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罪と業

 空に月の姿は無く、星がよく見える。そして地上はには夜の闇が広がっている。

 冷たい空気が闇の中に漂っている。その冷たい空気の闇の中に揺れる光があった。

 揺れる光はコップに入った蝋燭ろうそく。開けられている窓の枠に置かれて窓辺を明るくしている。照らし出されたそこはお座敷と呼ばれている場所。

 窓辺には人影が一つあり、窓の外に広がる闇を見ていた。

「地球は丸い。この闇を真っすぐ進んだ先はここなのだろうか……。横向きの闇の底……。空の先に見える星……あちらの闇の底の方が深いのだろう。海の底への闇……。哀しみの海の底……寂しさに凍える。孤独はいつも一緒にいてくれて優しかった。ソレに気付くことは難しい……私には千年以上の時間が必要だった。孤独を知り、感じ取れても……理解してあげるのは難しい……」

 闇を見ながら台詞を並べる。

 空気の流れでコップに入った蝋燭の炎が揺れる。その炎へ人影が視線を向ける。

「手を近づけると温かい」

 やけどしないように気を付けながら、両手をコップに入った蝋燭にかざす。

「少し――――」

 人影が何かを言いかけた時、お座敷の中にふわりと何かの気配が現れた。

「…………夜の静寂 足元に影は無く 空を見上げれば月は雲の向こう 空に手を伸ばすと雲は流れ月が出る 月の光で影を見つけ振り向くと君はいた……」

 人影が呪文を唱えて振り向くと、そこには使い魔がいた。

「こんばんは!」

 使い魔は微笑みながら明るい声で挨拶をする。

「うん! こんばんは~!」

 人影……魔術師も同じように挨拶を返す。そして、再び窓の外の闇へ視線を向けた。

「窓の外に何かいるの?」

 魔術師の背中越しに窓の外の闇を見ながら聞く。

「何か見える?」

「……なにも」

 なんとなく不安を感じた使い魔は、前に立っている魔術師の下げている右手の指に自分の指を触れさせた。すると、魔術師の指は使い魔の指を軽く捕まえる。その様子に使い魔の視線は奪われた。

「後ろに回り込んでみた」

「その理由は?」

「こうしたいからかな」

 魔術師は半歩前へ進み、使い魔のお腹の辺りに左手を添えた。

「体が冷えちゃったみたいだね」

「窓開けっぱなしだからね。……カーディガン」

「温かいよ」

「ふむふむ……」

 ボタンで留められているカーディガンの隙間から、指を入れる。

「温かい?」

「君の温もりを感じますな! 服越しにおへそを触っております!」

「うん。知ってるよ! でも、あまりじっくり触っちゃだめだよ。……食べたばかりでお腹出てるから」

 使い魔が来る前に食べたのはお菓子……食べた量はお腹が出るには程遠い。……と並べた地の文を見る使い魔の視線が鋭かった。

「中学生の頃は学ランだった。そして、こっそりボタンを外す遊びもあった……」

 そう言いながら魔術師は使い魔のカーディガンのボタンをさりげなく一つ外す。

「そんな遊びがあるんだね」

 使い魔は台詞を並べるけれど、魔術師の左手がカーディガンの中に入って来たことについては何も言わない。言わないけれど、触れ合っている右手の指で何かを伝える。

「左手が温まります。もう少し上に行くともっと柔らかくて温かい気がする」

「上に行くの?」

「下に行くのもありですかな?」

 魔術師はさらに使い魔の来ているカーディガンのボタンを一つ外した。そして使い魔のお腹の辺りから少しずつ下に左手をずらしていく。

「脱がされちゃってる感じが……」

 使い魔は自分の左手を魔術師の左手に重ねて軽く捕まえる。

「ワンピース越しにその下に装備している布の感触を確認!」

「そんなこと言わなくていいの!」

「報告を……と、思いまして。それにしても、季節の影響もあるのか星がよく見えるね」

「…………うん。そうだね……綺麗」

 魔術師の左手から手を放し、自分の左頬にあてて空の星を見る。そして、当てた左頬の感覚から、少し顔が火照っているのを感じ取る。

「火照っているのか~! なんでかな?」

「あなたがくっ付いたり触ったりするし、星が……綺麗だったりで、ちょっとドキドキしちゃっただけ」

「ぬ~、左手は上へ向かうべきだったか! そうすればドキドキを……。いや、まだこれから!」

「もう! 変態さんなんだから!! ……わたしもちょっと寒くなって来たから、窓を閉めて温まろうよ」

 そう言って使い魔は、いい感じの大きさのクッションと毛布が置いてある所へ移動する。しかし、実際には使い魔の体温は来た時より上がっている。

「温まりますか!」

 魔術師は窓辺のコップに入った蝋燭をテーブルの上に置き、窓を閉めた。そして使い魔の方へ歩き出す。

「毛布一枚で足りるかな?」

「もう一枚、重ねよう」

「そうしよう! ……あ、ちょっと待って」

 使い魔はカーディガンの残りの止まっているボタンを外して脱ぐ。

「脱いだら寒くない?」

「あなたとくっ付いて毛布に包まれば温かいから大丈夫」

 そう言いながら、大き目のダンボールから毛布をもう一枚取り出した。

「さて、二枚重ねの毛布と君で温まらせていただこうかな! ……おや?」

 魔術師は振り返って窓の方へ戻り、外を見る。窓の外は少し明るくなっていた。

「現実の世界で時間が過ぎたんだね。……雨の音もする」

 いい感じの大き目のクッションの片方に横になり、毛布の左側をかけた使い魔が言う。

「月は雲の向こうか」

 雲の向こうに淡く見える月を見てから再び使い魔の方へ向かう。そして、丁寧に使い魔が掛けている毛布へもぐりこむ。

「温かいね」

「うん」

 上の空というわけじゃないけど、魔術師が外に注意を向けているように使い魔は感じた。

「どうかしたの?」

「ちょっと考えごとをね。……最近、離人症りじんじょうについての知識を深めていて……ちょっと考えていた」

「……」

 魔術師がそう言うと、使い魔は何かを考えている顔になった。

「ん~? どうかしたの?」

「”あの頃”……という時期の症状?」

「……たぶんね」

「もう治ったんだよね……」

 使い魔は過去のお話の中で聞いた記憶を思い出しながら言う。

「そうだね、治ってる。でも、直る前に……自分の失くした魂を取り戻す前に、その状態に適応出来る魂が創られて機能していた。その状態になって、その魂が機能するまでが……”あの頃”その時点では治ってはいない」

「その魂は今どうなってるのかな?」

「いい感じに本来の魂と溶け合って今の私かな。……良いのか悪いのか人間らしい自分を感じる」

「人間らしいって良いと思うよ」

「そうだね。そう思う。……感覚として無理というか、狂気を感じる努力が出来なくなった気もするけど。まぁ、あの頃より自分に時間を取れなくなっただけかもしれないけど」

 困ったという感じの口調でいうけれど、なぜか表情は明るい。

「もし、またその状態になっちゃったら……怖い?」

「たぶん大丈夫。あの状態は今の私にとって自分の力の一つ……。私の認識としてはさとりの領地に辿り着いて、その状態を自分の力の一つにした……と、思っているけど。離人症について調べると、その症状が悟りかもしれない……というのもあった。まぁ、それが悟りというものだったとしても……。……悟っていないモノにとっては悟りの世界は耐え難いのだと思う」

 魔術師は後半の方の台詞を、ゆっくり考えながら並べた。

「あなたはそれが悟りの世界だとして、その世界に耐えられる?」

「う~ん。悟りの領地には辿り着いたけど、悟りの境地には辿り着いていない……。悟りの境地だと欲深い私に耐えられますかね~」

「欲深いんだ……。もし、もしまたなっても、わたしがいるからね!」

「おお! 心強い!! ……でも、多分もうならない」

「そうなの?」

「私がそうなった理由は恐らく長期間にわたる過度のストレス。真面目という罪は重かった。……友人の一人が、子供の頃はストレスなくて……。なんてことを言っていたけど、私にとっては今より子供の頃の方がずっとストレスが多かった。真面目であることは嫌じゃなかった……でも、そうあることは心と体にすごい負担を強いていたように思える。中学を卒業して高校……環境が変わり、それまでの重ねて来た真面目の罪を下した。背負っていたモノを下したことで本来の力と、真面目の罪の重さで抑えられていた力が合わさって、記憶力がとてもよかった……のかもしれない。……けれど、それはそれで、望ましい自分ではあるけれど、今までの自分とはちがう。それはそれでストレス。……真面目の罪に対する罰か」

 使い魔は魔術師の台詞を聞いていて、色々考える。その中でふと思った。

「高校生になって真面目じゃなくなったの?」

「普通に真面目だったよ。中学卒業までに積み重ねて背負っていた真面目の罪を下しただけ」

「……真面目は罪なの?」

「罪と積みを意識しているところもある。罪を積み重ねる。……実際のところ、私の感覚からすると、罪というよりごう……カルマというやつかな」

「なんだか難しいね」

「なんとなくのイメージだと、罪は何かをしたことで、業はそうしてきたこと。生きるためには食べないといけない。食べるということは何かを犠牲にしている……けれど、そうしないと生きられない……これは罪というより業。生き物が背負っている業。動物はもちろん植物だって生きている。植物も何かを糧に生きている」

「なんだか魔術師というより哲学者っぽい感じがする」

「結構、探究心は強い方なので。……探究心、あるいはこれは変態につながるのだろうか……」

「そうくるの!?」

「もしくは、欲深だから探究心が強いのかもしれない! ……君のボディーチェックをしつつ、その反応から君の心を感じ取るのも……ぐへへ!」

「哲学者っぽかったのに、変態になった!? やだぁ~!!」

 使い魔は『やだぁ~!!』と言いながら全然逃げようとしない。

「さて、とりあえず今回はこの辺りで終わりにしよう。今回も文章並べを手伝ってくれてありがとう!」

「どういたしまして! ……もうちょっと一緒に温まってから帰ろうね!」

「うむ。君のボディーチェックもせねば」

 そういうと、左手で使い魔の右手を軽く握る。

「わたしの心……感じ取れてる?」

「とりあえず、握り返してくれているので、嫌がってはいない! と感じ取ろう」

「じゃあ、……これは?」

 使い魔は繋いでいる魔術師の手の甲を自分の腰のあたりに当てる。それは自然に近い位置だからであって、特に場所を意識して当てているわけではない。

「う~ん、もっと触ってもいいってことかな」

「どうだろうね!」

 使い魔は笑顔で言う。

 そんな感じに、もうしばらく過ごしながら温まり、そして帰っていった。

 と、いう感じに今回を終わりにしよう。

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