第9話 ステラの体調異変
この話を飛び越してアップしてました。
すいません。。
あれから私は、ステラさんの腰に毎日そっと添えられるという、石としてはちょっと信じられないくらい丁重な扱いを受けながら、静かで、どこか満ち足りた日々を過ごしている。
……いや、正確には「過ごしていた」と言った方がいいのかもしれない。
私が彼女の腰の下に収まるようになってから数日。あれほど辛そうだった痛みは、目に見えて和らいでいったらしく、この村で何人もの赤ん坊を取り上げてきたという、いわば経験だけはやたら豊富な“自称産婆”のお婆さんが、毎日のように様子を見に来るようになった。
免許? そんなものはない。ただ場数と勘で生きてきた、いかにもこの土地らしい逞しさを持った人だ。
そのお婆さんが言うには、「寝てばかりやと体が固まる。少しでもええ、動きなさい」。
その一言で、ステラさんはベッドから離れる時間が増えた。
……つまり。
私と彼女がぴったり寄り添う時間は、少しずつ減っていった。
正直、ちょっと……いや、かなり寂しい。
あの、じんわりと伝わる体温。優しく押されるあの感覚。柔らかさと、安心する匂いに包まれる時間。
石のくせに何を言っているのかと思うけれど、あれは間違いなく、私の石生の中でも指折りの“幸せな時間”だったと思う。
けれど。
今の毎日も、決して悪くはない。
散歩に出るとき、ステラさんは私を手に取って、きゅっと握ってくれる。
指の間から伝わるぬくもり。歩くたびに揺れる感覚。時折、無意識に撫でられる表面。
……うん、これはこれで、すごくいい。
むしろ、どちらがいいかなんて、選べないくらいには。
気がつけば、この領に来てからの私の“持ち主”は、完全に彼女へと移っていた。
ある日、ステラさんは少し得意げに言った。
「《《私のこの石》》、やっぱり何かあるのかもしれないわ」
……“私の”。
その言葉に、なぜか胸の奥――いや、石の芯が、ほんの少しだけくすぐったくなる。
「いつ触っても、ほんのり温かいの。冷たい部屋に置いても、全然冷えないし……それに、この子をそばに置くようになってから、体調もずっといいのよ」
無邪気な口調だった。
けれど、そこには確かな信頼が混じっている。
アバルトは苦笑するだけで、何も言わない。
否定もしないし、訂正もしない。
……ああ、もうこれは確定だ。
私は、この人のものだ。
そして――それが、少しだけ嬉しいと思っている自分がいる。
本名はステランティス。でも皆は「ステラ」と呼ぶ。
なら、私も心の中ではそう呼ぼう。
声には出せないけれど。
石だから。
やがて、出産の時期が近づいてくる。
もし私が人間で、医者だったなら、何かしてあげられたのだろうか――そんな考えがふと浮かぶ。
けれど現実の私は石だ。
できることは限られている。
それでも、彼女のそばにいることはできる。
それだけで、意味はあると信じたい。
そんな穏やかな日々の中で、ある日、空気がふと変わった。
「……お腹が、張ってきたわ」
昼下がり。
その言葉は静かだったけれど、重みが違った。
私はそのとき、彼女の手の中にいた。
いつもより、強く握られている。
少し湿った手のひら。伝わる緊張。わずかな震え。
呼吸が浅くなっていくのが分かる。
「……痛い」
短いその一言に、空気が一気に張り詰めた。
アバルトの気配が変わる。
普段は穏やかな彼が、明らかに動揺している。
ラルディがすぐに動き、お婆さんを呼びに走る。
部屋の中は慌ただしくなる。
湯を沸かし、布を用意し、指示が飛び交う。
そして――
「ご主人様は外でお待ちください」
その一言で、アバルトはあっさりと外へ追い出された。
扉の向こうで、落ち着きなく動き回る気配。
何もできない焦り。
……うん、ちょっとだけ分かる。
一方で、私は。
――しっかりと、ステラの手の中にいる。
強く、離さないように握られている。
熱。汗。震え。
私は何もできない。
声も出せないし、動くこともできない。
でも――ここにいる。
この瞬間、この一番大事な時に、彼女のそばにいる。
……正直に言えば。
外で右往左往しているアバルトより、ほんの少しだけ役に立っている気がする。
いや、たぶん気のせいだけど。
でも、そう思ってしまうくらいには――
私は、この人のことを大事に思っている。
二ヶ月近く、ずっと一緒にいたのだから。
情が移らない方がおかしい。
赤ちゃんが男の子でも、女の子でもいい。
とにかく、無事に生まれてきてほしい。
そんなことを願っている自分に、少しだけ驚きながら、
私は、ステラの手の中で静かに耐えていた。
――石なのに。
――まるで、母親みたいな気持ちになるなんて。
本当に。
石生って、何が起きるか分からない。




