練習の狙い
どれくらい前だったか友人の一人が問うた。現実にある自らの体を自分で、二度と動かないようにしてしまおうと思ったことはあるか? という感じのことを。
それに対する答えは”ある”だった。
とはいえ、誰だって一度は思ったことがあるはず。あの頃、それを考えたことは少なくは無い。でも、それをして楽になるよりも幸せになりたかった。
だから頑張れたし努力も出来た。たとえ、今回の一生が終わることになったとしても……強く! と、時に思いながら。
楽になることは望むことではあっても、自分にとっての幸せではなかった。幸せは人それぞれ違うモノだとも思うけれど……。
今、この世界にあるとして描写されている物は、丸テーブルが一つ、パイプ椅子が二つ、そして大き目のバックが一つ。だったかな……時間が経つと微妙に忘れてしまう。
このお話の登場人物の一人? の使い魔は、魔術師に貰った青いカーディガンを着ていた。椅子に座る彼女は、両手をテーブルの上に置いて自分の指先を見つめていた。
「少し早く来すぎたかな……前回は寝てて、呪文を聞きそびれた。ちゃんと唱えてくれてたのは読み直して知ってるけど。今回はちゃんと聞きたい! 確か、空間が揺らいで人の形……って描写をしてからここに来てたよね?」
使い魔は地の文に尋ねた。
確かに、前回はそんな感じの描写をしてから魔術師は登場した。毎回その描写とは、まだ決めているわけでは無い。
「ふーん、そうなんだ」
地の文のわたくしと会話をしているけれど、この世界で人の姿をして存在しているのは使い魔だけ。地の文を読めるという設定が無ければ、独り言を言っていることになる。
「このお話の設定は地の文さんの文字を、わたし達が読めるから問題ないでしょ?」
この世界は、魔術師が練習の為に紡いでいる世界。その過程で、地の文を読めるという設定が途中から付け加えられている。魔術師の狙いはなんとなくわかる。
「狙いって何?」
それは、召喚と使役の力を磨くこと。
「……ええっと、つまりどういうこと?」
地の文に性格設定をすることで、文体? を作ろうとしている。他の世界を紡ぐ時にも、わたくしを召喚して文字を並べさせるつもりだ。
「へ、へー、そうなの……他の世界でも……。それじゃあ、わたしは?」
使い魔もファンタジー系のお話なら出番があるかもしれない。
「…………」
無言のまま左腕を上にして両腕をクロスさせて肩を抱くと、俯いて顔のそばにある左腕を通すカーディガンの袖の匂いを嗅ぐ。その仕草は地の文への嫉妬だった。
「嫉妬じゃない!」
地の文は神の視点ともよばれる。なので、使い魔のその仕草は嫉妬で合っている。魔術師を自称している彼は、ファンタジー系のお話を意外と書く気かもしれない。
「彼……神の視点を持つという地の文さんが、そう文字を並べたということは魔術師は男なんだね」
魔術師の居ない所で設定をしてしまった。しかし、地の文としては許されるはずだ!
「わたしだって、そういう設定を口にしてもいいはずだよね? 使い魔という設定上、控えてるけど」
それは、魔術師に聞くといい。
「そういえば、もう1000文字超えちゃってる」
文字数を見てつぶやいた。
使い魔が文字数を確認している間に、空間が揺らぎ魔術師はそこにいた。
文字数の表示から視線を上げると、魔術師と目が合った。
「すこし、久しぶり!」
右手を顔の横まで上げて挨拶をする。そして、今回すでに並べられている文章に目を通す。
「……お久しぶりです」
挨拶をすると、自分の横にあるパイプ椅子を引く。
しかし、魔術師は椅子に座らずに使い魔の座る椅子の後ろに背中を向けて立つと呪文を唱えた。
「…………夜の静寂 足元に影は無く 空を見上げれば月は雲の向こう 空に手を伸ばすと雲は流れ月が出る 月の光で影を見つけ振り向くと君はいた……」
呪文が終わり振り向くが、使い魔は背中を向けて俯いたまま動かなかった。俯いているその表情は嬉しそうに口元が緩んでいる。
俯く彼女の長い髪に右手を伸ばすが、触れる寸前で手を止める。そして触れないまま撫でるように毛先のある背中から首の後ろを通り、その上にたどり着くと優しく撫でた。
その一連の動きは地の文を読まなくても感じ取っていた。
「くすぐったい」
「すまんな、なぜか触りたくなってしまった」
肩を竦めてから魔術師は使い魔の引いた椅子に座る。
「……なんとなく前回と感じが変わった?」
「さぁ? どうかな……変?」
「そんなことは無いよ……なんだか今回はクールって言うか……」
「地の文が頑張ってくれてるからかもしれないね」
「……ねぇ……地の文さんが言っていた狙いって本当?」
不安を隠した声で尋ねるが、いつもと違う声色になってしまい逆にそれが伝わる。
「まぁ、そんなところだよ。他の世界でもこの地の文を使役するつもりだ」
「わたしは……この世界だけ?」
今度は、不安を隠さない声色で尋ねた。
「ここ以外の世界もいくつか紡いだりしている。まだ、紡いで途中のままの世界もある。それらの世界の登場人物の中には、君に似たキャラクターが存在したりもすんだ」
「そういえば……そうだけど。なにか意味があるの?」
「意味というか、意識はしている。私はそれほど器用じゃない。だから、演劇として物語……世界を紡ぐことを考えている」
「演劇?」
「うん。例えば”たそがれ時”という世界の登場人物の一人を君に演じてもらうという感じにね」
「”たそがれ時”……水雨さんを?」
「そう、水雨を演じてもらいたい。君は結構、水雨の影響を受けている」
「そう言われると、そんな気もする。でも、水雨さんに悪くない?」
「大丈夫! 水雨の中身は君だから」
「そ、そうだったんだ……へー」
「中身が君なら、私も使役しやすい」
「じゃあ、わたしの名前は水雨なの?」
「それもいいかもしれない……でも、少し考えさせてほしい」
「なんだか眠そうだね」
「ああ……現実の私がだいぶ眠いようだ。昼過ぎから夜にかけて予定より疲れてしまった影響もありそうだ」
「今回は、これくらいで終わりにする?」
「そうする。すまんな、来るのも遅くなったし、文章を並べる練習も……せっかく付き合ってくれてるのに……」
「気にしなくて大丈夫だよ」
「そうか、今回もありがとう……」
「うん!」
使い魔と魔術師は静かに帰って行った。地の文も最後に文章を少し並べて眠りについた。




