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私、 転生して路傍の石になっちゃいました。 ~石から始まる、底辺騎士爵の娘の受動的英雄譚。なぜか放っておいてもらえません~  作者: 大童好嬉


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第7話 ベルリネッタ領 ボクサー村

領へ漸く帰ったアバルト達は、やがて見慣れた門をくぐった。

門といっても、防塁と呼ぶには心許ない、太い丸太を組んだだけの簡素なものだ。

長年の風雨に晒されて灰色にくすみ、節の浮いた木肌には細かな割れが走っている。

それでも、この領にとっては確かな“境界”であり、外と内を分ける象徴だった。


見張りに立っていた従者の一人が、アバルトの姿に気づいて顔をほころばせる。

「アバルト様! ご無事でのご帰還、お疲れ様でした!」

軽く手を上げて応じながら、アバルトは馬上から問いかけた。

「留守中、何か変わったことは?」

従者は少し考え、それから肩をすくめて笑う。

「特に何も。ああ、隣家のディグニティの爺さんが川に落ちて風邪を引いたくらいです」

その答えに、アバルトは小さく息を吐いた。


何事もない。それが一番だ。

ボクサー村。

ベルリネッタ領の中では一応“領都”と呼ばれているが、実態は小さな寒村に過ぎない。

家々は低く、屋根は板張りか藁葺き。石積みの基礎すら持たない家も珍しくなく、壁は土と木で簡素に固められている。村の中央を貫く道は舗装されておらず、踏み固められた土がそのまま続いていた。


この村の人口は百にも満たない。

商店は一軒だけ。ほかに村が二つあるとはいえ、領全体を合わせても二百人に届かないだろう。

山と岩場が多く、魔物も徘徊し、平地はわずか。畑は痩せ、農作物は育ちにくい。作物を作るよりも石を切り出し、月に一度訪れる商人に売る方がまだ利益になるほどだ。


もっとも、その石も多くは小麦と交換され、金銭が村で使われる機会は少ない。ここでは今も、物々交換が当たり前のように残っている。

不作は珍しくなく、冬を越せず命を落とす者も出る。それが、この領の日常だった。

門を抜けると、村人たちが次々に気づき、にこやかに頭を下げてくる。

「ああ……ようやく帰ってきたな」

思わず漏れたその呟きは、言葉よりも先に空気となって伝わったらしい。村人たちの表情が、さらに和らいだ。


アバルトは馬を降り、従者たちと共に手を上げて応じる。

「無事に戻った。皆、留守を守ってくれてありがとう」

街の中心の広場でそう領民に告げてから、今回の兵役に同行した従者たちに褒賞を分け与えた。

辺境伯から支給された小麦と、わずかな金。


一人ひとりがそれを受け取る手つきは慎重で、まるで壊れ物でも扱うかのようだった。

「これで、しばらくは持つな」

「子どもに食わせられる」

小さな声が漏れ、顔には安堵の色が浮かぶ。

解散の合図とともに、従者たちはそれぞれの家へと散っていった。

待っているのは決して豊かな暮らしではない。それでも、家族のいる場所だ。

その足取りは、どこか軽かった。


背中を見送りながら、アバルトは静かに息を吐く。

今回も、戦死者は出なかった。

それだけで、十分だった。

胸の奥に溜まっていた重みが、ゆっくりとほどけていく。

その気配は、胸ポケットの中にいる私にも、はっきりと伝わってきた。


揺れ、というよりは、鼓動。

規則正しくて、少しだけ軽くなったリズム。

――ああ、この人、今すごく安心してるんだ。

私はそれを、なんとなく理解する。


正直なところ、村の様子を見てみたかった。

どんな場所なのか、どんな人たちがいるのか。

でも、胸ポケットの中からでは、空も建物も、人の顔も見えない。

見えるのは、布越しの暗さと、時々触れる指先の感触だけ。

それでも、不思議と嫌じゃなかった。


むしろ――

ちょっと、安心する。

ここが、この人の帰る場所で。

そして、たぶん、私もここにいることになる。

そう思うと、石の芯のあたりが、ほんの少しだけ浮き立った。

……なんだろう、この感じ。

期待、ってやつかもしれない。


――この村で、私、どうなるんだろう。

ふと、不安もよぎる。

……いきなり捨てられたりしないよね?

ほら、奥さんとかに見せて、

「なにこれ? いらないわよ、こんなの」

とか言われて、そのままぽいっと――

……いやいやいや、それはちょっと待って。

それは普通に傷つく。

いや石だけど。

でも気持ちはあるし。

もし手があったら、こう……ちゃんと抗議する。たぶん。


静かに、でも全力で。

そんな取り留めのないことを考えているうちに、アバルトは領館の庭へと足を踏み入れていた。

この小さな我が家に、戻ってきたのだ。


普通の貴族であれば、屋敷の脇に建てる倉庫の方がまだ立派だと思うかもしれない。

石積みの基礎に、木造二階建て。

外壁は何度も塗り直されているが、ところどころに年月の跡が残る。装飾はなく、威圧感もない。

「住むための家」であり、「治めるための城」ではない――そんな佇まいだった。


それでも、ここが――

アバルトの帰る場所であり、これから私が身を置く場所なのだ。

門をくぐっても、妻の姿は見えない。

代わりに現れたのは、父の代から仕えている執事のカルロと、その妻であり侍女のラルディ。二人の後ろには、交代で館の手伝いに来ている村民の妻たちの姿もあった。


「お帰りなさいませ、アバルト様」

深く頭を下げる二人に、アバルトは静かに頷き返した。

その動きに合わせて、胸ポケットの中の私は、ほんのわずかに揺れる。


――ああ。


帰ってきたんだ。

ちゃんと、“帰る場所”に。

それが、なぜか少しだけ――

嬉しかった。

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