第27話 永遠の眠り
光が収まったあとの部屋は、まるで嵐の後のように静まり返っていた。
先ほどまで満ちていた奔流の気配は嘘のように消え、残されたのは、わずかに揺れる暖炉の火と、荒い呼吸を抑えきれない人々の気配だけだった。
寝台の上で、アルフィは静かに横たわっている。
先ほどまで確かにそこにあった、あの異様な灰色の硬質は、もはや見当たらなかった。
指先は人の色を取り戻し、頬にはかすかな血の気が差している。
まだ完全ではない。だが、それでも――確かに「戻ってきている」と分かる変化だった。
ステラは息をすることすら忘れたように、その顔を見つめていた。
触れれば消えてしまうのではないかと恐れるように、指先だけでそっと頬に触れる。
柔らかい。さきほどまでの冷たい石の感触ではない。
「……あたたかい……」
掠れた声が、ようやく現実を捉える。
アバルトはその隣で、静かに息を吐いた。握りしめていた拳が、ゆっくりとほどける。
ただ一人の人間としての疲労が、その肩に落ちた。
「……戻ったのか」
確かめるような言葉だった。
カルロは一歩後ろで深く頭を下げ、ラルディは口元を押さえたまま涙をこぼしている。
パナールは扉の側に立ち尽くし、ただ黙ってその光景を見守っていた。
誰も、すぐには動けなかった。
その時、ステラの手の中にあった石が、かすかに指から滑り落ちた。
コト、と小さな音が床に響く。
彼女ははっとして拾い上げる。だが、その瞬間、表情が変わった。
「……冷たい……」
それはもう、あの不思議な温もりを持っていなかった。
握っても、何も返ってこない。ただの石。どこにでもある、無機質な塊。
先ほどまで確かにそこにあった「何か」が、完全に消えている。
ステラはそれを両手で包み込み、胸に抱き寄せた。
「……ありがとう……」
小さな声だった。
だが、その言葉は確かに、その場に残されたものへと向けられていた。
アバルトもまた、静かにその石へ手を伸ばし、触れる。しばし黙したあと、低く呟いた。
「……役目を終えたのだな」
否定も肯定もない。ただ事実を受け止めるような声音だった。
再び、沈黙が落ちる。
だがそれは、先ほどまでの絶望の重さではない。
どこか、静かに満ちていくような、終わりと始まりが混ざり合った沈黙だった。
その時――
アルフィの指が、かすかに動いた。
ほんの、わずか。
だが確かに、意思を持った動きだった。
ステラの息が止まる。
「……アルフィ?」
震える声で呼びかける。
まぶたが、ゆっくりと震えた。
重いものを押し上げるように、少しずつ、少しずつ開かれていく。
光を受けた瞳は、まだ焦点が定まらない。それでも――確かにそこには「意識」があった。
呼吸が一度、浅く乱れる。
そして、かすかな声が漏れる。
「……おかあ……さん……」
途切れ途切れの、小さな声。
だがそれは、生きている者の声だった。
ステラは崩れるようにベッドへ身を寄せ、両手でその顔を包み込む。
「ここにいるわ……ここにいる……!」
涙が止まらない。
アバルトは目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。
その目の奥にあった張り詰めたものが、ようやく解けていく。
窓の外では、灰色だった空が少しずつ色を取り戻し始めていた。
石雪に覆われた世界の上に、淡い朝の光が差し込む。
長い夜が、終わろうとしていた。
ふぅ、、よかった。。




