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暖まってから

 あの頃、特に辛かったモノのひとつは寂しさだった。孤独を感じることが出来ていたのに、とても、とても、とても……とても寂しかった。周りに人はいるのに寂しい。

 寂しいと孤独は別のモノだと思う。孤独が寂しいのではなく、寂しいから孤独が望まなくても視えてしまうのだと思う。

 いつか来るかもしれない寂しい時を、目を閉じて思い浮かべると目に水が沸いてしまう。


 あの頃という永遠から抜け出せた時のことは憶えている。

 風の強い夜に出かけた……風に当たれば、なんとなく自分が存在するという感覚を得ることが出来たから、風の強い夜は、よく出かけたものだった。

 その夜の風は暖かく少し湿っぽかった。

 その瞬間は、考え至ったという感じではなく、感覚的に思い至ったという感じだった。そして、笑っていた……これだ! こんなことだったのか!! と思いながら。

 体の力の入り具合が悪かったのもその瞬間に戻った。むしろ、入り過ぎるくらいだった。その時から集中力と洞察力が平常時でも高くなった。……あるいは人並みになった。

 あれは恐らく悟りの一種だったのだと思う。

 一度、悟りの領地に足を踏み入れた……目指していたわけではなく、自分にとっての罪の償いから一人、千年以上の時間を彷徨さまよい、辿り着いただけ。

 領地に足を踏み入れたけれど、境地までは行っていない。人間……人としての欲を持って生きたいので境地を目指す気にはならない。もう一度、辿り着けるかはわからないけれど……。

 しかし、踏み入れたことで精神面は劇的に強化された……自分にとってはだけれど。

 境地に至ったとしたら、寂しさに涙を流すことは無いのかもしれない……それなら、やはり境地には至りたくない。

 自分はやはり欲深い人間だ……だけど、これでいい。


 屋敷の地下室には空の月の光は届いていない。しかし、所々に淡い光を放つモノがあり、完全な闇ではなかった。目が慣れれば物の形がなんとなく見える。奥のほうはまだわからないけれど……。

 前回、描写があった本棚と、大量の背表紙にタイトルが書かれていない本がある方から、本が落ちた音が聞こえた……。

 暗い空間が揺らぎ魔術師が姿を現した。そして、手早くランタンに火を灯す。

「あの使い魔は、暗い所が苦手だから明るくしておこう」

 独り言を言ってから、ランタンを床に置いて駆け足で前回降りた階段を駆け登って行った。明かりが無くても大丈夫らしい。

 ちなみに独り言を言ったのは、使い魔へのメモ書きの意味もあった。

 階段を上る音が終わってから、使い魔は姿を現して落とした本を元の場所に戻した。魔術師がこの世界に来るほんの少し前に使い魔は来ていた。

 暗い中、なんとなく本棚の本を一冊取ろうとした時、空間が揺らいだことに驚いて気配を消したのだった。その拍子に本を落とした。暗いところが苦手な使い魔は、暗い地下室でちょっとのことで驚いたのだった。

「暗いところが苦手と言っても、夜が怖いわけじゃないからね! 暗い所が苦手なだけで……別に怖い訳じゃないの! 苦手なだけ!!」

 独り言……地の文に対して喋る。どうやら前回、地の文であるわたくしが勝手に並べた心理描写を意識してのことらしい。

「ところで、どうして階段を登って行ったんだろう? わたしをここに閉じ込めるつもりだったらどうしよう……」

 ランタンの明かりがあっても薄暗いことに変りは無く、少し不安になっている。

「でも、わたしへのメモ書き? のセリフはそんな感じはしないから大丈夫、大丈夫……」

 ランタンを持って自分も階段を登ろうかと思いつつも、大人しく置かれたランタンの側で待つ。しゃがんで、ランタンの火を見ていると少し落ち着いた。

「そういえばこの地下室、埃がほとんど溜まってない……誰かお掃除してるのかな」

 ランタンの明かりに照らされた床を見ながらつぶやいた。

 しばらく待っていると、階段をゆっくり下りてくる足音が聞こえてきた。

 使い魔は気配を消そうか迷ったけれど、立ち上がってそのまま待つことにした。薄暗いところにいることで不安感が増している。それでもそのまま待っているのは、一人でも平気だという強がり。

「強がりじゃない! 平気だもん」

 使い魔のその声は階段を下りてくる魔術師に聞こえていた。

 魔術師がどうしてゆっくり階段を下りてくるのかは使い魔の目にその姿が映ってわかった。上にあったストーブを持ちながらだったから。

「今回は呼び出す呪文は必要ないかな?」

「一応、言って欲しい」

「…………夜の静寂 足元に影は無く 空を見上げれば月は雲の向こう 空に手を伸ばすと雲は流れ月が出る 月の光で影を見つけ振り向くと君はいた……」

「ありがと」

「やはり地下室は寒いからね……ストーブが必要だと思ってね」

「確かに寒い……でも、この地下室すごく広いけど、このストーブで大丈夫かな?」

「全体を暖めるのは無理そうだ……でも、近くなら暖かいさ」

 灯油を入れてストーブに火を点けると、だんだんその周りが暖かくなっていく。

「ところで、このお屋敷ってわたし達以外にも誰かいるの?」

「いないけど……どうして?」

「埃がほとんど溜まってないから……誰かお掃除してるのかなって思って聞いてみたの」

「この屋敷の時間は長い間、止まっていたからね。止まる前に掃除をしたという設定だよ」

「そうなんだ……なるほどね!」

「さて、もう少し体が温まったら、向こうの色々雑貨が見える方へ行ってみよう」

「うん。でも、思うんだけど、上の建物に比べてこの地下室広すぎない?」

「……そういう設定でいこうと思うんだ」

 何故か目をそらせて詳しく説明しない魔術師に使い魔は尋ねる。

「? ……不思議設定?」

「まぁ、そんな感じで」

「……なんとなく……詳しくは聞かないことにしとくね」

「今は、そうしてくれ」

「うん」

 立ったままストーブで暖まるのも疲れるので、魔術師は本棚のほうへ向かい、背もたれのある木の椅子を2つ持って戻ってきた。

「さあ、どうぞ座るといい」

 使い魔の後ろに椅子を置くと座るように勧めた。

「ありがとう!」

 その隣にもう一つの椅子を置き、座ろうとして何かに気付いたらしく、色々雑貨がある方へ何かを取りに行った。

「どうしたの?」

 後姿に声をかけたけれど、振り向かずにどんどん行ってしまう。しかし、姿が見えなくなるほど奥へは行かずに、何かを両脇に2つ抱えて戻ってきた。

「これもあったほうが暖まると思ってね!」

 片方を床に置いて、もう片方のそれをビニールから出して使い魔に渡した。

「ストーブの側で毛布に包まったら眠っちゃいそう」

「いいさ! まだまだ灯油も向こうにあるし、一眠り……二眠りしてから向こうに一緒に行ってみよう」

「今回は帰らない設定なの?」

「二眠り目を寝すぎなければ大丈夫さ!」

 床に置いた毛布をビニールから取り出し、椅子に座って上手に掛けた。使い魔も毛布に包まる。

「上手に使えば一枚でも大丈夫じゃないかな?」

「そうかもね……でも、また今度にしよう」

「……」

「ストーブが点いたまま寝るのは危ないかもしれない……でも、大丈夫な設定にしておこう」

「なんだか、上手く頭が回らなくなってる?」

「なんだか眠くてね……とりあえず、お休み」

「……おやすみ。ランタンは後でわたしが消しておくね」

「おっと、それは私が……」

 毛布を纏ったままランタンの灯を消して、再び椅子に座り眠る準備をした。

「わたしも暖かくて眠くなってきた……」

「そうか……いい夢が見れると良いね」

 そして、ストーブの明かりの中それぞれ眠りについた。

 地の文も今回の文章並べを終わりにした。

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