第5話 辺境の騎士爵
そして、ぽっくら、ぽっくらと揺られながら、その「これといった特徴のない、驚くほど地味で、大人しそうな男」は旅立った。
もちろん、私(石)はその人のポケットの中だ。
それほど小さいわけでもない私が、不思議とすんなり収まっている。
ポケットに優しい形状でもしているのだろうか。
自分では分からない。
――いざとなったら、敵に投げつける用なのか?
そんなことを考えたが、どう見ても投石向きの形はしていない。
というか、もう少しこう、角張ってるとか、重心がどうとか、あるはずだ。
私はどちらかというと――手のひらに収めて、撫でる用だと思う。
……いや、それはそれでどうなんだろう。
話は少し戻るが、泊まっていた兵士の宿舎で、いくつか分かったことがある。
そこは、どこかの辺境伯領の軍の宿舎。
年に一度、一ヶ月ほど、この辺境伯の寄子たちは軍役に就く義務があるらしい。
爵位と領民の人数の割合によって何人かがこの辺境伯軍の兵役につくのだ。
金持ちの貴族の場合は兵役分の金を納めれば免除されるようだ。
しかしこの人の領はそれほど豊かではないらしく、毎年兵役で来るという。
ただし、盗賊退治や何か戦功があった場合には褒賞がもらえるそうだ。
他に兵役が終わるとその参加人数によって、穀物や金も、もらえる仕組みにはなっているらしい。
当然、この辺境伯の派閥に入っていると、いざという時には互いに軍を出し合う。
魔物の群れだの、他派閥だの、他国から攻められたり、そういう時のための約束事があるらしい。
あ、あと大事なのが婚姻も。貴族というのは柵や結びつきが重要で、この派閥が結構重要になるらしい。
会話をダンボ耳で拾っていると、この地味な男の名前が判明した。
アバルト・フォン・ベルリネッタ。
辺境伯の寄子で、そのまた最果ての地の騎士爵。
聞いただけで、地味が服を着て歩いているような肩書きだ。
ベルリネッタ領からの兵役は五人。
討伐の戦利品として、石ひとつ(私)と、褒賞銀貨三枚。
それとは別に、兵役の対価として、兵士一人につき幾ばくかの金と小麦が支払われるらしい。
そして明日で、ベルリネッタ家の兵役は終了。
この宿舎から一週間ほどで、領地に戻れるという。
準備をしているアバルトと五人の兵士たちは、隠そうとしても隠しきれない嬉しさが、顔から滲み出ていた。
そこへ、ベルリネッタ領の従士長――
パナール・フォン・シトロエンが声をかける。
「アバルト様、戦利品に、なぜ宝石ではなく、そんなヘンテコな石を?」
……ヘンテコ。
アバルトは少し困った顔をした。
言葉を探しながら、ぽつぽつと答える。
「直感、かな、あれだけ綺麗な宝石の中に、こんな平凡な石が混じっていると……嫌でも目につくだろう?」
それは、まあ、分かる。
「それに、この石……なんとなく俺みたいでな。そう思ったら、自然と手が伸びていた」
完全に飛び火した。
私に似ている=地味、という構図が、ここに確定した瞬間だった。
……いや、分かるけど。
分かるけど、ちょっとだけ複雑。
さらにアバルトは続ける。
「一見、普通なんだ。でも、他の石と、なんか違う気がする。生きているとは言わないが……妙に、気になる」
パナールは私を受け取り、しげしげと眺める。
その視線に晒されながら、私の中で、なにかが、ほんのわずか揺れた。
見られている、という感覚。
値踏みされるのとは違う、もう少し柔らかい視線。
……なんだろう。
少しだけ、落ち着かない。
従士長は首を傾げる。
「奥様のステランティス様が、怒りませんかね。こんな石っころを持って帰ったら」
その瞬間、アバルトは、完全に黙った。
……うん。
それは、そうだ。
貴族の奥方なら、赤や青の宝石を差し出されたほうが、笑顔になるだろう。
私を渡されたら――
せいぜい、困った顔をするか、
「……これ、何?」と聞かれるのが関の山だ。
私(石)は、ポケットの中に戻された。
そこで静かに思う。
まあ、いい。
キラキラしていないのは、今に始まったことじゃない。
でも、この地味な男が、「気になる」と言った。
それに、あのとき。
撫でられた感触が、まだ少し残っている気がする。
……不思議だ。
ただの石なのに。
それだけで、少しだけ、この先が楽しみになった。
――まだ誰も知らない。
この、何の変哲もない石と、何の特徴もない騎士爵が、これから、とんでもない方向へ転がっていくことを。




