それはそれで、微妙だね」

「まぁ、子供の頃の話だけどね。カレーといえば、一晩置いて少し固まっているカレーを温める時に、水をたくさん入れて水カレーにしたこともあった」

「水カレー? 美味しかった?」

「味が薄くて美味しくはなかったよ……」

「料理は難しいね」

「確かにね。テレビとかでレシピを紹介している時もあるけど、あんな一瞬で覚えられると思えない」

「メモを取る時間も無さそうだもんね」

「そうなんだよね……そもそも、小さじ一杯ってどのスプーン? って感じだし」

「謎だね」

「うむ」

「でも、ちゃんと勉強すれば分かるのかもね!」

「そうだね! さて、3000文字も超えてるし、今回はこれくらいで終わりにしよう」

「……もうちょっとお話してもいい気がするけど」

「そうしたいけど、現実の私もそろそろ眠らないと。月末との戦いがあるんだ」

「月末……手強いの?」

「さぁ、どうだろう? やることはいつもより多いと思うよ」

「それじゃあ、仕方ないね」

「うん。今回もありがとう」

「どういたしまして!」

 魔術師は明かりの点いていないランタンを手にして帰り、使い魔もカンテラの明かりを消して帰り、地の文も文章並べを終わりにする……地の文は終わりの方になると並べる文章が少ない……いつものことか。

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