第26話 石化
部屋の空気は、凍りついたまま動かなかった。
暖炉の火がかすかに揺れ、その音だけが、現実がまだ続いていることを知らせている。
だが寝台の上にあるものは、もはや「眠っている子供」ではなかった。
灰色の光を鈍く返す、小さな像にも見えそうだった。
指先から顔に至るまで、完全に硬質化したその姿は、どれほど見慣れた輪郭であっても、触れれば崩れてしまいそうな異質さを孕んでいる。
ステラはその場に崩れ落ち、石となったアルフィに縋りついていた。
声はもはや言葉にならず、ただ喉の奥から途切れ途切れに溢れる嗚咽だけが続く。
指先で頬をなぞる。その頬は、もう温もりを返さない。それでも、何度も、何度も撫でる。
それを見ていたアバルトは動かなかった。
拳を握りしめたまま、ただ立っている。
視線はアルフィに向けられているが、その奥には別の何かを見ているようでもあった。
領主としてではなく、父としてでもなく――何かを測るような、抑えきれない思考が沈殿している。
カルロもラルディも、言葉を失っていた。
誰も、この状況に対する正しい振る舞いを持っていない。
ただ、その場に立ち尽くすしかなかった。
その時。
ステラの手の中の石が、かすかに震えた。
最初は、誰も気づかなかった。
ただ、泣き崩れる彼女の手の中で、わずかに、確かに動いた。
次の瞬間、それはよりはっきりとした左右に揺れて、それが振動へと変わる。
コツ、と。
硬い音が鳴る。
ステラが、はっと顔を上げた。
「……?」
石を見つめる。
両手で包み込んでいたそれが、まるで内側から押し上げられるように、微かに跳ねた。
アバルトの視線が鋭くなる。
「……それは」
次の瞬間。
石が、明確に――動いた。
左右ではない。転がるのでもない。
まるで、何かを指し示すように。
ステラの手の中で、ゆっくりと向きを変え、そして――
寝台の上。
アルフィの胸の位置を、真っ直ぐに向いた。
空気が張り詰める。
誰も動かない。
石は、さらに震えた。
先ほどとは違う。今度は、明確な「意志」を伴った震えだった。
まるで、急かすように、訴えかけるように。
――まだだ。
言葉ではない。だが、その場にいる全員が、同じものを感じた。
終わっていない。
アバルトが、ゆっくりと口を開く。
「……ステラ」
その声は低く、しかし確信を帯びていた。
「その石を……アルフィに」
ステラは一瞬だけ躊躇う。だが次の瞬間、強く頷いた。
涙で濡れた顔のまま、石を握りしめる。
「お願い……」
震える手で、石を差し出す。
そして――
アルフィの胸へと、そっと触れさせた。
その瞬間。
静寂が、弾けた。
石が、強く光を帯びる。
灰色ではない。淡く、しかし確かな輝き。暖炉の火とも、朝の光とも違う、内側から滲み出るような光だった。
部屋の影が揺れる。
空気が、震える。
そして――
石化したはずの体の奥で、何かが、微かに脈打った。
しばし、、、




