表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私、 転生して路傍の石になっちゃいました。 ~石から始まる、底辺騎士爵の娘の受動的英雄譚。なぜか放っておいてもらえません~  作者: 大童好嬉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/26

第8話 妻ステランティス(ステラ)

カルロとラルディにアバルトが聞いた。

「ステラ(ステランティス)の容態はどうだい?」

カルロは穏やかに答える。

「安定しております。今は八ヶ月目ですな。あと二ヶ月もすれば、いよいよでしょう」

そう、ステランティスは身重だった。


このところは極力軽い運動をしようとはしているのだが、寝床で過ごす時間が多く、外に出ることもほとんどない。

「今回の兵役の遠征はいかがでしたかな」

「無事だ。誰も怪我はしていない」

その一言で、カルロは目を細めた。

「それは、ようございました」

ラルディも静かに頷く。


それからアバルトは簡単に身支度を整え、妻の寝室へと向かった。

扉を開けると、室内には柔らかな光が満ちていた。

窓際の寝台に、ステランティスが横になっている。

「……お帰りなさい」

微笑みはあるが、表情はどこか険しい。

「どうした?」

そう問うと、ステランティスは腰に手を当て、小さく息を吐いた。

「腰が……夜、ほとんど眠れなくて」

ラルディが補足する。

「痛みのせいで食も細くなっております」

ステランティスは少し恥ずかしそうに続けた。

「拳を作って腰に当てると楽になるのだけれど……長く続けると、腕も手も辛くて。木だと硬すぎるし、布は柔らかすぎて、どうにもならないのよ」


その言葉を聞いた瞬間、アバルトは思い出した。

アバルトは無言のまま、上着の胸元に手を入れた。布越しに指先が触れ、やがて私は外の空気に引き出される。

薄暗い寝室の灯りの中、私は彼の掌に乗せられた。

「実はな」

声を低くし、どこか照れたように、しかし誤魔化すこともせずにアバルトは言った。

「今回の討伐で、褒賞としてもらったものだ」


一拍、間が空く。

彼は言葉を探すように私を見下ろし、少しだけ視線を逸らしてから続けた。

「……他にも、小さな宝石や、いかにも値の付きそうな品はあったんだ」

「だがな。なぜか、この石に惹かれてしまってな」

差し出された私を、ステランティスはゆっくりと見た。


大きなお腹をかばうように上体を起こし、眉を寄せ、半信半疑のまま視線を落とす。

「……石、ですか?」

その声には、困惑と、ほんの少しの戸惑い。

「そうだ。見ての通り、ただの石だ」


アバルトは肩をすくめる。

「だが、これのおかげでな。帰る途中、命が助かった」

彼の掌の上で、私はじっとしている。

ステランティスはしばらく黙って私を見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。

「まあ……本当に、不思議なことをおっしゃるのね」

「試しに、だ、腰に当ててみないか」

その声は穏やかで、押しつけるものではなかった。


ステランティスは一瞬迷い、それから私と夫の顔を交互に見て、小さく頷く。

そして、そっと――私を腰の下へと滑り込ませた。

「……っ」

一瞬、息が詰まる。


――あ。

触れられた。

じんわりと、温かい。

柔らかくて、包み込まれるような感触。

これまで感じたことのない“ぬくもり”が、ゆっくりと全体に広がっていく。


「……楽ですわ」

「本当か?」

「ええ。不思議ね。ほんのり温かいし、痛みが和らぐわ。それに石なのに……木よりも優しい感じがするの」

ステランティスは微笑み、アバルトを見る。

「あなた。この石、とても良い贈り物ですわ。今の私には、どんな宝石よりも嬉しい」

アバルトは、ほっとしたように息を吐いた。


その間も、私は――

彼女の体温の中にいた。

……どうしよう。

ちょっと、落ち着かない。

いや、嫌じゃない。むしろ――

安心する。

柔らかくて、あたたかくて、規則的にわずかに揺れていて。

まるで、誰かの“中に守られている”みたいな感覚。

……こんなの、初めてだ。


ほんの少しだけ、戸惑う。

だって、相手は知らない女性で。

しかも、こんなふうに密着するなんて――

普通なら、ありえない距離で。


……でも。

不思議と、嫌じゃない。

それどころか。

ここにいていい、と言われている気がする。

さっきまでのポケットとは、まるで違う。

あそこはただの“物”だった。


でも今は――

誰かの役に立っている。

ちゃんと、ここにいていい理由がある。

そのことが、少しだけ嬉しかった。

ふと、思い出す。

さっき見えた彼女の顔。

柔らかくて、穏やかで、綺麗で。


……ああ。

この人に使われるなら。

悪くない、かも。


そう思いながら、私は静かに、その彼女の痛みを受け止めていた。


それは――


「ただの石」だった私が、ほんの少しだけ、“誰かのための存在”に変わった瞬間だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ