第24話 アルフィを探しに02
――私は、机の上に置かれていた。石だから。
暖炉の火は弱く、部屋の中には夜の疲労と沈黙が重く沈んでいる。
燃え尽きかけた薪は赤い熾火だけを残し、ときおり小さくはぜる。
窓の外はまだ完全な朝ではなく、灰色の空がゆっくりと夜を押しのけている途中だった。
……もう、いい。
ここまで来て、黙っている理由なんてない。
私は、そう思った。
机の上で、意識を集中させる。
石が動くなど、本来あり得ない。だが、ほんのわずかでも重心をずらせば――落ちる。
落ちさえすれば、気づかれる。
ぎり、と内側に力を込める。
長い間ただの石として在り続けたこの身体は、思うように動かない。けれど、諦める理由なんてどこにもない。
アルフィが、外にいる。
あの灰色の世界で。
あの石雪の中で。
――急げ。
そして。
コン。
私は机から落ちた。
乾いた音が、静まり返った部屋に小さく響く。
だが――
ステラは気づかない。
彼女は椅子に座ったまま、俯いていた。
肩は落ち、背中は小さく丸まっている。夜通し泣き続けたのだろう。目元は赤く、頬は蒼白で、視線はもうどこも見ていなかった。
……それでも。
私は止まらない。
コロン。
コロン。
床の板を、少しずつ転がる。
古い木の床にはわずかな傾斜があり、その微かな勾配に身を任せる。
転がるたび、胸の奥で叫ぶ。
――気づいて。
お願い。
アルフィは、まだどこかにいる。
まだ、終わってない。
そして――
コテン。
私は、ステラの足にぶつかった。
「あら……?」
かすれた声だった。
長い沈黙の中で、初めて零れた言葉。
ゆっくりと視線が落ちてくる。
「……石?」
彼女は屈み込み、私を拾い上げた。
その手はひどく冷えている。夜の間、ずっとここに座っていたのだろう。
両手で、そっと包み込まれる。
その瞬間、指先がわずかに震えた。
「……あたたかい」
小さな呟き。
私の表面は、ほんのりと温もりを帯びていた。
いつもと同じはずなのに――今の彼女には、それが強く感じられたのだろう。
その温もりに触れた瞬間、彼女の瞳が揺れる。
記憶が、よみがえる。
アルフィが生まれた日のこと。
まだ小さな体。布に包まれ、必死に泣いていた。
灰色の瞳が、初めて開いた時。
周囲はざわめいた。不吉だと言う声もあった。
それでも――
彼女は、その子を抱きしめた。
震える体を、胸に引き寄せて。
「アルフィ……」
涙が、ぽたりと落ちる。
彼女は私を握りしめ、声を押し殺して泣いた。
肩を震わせながら。
その時だった。
掌の中で――私は、ゆっくりと揺れた。
ステラが、はっと息を呑む。
錯覚ではない。
もう一度。
ほんのわずかに。
揺れる。
言葉ではない何かが、そこから伝わる。
――大丈夫。
――まだ終わってない。
――探せば、きっと見つかる。
彼女は息を止めたまま、私を見つめていた。
やがて、ぎゅっと握りしめる。
まるで、それが唯一の希望であるかのように。
そうして――夜が明けた。
窓の外が、ゆっくりと明るくなっていく。
灰色の空に、朝の光が差し込む。
雪は止んでいる。
だが村は、まだ灰色に覆われたままだった。
その時――
玄関の外扉が開いた。
重い足音。
アバルトだった。
疲労で顔は青白く、マントは汚れ、靴は泥と石粉に覆われている。
それでも彼はいつものように前室で石雪を払い落とし、丁寧に内へ入った。
ステラが顔を上げる。
視線が交わる。
アバルトは――ゆっくりと首を振った。
見つからない。
その沈黙が、部屋を重く沈める。
やがて彼が、ふと呟く。
「……そうだ。あの石は?」
守り石。
この家を見守ってきたもの。
彼は視線を巡らせる。
ステラが、そっと差し出した。
「不思議なのだけど……机に置いたはずなのに、足元にあったの」
ほんの少し、笑う。
泣き疲れた、かすかな笑み。
「なんだか……慰められた気がして」
アバルトはそれを受け取る。
その瞬間――
私は、はっきりと動いた。
左右に。
明確に。
誰の目にも分かるほどに。
二人が同時に息を呑む。
視線が交わる。
鼓動が、空気を震わせる。
その時だった。
玄関の外扉が、勢いよく開いた。
激しい音。
足音が雪を蹴る。
「アバルト様!」
パナールの声。荒い息。
「アルフィ様が……!」
その一言で、世界が変わる。
「見つかりました!」




