時のいたずら
プロローグ
「元気?」
「うん・・元気、今日はなにしたの?」
「今日はね・・・」
チャット画面に現れるのは「言葉」・・
手をつなぐでもないし・・
肩を抱き合うわけでもない・・
どんなに唇を重ねたくても・・
チャット画面の言葉に安らぎを得るしかない・・
届きそうで届かない・・
こんな時間がどれほどつづくのだろう・・
二人の時間が動き出したのを感じた。
動き始めた電車から飛び降りるのは危険だ・・
そして終着駅はまだ見えなかった
第一章 その日
1975年の夏・・陽子の手元には一枚の写真があった。
十数名の若者達の笑顔やふざけた顔をみて、自分も笑顔になっているのがわかった・・
写真と一緒に届いたカセットテープは陽子も参加するはずの劇台本の読み合わせが録音されていた。
台本と写真とカセットテープ・・
人生は一瞬の出来事に大きく影響される・・
カセットをラジカセに入れて再生ボタンを押すと、先日聞いた秀雄の声が聞こえた、奈穂美の声もよくわかる。
「明日はどこに行こうか?」
聞き慣れない声・・
鼓動が早くなり・・
陽子はどんな人かを思いめぐらせた・・
「散歩もいいけど、映画でも観に行く?・・」
陽子は自分に問いかけられているかのように感じ、思わずカセットを止め、写真に見入った・・
「この人かなあ・・・・」
シャイな笑顔の彼は、みんなより背が高かかった。
写真の裏に目をやり、鉛筆で書かれた名前と写真を見合わせてみた・・
シャイな笑顔の彼は「貴志」らしい・・
聞き慣れない名前・・
陽子は貴志の声が聞きたくて、何度もカセットを再生した・
全員でリハーサルするのは2週間先・・
「どんな人なんだろう・・」
声と写真で貴志のイメージが膨らんでいった。
第二章 振り向くと
15歳の陽子は、高校生活が思っていたより単調なのに少々嫌気がさしていた・・
家族は、両親と3歳年下の弟・・
両親はいつ離婚してもおかしくない状態・・
実際、陽子は母の不倫相手を知っていた。
紹介されたわけではないが、喫茶店でモーニングを一緒に食べたこともある。
母より10歳ほど年下の彼は、父よりずーーとカッコいいと陽子は思った・・
母への何気ない言葉が陽子には心地よかった・・
父と一緒にいるときに見せる苛立った表情も、あきらかに我慢している緊張感もなく、母が安らぎを感じているのがわかった。
当時中学生だった陽子は母の涙を知っていたので、母を笑顔にさせてくれる「その人」を簡単に受け入れることができた。
陽子の父も悪い奴ではなかった。
ヤンキーの先駆者とでもいうか、暴走族の始まりのような自分をどこか「かっこいい」と思っているようなところがあった。
二十歳の母を軟派して、ものにしたのを、彼の人生の金メダルだと自負しているようなところがある、まったく昭和の夫だ。
弟はまったくわからない存在だったし、ほとんど話すこともない。
それでも、小さい頃は一緒に野球をしたり、自転車で町内を駆け巡ったり、田んぼでザリガニを探したり・・
要するに陽子は男勝りな少女だったのだ・・
陽子は小さい頃から言葉では説明できない時間の狭間があることを知っていた。
知っているという表現をしたのは、彼女の過去の体験や、これから起こる出来事を知ると何故かわかるとおもう。
陽子は夢で出会う「その人」と異空間で一緒にいることを知っていた。
第三章 隠れん坊
陽子が覚えている最初の出来事は6歳の夏。
近くの空き地には下水管が何百個も積み上げられていた。立ち入り禁止だというのは母に言われて知っていた。
しかし、何百もの下水管の中での隠れん坊は多少のリスクを冒しても、たとえ後で叱られても、やめられるものではなかった。
いつも遊ぶのは、明子、友和、やすよ、健二、浩二、洋だ。みんな陽子より年上だが、同年代の子供達より、年上の彼らと一緒に遊ぶのが何故かしっくりきたのだ。
二人の鬼を決め、残りは積み上げられた水道管の中に隠れる。5段になっている水道管をよじ登り、見つからないように水道管の中に隠れる・・
陽子を見つけるのは一苦労だった。
その日の鬼は、やすよと洋に決まった。
遊び始めてすぐに、浩二が見つかったようだ。
健二は同年代の子供達より小さく、隠れるのは得意。いつも最後までみつからない。
明子と友和は双子。明子は面倒見がよく10円で買える駄菓子、俗にいう「10円もん」をいつも皆のために用意してくれていた。
友和は健二と仲がよく、二人はいつも一緒に遊んでいた。
浩二は、今で言う「天然」キャラで、今なら「いじめ」の対象になる可能性が大だ。
今思えば何らかの学習障害を持っていたに違いない。
しかし浩二は皆に「守られていた」。
8歳や9歳の子供達でも「守らなければならない」存在に気づき、浩二が何か突拍子もないことをしたり、言ったりしても「そのまま」の浩二を受け入れていた。
陽子は一番年下ながら、そんなみんなの優しさが心地よかったのだ。
陽子は下水管の中で寝そべって、息を殺して見つからないようにした。
第四章 丸い夕焼け
陽子は海をみていた。
夏に父が連れて行ってくれる日本海の海とはあきらかに違う海。
ヤシの木がそばにあるのに気づいたのと同時に、6歳の自分ではないことにも気づいた。
そばにいる人が誰なのかはわからない。
水平線の向こうの夕日が奇麗だった・・
「ずっと、ここにいたいね・・」
その声は心地よく、なぜか忘れたくない声だった。
ーーーーーーー
目覚めたのは下水管の中
「陽ちゃん〜〜〜」
皆の呼び声で目が覚めた。
下水管から見える丸い世界は薄暗くなっていた。
下水管の中から
「ここ〜」
と声を出して、だるい体を感じながら下水管から出て行った
「どこに隠れてたん・・ずーーっと呼んでたのに」
明子の声から心配していたのがわかった・・
6歳の女の子でも、誰かが心配してくれているのは感じ取れる・・
「うん・・なんか寝てたみたい」
小さい声で言ってみた・・
「え〜・・なあ〜んや!」
「おれも寝たらよかった〜」と付け加えたのは浩二だった。
「もう帰らな、怒られるで、からすの歌なってたし」
陽子は、この時間帯が好きではなかった。
家に帰っても弟と二人で遊ぶだけ・・まだ3歳の弟は陽子がしようとすることを全部邪魔しようとしているように思えた。
家族での団らんと呼ばれる時間は、おしゃべりな母が話し、時折、父が小さく音のような声で返事をするのが常だった。
陽子は食事をしながら父と母の表情に気を配った・・
父と母が喧嘩をしないで夕食が終わると、幼いながらに「いい日」を実感した。
夕食の後は弟と遊んだり、母の手伝いをしたり・・
なんというか「平らな」時間だった。
母が敷いてくれる布団の上をゴロゴロするのは気持ちがよかった。
6歳の陽子の一日はこのように終わった。
第五章 ベールの向こうの声
夕日が水平線に消えていく…
つないだ手は、温かかった…
腰までのびた髪が、風で揺れると、毛先を指に絡め、彼は囁いた…
「行こうか?」
その声は前にも聴いたことのある声だった…
顔を上げれば彼の顔を見ることができる…
「もう少しこのままでもいい?」
彼が誰なのかより、その完全な時間を失いたくなかった、少しでも動くと、消えてしまいそうな瞬間が、永遠に続くことを願った。
それは、心が重なり合う完全な時間だった。
ーーーー
朝は苦手だった。布団の中で彼の囁いた言葉を思い出そうとした。
15歳の陽子には、かなり刺激的な夢だった。
いつも顔を見る前に目覚めてしまう夢。
もう何度も同じ夢をみている。
いや、正確には同じ人が登場する夢だ。
彼だとわかるのは、「声」だけ・・
彼が囁く言葉はいつも違うが、声だけはいつも同じなのだ。
陽子には彼が誰かはわからなかった、いつも顔を見る前に目覚めてしまうのだ。
目覚めた時には衝撃的な夢も、朝食を食べる頃には、ベールがかかったように曖昧になっていた。
高校は頑張れば歩ける距離だったが、通学はバスだった。
バスの中での陽子の定位置は、運転手のすぐ後ろだった。
それほど混むバスでもないが、朝の通学時に座ることはあきらめていた。
座席がいっぱいになり、つり革も全部が手で埋まる頃、陽子はバスの一番前から後ろを振り返り、バスに乗っている人たちを見渡すことがあった。
顔かたちはみんな違うのに、何故みんな同じ目をしているのかが理解できなかった。
いつか自分もあんな目になるんだろうかと考えると背筋が凍る思いがした。
第六章 運命の曲がり角
休みの日に観た「ウエストサイド物語」に衝撃を受けた陽子は、自分も「誰かを」演じてみたくなった。
演技が何かもわからないまま「部員募集」と書かれた演劇サークルの募集広告に応募した。
メンバーは現役高校生だが、学校の演劇部の活動には満足していない「はみ出しもの」の集まりだそうだ。
メンバーの秀雄と奈穂美がリーダーのようだ。
陽子は人見知りするたちだが、この二人とは落ち着いて話すことができた・
学校で部活をしていない陽子は、彼らとの活動がとても楽しみだった。
秀雄が言った「夏休みは毎日練習があるよ」
彼の標準語での口調が新鮮だった。
奈穂美も言葉を添えた「女の子は陽子ちゃんいれて3人やし、助かるわ」
奈穂美の大阪弁は親しみやすかった。
陽子は京ことばが大阪弁とはあきらかに違うと思っていた。
しかし、奈穂美の大阪弁は気にならなかった。
メンバーはみんな高校2年生。一年生は陽子だけだった。
「再来週、全員練習があるから、これる?それまでに台本の読み合わせしたテープをおくるね。ラジカセある?」
口早に秀雄が言った。
陽子は小さくうなずき言った「はい、あります。」
高校の入学祝いに父が買ってくれたラジカセは陽子の自慢だった。ラジカセがまだ珍しい頃だった。
「うん、ほんなら明日おくるね・・」奈穂美が微笑みながらいった。
喫茶店で過ごしたのが40分だったのが不思議だった。
もっと長く一緒にいたように感じたからだ
授業時間が延々と続くような長さとは正反対の満ち足りた気分の長さだった
第七章 大丈夫
「大丈夫なの?」と貴志がチャット画面にアップした。
「うん・・・大丈夫・・大丈夫でなくなったら、伝えるね。だから今は大丈夫」
陽子は思った。
「もし、大丈夫じゃなかったら、どうなるんだろう」
チャット画面に「大丈夫だよ」と打つのは簡単だ。
しかし、実際に大丈夫な自分でいるためには、かなりの努力がいる。
努力ではないかもしれない・・
今の自分の生き方を受け入れた「生きるすべ」なのかもしれない。
陽子は、貴志のいない人生を考えられなくなっていた。
貴志の思いが誠実なのも知っている。
苦しいくらい貴志を思っているのに、一緒になれないのもわかっている。
矛盾した運命のシナリオの先を読むことができればと陽子は思った。
チャット画面を見ながら、陽子は25年前の葛藤の日々を思い出していた。
第八章 壊れた現実
20歳で結婚してすぐに子供が生まれた。
年上の当時の夫は、陽子の若さを物足りなく感じていたようだった・・
物書きの夫は家で仕事をしていた。陽子は息子が邪魔をしないように、朝は10時ごろから息子をつれて、散歩をしたり、公園であそんだり・・当時の日課は単調だった。
陽子が公園で元気のない息子が熱をだしたことに気づいたのは、公園の桜がきれいなころだった・・
いそいで家に帰り、夫に知らせるため、書斎のドアを開けたときの驚きを陽子は忘れない・・
裸体の二人の身体は隙間もなく絡まり合っていた。
二人は開いた扉へ目をやった。
部屋の入り口に立った陽子は、周りの時間がとまったように感じた。
編集部の恵子は控えめな人だった。
夫の啓介を担当し始めて一年ほどになり、月に2度ほど家にきていた。
何がおきているかはわかるのに、反応できない・・
怒るべきなのか・・
悲しむべきなのか・・
叫ぶべきなのか・・
夫の言葉で陽子の周りの止まった時間が動き始めた・・
「ちょっと外で待ってて、終わらせるから」
何を終わらせるのだ?
絡み合っている身体の欲求を満足させるために、最後まで終わらせると言っているのか?
身体が凍り付くように感じた・・
そのあと恵子と顔をあわすことはなかった。
陽子は熱をだした息子の世話をしながら、涙が止まらなかった。
幸せとは壊れやすいもので、ちょっとした衝撃や摩擦で一瞬のうちにシャボン玉のように消え去る・・陽子はそれを体感していた
啓介が部屋に入ってきた
「気づいていたんだろ?前から・・」
陽子は自分がまったく気づいていなかったと認めるべきなのか、嘘をついて「気づいていた」と言うべきなのか躊躇した。
啓介は続けた
「他の女に目がいかないようにすればいいんだよ。抱いてやるからこいよ」
恵子の匂いが残る身体で抱かれることをおもうと気分が悪くなった。
しかし、今までも知らなかったとはいえ、恵子を抱いた後に抱かれていたに違いない。
「みじめ」と言う言葉が当てはまるかどうかはわからないが・・
自分を消したくなった・・
陽子には心のモヤモヤを話せる友がいなかった。
息子がいたことだけが彼女の救いだった。
それからの2年は「自分」を消すことで毎日を乗り越えた。
自分の存在は「重要」ではなく、一日一日が終わっていくことだけが重要だった。
夜になり啓介が身体を求めてくると、自分を完全に消し去り、ただ身体を提供した。
啓介は女をよく知っていた。悔しいけれど身体は彼を求めていた。
啓介が恵子の子供を認知したと知ったのは、あの日から一年ほどしてからだった。
陽子にはなんの相談もなかった。
陽子も彼女の話はしたくなかった。
啓介は違う場所で二人目の自分を演じているのだと割り切った。
息子の啓太が3歳になった頃、啓介の「しつけ」と呼ぶ仕置きが度を超すようになった。
何かにつけ、平手打ちや、尻を叩くことが多くなった。
小さな息子の尻に、紫色の痣をみると、胸が張り裂けそうになった。
ある日、啓介に呼ばれた。啓介はいつもの事務的な口調で言った。
「恵子をここに住ませるから。明日からだ・・」
陽子には意味がわからなかった。
「恵子と息子もここで暮らさせる、嫌なら出ていってもいい。行くなら啓太は置いていけ。恵子が育てる。出て行けといっているんじゃない、夜もちゃんと面倒みてやる」
吐き捨てるような言葉には優しさはなかった。
2時間後、陽子は駅のホームにいた。
家からは何も持ち出さなかった。
息子の啓太を裏切った自分が許せなかった。
啓介の呪文にかかったような無力な自分を憎んだ。
行く当てはなかった。
第九章 友
気になる声の持ち主の名前は貴志だった。
彼の声は懐かしく心地よい。
台本の読み合わせに集まったのは陽子を含めて8人。
秀雄と奈穂美以外には面識はなかった。
もちろん気になるのは、貴志だった・・
お昼になるころにはみんなと打ち解け、貴志がもう一人の女性メンバーと仲良くしているのに気づいた。
陽子にはまだ役はなかったが、メンバー達との一体感が心地よかった。
どうやら、秀雄と奈穂美も仲がよさそうだし・・
貴志と仁美も友達以上の雰囲気があった。
あとのメンバーは、輝夫、光一、そして篤史。
休憩中に貴志が話しかけてきた。
「京都の子?」
「はい」
「どの辺?」
「ああ・・・西院の近くです」
「へ〜・・明日、京都のライブハウスに行くけど一緒に行く?」
「えっ?・・あ・・はい・・でも・・」
「仁美と篤史もいくから、河原町の高島屋の前で2時に・・いいかな?」
「はい」
陽子は、たとえ少しでも、二人で行くのかと思ったことが恥ずかしかった。
貴志と同じ空間にいるのが心地よかった・・
第十章 現実の続き
何も持たずに家を飛び出した陽子は、駅のベンチにすわり次の行動を考えた。
もともと反対されて結婚したので、実家にも電話はできない。
両親とは5年以上話をしていなかった。
バッグの中のアドレス帳を取り出すと、結婚してから誰にも連絡していなかった電話番号がなぜか懐かしかった。
陽子が8歳年上の啓介と結婚したのは、友人達にも驚きだったのだ。
啓介と出会った頃、陽子は篤史とつきあっていた。
演劇サークルで知り合った篤史は二浪した後、東京の大学を選んで、関西からはなれていった。
陽子は篤史が東京に行った時、ある意味ホッとした。
当時、嫌ではなかったが篤史の押しのなさがちょっと物足りなかった。
誰にも連絡できないと思いながら、唯一ダイヤルをまわした先は篤史だった。
篤史が何をしているかもわからず、電話番号がまだ同じかもわからなかった。
「もしもし・・」
聞き慣れた声だった。
「篤史君?・・・陽子」
「えっ?・・・陽ちゃん?どうしたん?」
陽子は何も言葉がでてこなかった。
ただ涙が溢れた。
「今どこ?」
篤史の声は優しかった。
「品川・・」
絞り出すように言葉にした。
「会えるよね?」
篤史の声は優しかった
返事はしなかったが、篤史に会いたかった
「新宿の西口覚えてる?待っててね、いくから」
そう言って、篤史は電話をきった。
篤史が東京に行ってから2度ほど、会いに行ったことがあった。
新宿西口・・
十一章 再会
どうやって新宿までたどり着いたかは覚えていない。
陽子は篤史に会いに行くべきかどうかをしばらく考えた。
しかし他に何をしていいかもわからず、切符を買っていた。
新宿の西口を出ると、篤史がいた。
陽子は篤史に「さよなら」も言っていなかった。
啓介とつきあい始めてからは、連絡もしていなかった。
篤史には何を言われても仕方がないと思っていた。
改札で待っていた篤史の心配そうな目が陽子を包んだ。
「どうしたん?何かあったん?」
まるで時間が5年前に戻っていくように感じた。
篤史はあの頃のままだった。
陽子は篤史の胸に顔を押さえつけて泣くことしかできなかった。
「なあ、陽ちゃん・・俺な・・今、奈穂美と一緒に住んでんねん。家にくる?奈穂美も会いいたがってるし」
篤史と奈穂美?
一緒に住んでる?
秀雄は?
様々な思いが一瞬脳裏をよぎったが、どんな状況にせよ自分に会いたいと言ってくれている奈穂美がいるとの言葉に心がつぶれそうになった。
篤史と並んで歩く道はもう日が暮れていた。
秋はすぐそこまできていた。
第十二章 二人の女
見慣れた小さな2階建てのアパートの前で篤史が言った。
「奈穂美、妊娠してるねん・・あと2ヶ月で生まれる」
そう言いながら、一階の部屋のドアを開けた。
奈穂美は陽子の顔を見て泣き出した。
理由はわからなかったが陽子が自分では想像できないような何かを体験しているのだと感じたからだ。
陽子も玄関で泣き崩れた。
篤史は陽子を奥の6畳ほどの部屋に誘った・・
小さなクーハンと、少しの新生児用の寝間着をみつけて、陽子の心は粉々になった。
「啓太はどうしてるだろう・・・」
奈穂美が静かに言った・・
「言いたくなかったら、言わんでもええよ・・」
陽子は奈穂美の言葉に感謝した。
自分でも何を話していいかわからなかったからだ。
奈穂美はインスタントのコーヒーを3人分煎れて、窓のカーテンを閉めた。
篤史と奈穂美が並んで座っているのをみて、陽子は嬉しかった。
こんなにつらいのに・・なぜか嬉しかった。
陽子は二人を見つめて、ゆっくり話し始めた。
啓介と出会った経緯から、みんなと連絡しなくなったことも詫び、結婚、出産、そしてあの日の出来事。
篤史が拳を強く握ったのがわかった。
そして、今日の出来事・・
一時間もかからないうちに、5年間の様々な出来事を陽子は語った。
そして話し終わると、啓太が家でどうしているかが、とても気になった。
「いい子にしていてね・・」
それしか言えなかった・・
子供と離れることのつらさは、きっと母にしかわからないことだろう・・
ただ、離れることの寂しさだけではなく、一緒にいてやれない呵責の念で心が押しつぶされそうだった。・・
「どうして、啓太をつれてこなかったんだろう・・」
陽子はこの思いに後々までも苦しめられることになる。
篤史と奈穂美は何も言わなかった・・
しかし、陽子はそれを感謝した。
どんな言葉も苦しくなるだけだと感じていたからだ。
陽子が話し終えてしばらくしてから、奈穂美が言った
「陽ちゃん・・しばらくここにいてくれる?わたしも話し相手がいたら嬉しいし・・」
奈穂美の心遣いが嬉しかった。しかし、二人の邪魔にはなりたくなかった。
「ありがとう・・とりあえず今夜は泊めてくれる?」
今夜さえ終われば、明日はなんとかなるような気がした・・
第十三章 避難所
「ラーメンでいい?」
電話帳をめくりながら篤史が言った。
「唐揚げと餃子も」
奈穂美が付け加えた。
「陽ちゃんは?何がいい?」
陽子は何も食べたくなかった・・実際食べれないと思った。
奈穂美が煎れてくれたコーヒーにもまだ手をつけていなかった。
躊躇している陽子をみて・・奈穂美が代わりに注文した・・
「陽ちゃんも餃子食べるって・・」
電話で注文を終えて、篤史が言った・・
「俺、こんばんは光一の家に泊まりにいくから、朝また顔だすね」
そう言って篤史は出かけていった。
篤史は自分のせいで、出かけていったに違いないと思い、奈穂美に言った・・
「奈穂美ちゃん、ゴメンね・・・急にこんなことになって・・」
奈穂美は陽子の目をまっすぐにみて言った
「篤史は本当にいい奴やね・・私も陽ちゃんと同じように篤史に電話したんやで・・」
奈穂美が何を言っているのかわからないまま・・陽子は耳を傾けた・・
「秀雄も私も役者になりたくて、東京に出てきたんやけど・・秀雄はねもっと勉強するって言って、ニューヨークに行ってしまったん・・結婚していたわけでも ないから・・行かんといてとはいえへんし・・連れてって・・とも言えへんかった・・秀雄がニューヨークに行くと言い出した頃、妊娠してるって気づいたけ ど、秀雄には言わへんかってん・・っていうか・・言えへんかってん・・やりたいことの邪魔になりたくなかったし・・」
「しばらくは一人でなんとか頑張ったけど・・仕事もでけへんようになって・・2ヶ月前に篤史に拾ってもろたんや・・子供が生まれて、どうしたいか決めるまで面倒みるって、言ってくれたん・・」
陽子の目は涙で一杯になった・・その涙は自分のための涙ではなく・・奈穂美のことを思っての涙だった。今の陽子には奈穂美にかけることばがなかった。
でも、何も言わなくても奈穂美のそばにいるだけで、彼女の痛みがわかった、きっと奈穂美も自分の痛みを感じているんだと、陽子は思った。
食事をしながら、奈穂美は自分の5年間を陽子に話してくれた。
6畳間に布団を二組敷き、横になると奈穂美が言った。
「篤史はね・・台所に布団を敷いて寝てるんやよ・・・こうして二組の布団が敷けるよって言っても・・一度も隣に寝てくれへんねん・・でもね秀雄が認知しなかったら俺が認知するって言ってくれてる・・いい奴やね」
「うん・・」
それしか言葉にならなかった・・陽子は篤史を心から感謝した。
第十四章 時間のいたずら
時間はいろんないたずらをする。
奈穂美は美穂を出産し大阪へ帰っていった。
秀雄は美穂の一才の誕生日に大阪に戻ってきた。
秀雄はカリフォルニアでレストランの経営を始めたところだった。
秀雄が成功するまで邪魔になりたくないと誓い、美穂のことは秀雄には連絡しなかった奈穂美も、美穂が一才になる頃には、秀雄のそばで家庭を築きたいと願うようになっていた。
そして、美穂の一才の誕生日の写真を秀雄に送り全てを話した。
自分がどれほど秀雄を必要としているか、そしてそれ以上に美穂が秀雄を必要としていることを告げた。
秀雄は手紙を受け取ったその日に日本へ戻る飛行機に搭乗していた。
有名になって、奈穂美を養えるようになったらと思っていた自分が馬鹿におもえた。
自分にはもう「家族」があることで心が一杯になった。
自分が日本を出てからの奈穂美の心中を思い、一刻もはやく奈穂美のそばに行きたかった。
数週間して、3人はカリフォルニアへ旅立った。
篤史は親の仕事を継ぐために神戸に戻ることになった。
「陽ちゃん・・一緒に来てくれる?結婚とか面倒なことは言わへんから・・一緒に暮らしてくれる?」
陽子は今も啓介とは夫婦だった。
少なくともそう思っていた。
薄い紙切れに印を押せばすむことだが、啓太との繋がりがまったく途絶えるのはいやだった。
しかし後でわかったことだが・・啓介は勝手に陽子との離婚届をだしていた。
そんな不道理を知った時も、何もできない自分が腹立たしかった。
陽子は篤史についていくことにした。
自分一人で生きていけるほど強くはないと感じていた。
篤史が受け入れてくれるなら、彼のそばにいようとおもった。
神戸に移ってからの25年間は幸せだった。
震災の時もお互いが無事なことをまず確かめ合った。
家も仕事場も失った二人だったが、お互いがいることが重要だったのだ。
陽子が篤史に感じる愛は、燃え立つような愛ではなかったが、篤史なしに生きていけないと感じていた。
第十五章 篤史
貴志と仁美と一緒に出かけたライブハウスで篤史は恋をした。
陽子が来ることは知らなかったし、前日の台本読み合わせでは殆ど話もしなかった。
貴志とは幼なじみで仲がよかった。
貴志と仁美が仲良くしている時に、陽子がそばにいて話し相手になってくれたことが嬉しかった。
篤史は陽子と人生を共にすることになろうとは想像していなかったが、彼女の笑顔が好きだった。
陽子と付き合った数年間は楽しい思い出しかなかった。
喧嘩をしたこともないし、どんなことも話せる相手だった。
二人が結ばれた夜、陽子を一生守りたいと心に誓った篤史だった。
篤史は18歳、陽子は17歳だった。
二浪して篤史が関東の大学を選んだときは、距離が二人の関係に影をさすとは思わなかった。
陽子は2回東京に篤史を尋ねた。
そして、連絡が止まった。
半年後、陽子が年上の男性と結婚したと聞いた時、自分を責めた。
陽子のそばにいなかった自分を責めた。
涙が涸れるほど泣いた。
人生の宝を失ったように思ったのだ。
陽子から連絡はなかった・・しかし、陽子から連絡がないのをある意味感謝していた。
彼女を失望させたと感じていたからだ。
陽子が涙声で連絡してきた時も、自分が陽子を守りきらなかったからだと自分を責めた。
啓介の許せない行動を、陽子から聞いた時も自分が守ってやれなかったのを悔やんだ。
啓介のような奴に陽子が受けた仕打ちを思うと許せなかった。
陽子が自分に電話してきてくれたことが嬉しかった。
陽子が電話してくる、2ヶ月前に奈穂美が同じように涙声で電話してきた。
新宿西口で会った奈穂美はお腹が大きかった。
秀雄がニューヨークにいったこと、秀雄は子供ができたことを知らないこと、奈穂美の思いを聞くうちに自分が助けなければならないと思った。いや・・守らなければならないと思ったのだ。
奈穂美への思いは陽子への思いとは違った。奈穂美はいつか秀雄のもとに行くとわかっていた。それまで彼女を守らなくてはと思ったのだ。
陽子・・
篤史は苦しいほど陽子を愛していた。
陽子が今自分の手の届くところにいることに感謝した。
駅で陽子が顔を押し付けて泣いてきた時、心の中で今度は絶対に陽子を手放さないと誓った。
第十六章 貴志
ライブハウスで仁美と手をつなぎ、肩を寄せ合い、貴志は幸せな気分だった。
篤史は陽子と仲良くやっているようだ。
陽子を誘ってよかったと思った。
その反面、篤史が陽子を笑わせたり、陽子の隣に座っているのが少々羨ましかった。
「不思議な子だ・・どこかで会ったことがあるような気がするなあ・・」
貴志は陽子を初めて見たときからそう感じていた。
陽子の笑顔が何故か懐かしかった。
仁美とつきあい始めて4ヶ月が過ぎていた。
口数の少ない仁美だが、音楽のことを話し始めると堰を切ったように話し始める・・
貴志はそんな仁美を可愛いと思ったのだ・・
貴志は音楽はよく知らなかった。
しかし映画のことなら誰よりも話せると自負していた。
仁美に誘われたライブハウスだったが、音楽好きの篤史を誘ったのは、話がうまくつながるようにだった。
篤史も音楽についてはかなり詳しかった。
ライブハウスの帰りによった喫茶店で、篤史は仁美とライブで聴いた音楽の話をし始めた。
貴志はテーブル越しに陽子に話しかけてみた。
「陽子ちゃんは音楽好きなん?」
陽子はちょっと驚いたように見えたが、貴志を見つめて言った
「歌謡曲を少し聴くくらいです。映画の方が好きです」
「へ〜・・僕も映画好きなんや!」
篤史と仁美が音楽を語り合い、貴志と陽子は映画を語った。
貴志はこの日のことを忘れたことがなかった。
陽子と何か特別な絆で結ばれているように感じたからだ。
仁美は好きだったが、陽子が気になって仕方がなかった。
時折、隣に座っている篤史の手が陽子に触れるのが、とても気になった。
第十七章 恋心
陽子は心臓が止まったように感じた。
ライブハウスの帰りに寄った喫茶店で、貴志が話しかけてきたのだ。
「陽子ちゃんは音楽すきなん?」
音楽が好きだと言って、貴志に気に入ってもらおうかと思ったが、素直に音楽はあまりしらないと答え、本当は映画が好きなんだと伝えた。
驚いたことに貴志も映画が好きだと言った。
彼の言葉は心地よかった。
恋に落ちるとはこの状況を言うのだろう。
貴志の言葉を一言一言、手のひらにとり、ほおずりしたい気持ちだった。
貴志に見つめられると言葉が出てこない。
陽子は貴志と何かの絆で結ばれているように感じた。
貴志が仁美を見つめると、自分も同じようにみてほしかった・・
貴志が仁美の肩に手をやると、自分にも同じようにしてほしかった・・
貴志と仁美は悔しいくらいお似合いだった。
仁美は優しく、音楽を語っている彼女はキラキラ輝いていた。
陽子はどこかで、自分の入る隙はないなあ・・と感じていた。
第十八章 みえない顔
「こっちにおいで・・」
言われるままに彼の腕の中に引き込まれた。
唇をあわせると愛おしさで胸がつぶれそうになった。
「愛してるよ」
その声は数えきれないほど聞いた懐かしい声だった。
「これも夢なんだ」
陽子は夢の中で、自分がまた夢を見ているんだと思っていた。
そして、夢の中で彼の顔を見るときが最後の夢なのではとも感じていた。
陽子は幼い頃から同じ人の夢を見ていた。
顔はみたことがなく、彼だとわかるのは「声」だけだった。
夢の中で顔はみたことがないが、彼が誰かはわかっていた・・
その声の主は、幼い頃から彼女と一緒にいた。
篤史と25年過ごした今も、彼の夢を見て目覚めると鼓動がたかなり、枕を抱きしめてしまうのだ。
夢の人物に恋しているとは・・
陽子は夢の人物が運命の人だと感じていた。
それは説明のできない感情だった。
夢の中では彼と暮らしているのではとも感じていた。
夢と呼ぶにはあまりにもリアルなのだ。
夢ではなく、違った空間で一緒に暮らしている人なのではと思うことも度々あった。
陽子はあることに気づいていていた。
夢をまったくみない時期があるのだ。
平穏なときというか・・人生の波が穏やかな時は夢をみないのだ。
反対に、人生の波が荒いとき、度々夢を見た。
夢と同時に、デージャブも起こった。夢が多くなると、デージャブも多くなるのだ。
半世紀の人生を過ごした最近・・
陽子は毎日夢を見ていた。
彼の夢だけではなく、とにかく夢をよく見た。
第十九章 消えた宝物
貴志は陽子が結婚したと聞いた時、手を伸ばして届きそうな宝物が、目の前で消えたような気になった。
陽子に思いを伝えたことはなかった。
仁美と別れてから数人の女性と付き合ったが、陽子のことが忘れられず誰ともうまくいかなかった。
仁美は光一と付き合っていると聞いた。
篤史が関東の大学に行くと聞いたとき、陽子のことが気になった。
「陽ちゃんはどうするんだろう?・・」
篤史が東京にいった数ヶ月後、貴志は陽子に電話した。
ダメ元で気持ちを打ち明けようと思ったのだ。
陽子とは話せなかった。
外出中だった。
その夜、陽子の家へ行った。
陽子に打ち明けないと心が爆発しそうに感じたからだ。
駅からの路地で見つけた後ろ姿で陽子とわかった人は、見知らぬ男性と一緒だった。
二人は、手をつなぎ身体をピタリとあわせて歩いていた。
貴志は目の前に止まっているバスに乗り遅れた時に感じるような、脱力感を感じていた。
陽子はすぐそこにいた。
しかし手の届かないところだった。
数ヶ月後、貴志はハワイへ行った。
大学を休学して叔父の経営するサーフショップで働くことにしたのだ。
出来るだけ遠くに行きたかった・・・
第二十章 真実
篤史と暮らし始めて2年が過ぎた頃、ハワイから手紙が届いた。
それが貴志だと知ったとき、自分の目を疑った。
貴志が自分に手紙をくれたことは一度もなかったし、貴志が自分に手紙を書く理由などないと思ったからだ。
丁寧な字で書かれた2ページの手紙には、貴志のハワイでの生活が書かれていた、そして現地の女性と結婚することになったと書かれていた。
陽子は貴志が幸せに暮らしていることを知って嬉しかった。
とても大切な人だったからだ。
そして、最後に3行で書かれていた言葉に目を疑った。
「陽ちゃん、初めて会った時から君が好きでした。君に出会えたことは僕の人生の宝でした。手の届かない宝でした。この思いを伝えずに他の人と暮らしていくことはできません。篤史と幸せに生きてください。もう誰にも傷つけられないでください。貴志」
貴志・・陽子が心から愛していた人。
貴志も自分を愛してくれていた。
今となっては、その思いをただ心に閉じ込めるしかなかった。
陽子には篤史がいて、貴志にも愛する人がいる。
出口のない袋小路に閉じ込められたような、どうすることもできない気持ちを押し込めた。
心が張り裂けるおもいで手紙は捨てた。
手元に置いておくことはできなかった。
篤史には見せたくなかった、彼を傷つけたくなかった。
貴志の手紙がとどいてから数週間して、貴志の結婚式の招待状がとどいた。
日本で挙式をするということだった。
篤史は出席に○をつけて、返信していたが、陽子は貴志と目を合わせることが出来ないと感じていた。
二十一章 現実
貴志のお嫁さんは可愛い人だった。まったく日本語はできないようだが、貴志に寄りそう姿から、貴志を愛していることがわかった。
出席しないつもりだった結婚式だが、篤史に促され出席した陽子だった。
新郎新婦の入場・・・
貴志と目があった。
陽子は部屋の空気を全部身体で感じているような、やるせない気持ちになった。
篤史の手を握りこの時間が早くすぎることを願った。
貴志はすぐそこにいる・・手の届くところだが、とても遠いところにいる。
披露宴の人ごみの中で、陽子を見つけた貴志が近寄ってきた。
陽子は貴志を見つめることが出来なかった。
貴志は陽子のすぐそばに立ち言った。
「陽ちゃん・・あんな手紙書いてゴメンな・・でも、どうしても伝えたかったんや」
うつむいてその声を聞いたときの衝撃を陽子は忘れることができない。
夢なのではと思った。
その声はまさに「あの人」の声だった。
「篤史も知ってる?」
貴志の質問が、篤史もあの手紙を読んだのかということだと気づき、陽子は小さく首を横に振った。
「陽ちゃん・・二人だけの思いでにしていい?二人だけが知ってる思い出にしてもいい?」
陽子は首を小さく縦にふった・・・
「私もあなたを愛していた・・あなたが夢の中に出てくる運命の人だと思う」とは言えなかった・・・
貴志の奥さん・・クリスティーナがそばにやってきた。
貴志は彼女を紹介してくれた。
「この人が、私の夢を手に入れたんだ・・」と心の中で言ってみた・・
篤史と帰る道、陽子は篤史の手を強く握った。
篤史を心から感謝した。
時間のいたずらを感じながら。
篤史と幸せになると心の中で誓った。
しかし、貴志を忘れることはできなかった。
第二十二章 時間の狭間
チャット画面の向こうには貴志がいる。
一度は諦めた「夢」の人がチャット画面の向こうにいる。
「今も陽ちゃんを愛してる」
その言葉には嘘はなかった
貴志の言葉を一つ一つ手に取り、ほおずりしたかった。
「わたしも・・」
陽子がインターネットを使い始めたのは数年前に遡る。
篤史と二人で経営する楽器店の商品をネット販売することになったのだ。
ソーシャルネットワークと言う言葉がまだ新鮮に聞こえる頃だった。
ある日フェースブックに友達申請が届いた。
申請主は貴志だった。
篤史と貴志は連絡をとりあっていた・・
海外での楽器の買い付けを貴志に助けてもらっていたのだ。
陽子も数回、貴志からの電話を受けたことがあった。
その声を聴くと夢の続きなのではと思った・・
貴志を忘れたことはなかった。
陽子は承認ボタンを押すのを躊躇した・・
そのクリックが新しい扉を開けるのではと思った・
そして・・・
時間の狭間に生きる二人の時間が動き出した。
つづく・・・