第23話 アルフィを探しに01
灰色の空気が、ゆっくりと世界を沈めていく夜だった。
アバルトは、決断した。石雪が降っているとはいえ――アルフィを探しに行かなければならない。
本来ならば、夜の捜索など正気ではない。石雪はただの雪ではなく、肌に触れれば石化を進め、吸い込めば体内から侵してくる厄介な災厄だ。
それでも、行かなければならない。
胸の奥で繰り返し響くのは、理屈ではない。娘をこのまま外に放っておくわけにはいかないという、ただそれだけの感情だった。
ジョアッキーノも同行を申し出たが、アバルトは押し留めた。
もし明日になっても見つからなければ、その時は頼む――そう言って半ば強引に引き下がらせる。タツィオは憔悴しきっており、父に支えられながら帰っていった。
司祭たちも、領館近くの家へ泊まることとなった。石雪の夜に動かすわけにはいかない。
やがて人々は足早に家へ戻り、戸を閉ざす。村は、灯りを閉じ込めた箱のように静まり返った。
外はすでに、灰色の夜。
雪のようでいて雪ではない粒子が、しゃり、と乾いた音を立てて屋根や地面を叩き、すべてを鈍い灰に染めていく。風が吹けばそれは舞い上がり、空気そのものが濁っていく。数歩先すら曖昧に霞むその中で、村はゆっくりと石へと変わっていくように見えた。
その世界へ踏み出す覚悟を、アバルトは固める。
「私も行きます」
即座にステラが立ち上がる。躊躇のない足取り。だが、アバルトは静かに首を振った。
「だめだ。ここで待っていてくれ。……お願いだ」
一歩近づき、低く言う。
「もしアルフィが戻ってきた時、誰もいなかったらどうする」
玄関の向こうの闇を見やりながら、続ける。
「帰る場所があると分かるだけで、人は踏ん張れる。だから、ここにいてほしい」
ステラは言い返せなかった。唇を噛み、視線を落とす。胸の奥にせり上がるものを、押し殺すように。
やがて、わずかに頷いた。
その時、足音が二つ。パナールとカルロが前へ出る。
「私も参ります」
声が重なる。
アバルトは一瞬目を閉じ、考えたのち、パナールに頷いた。
「頼む」
そしてカルロへ視線を向ける。
「お前は残ってくれ。ステラを頼む」
カルロは一瞬だけ目を伏せた。だがすぐに背筋を伸ばし、深く一礼する。
「かしこまりました」
外では、石雪が絶え間なく降り続いている。
やがて二人は準備を整え、口元を布で覆い、厚いマントを羽織り、肌の露出を消す。
扉の隙間から吹き込んだ灰色の粒子が、床に薄く積もっていた。
「旦那様。どうか、ご無事で」
カルロの声に、アバルトは一瞬だけ振り返る。その目は、領主ではなく――父のものだった。
そして、扉を開ける。
灰色の闇へ踏み出した。
外は、完全な灰。月も星も見えない。
足を踏み出すたび、細かな石がきしむ。
アバルトは空を見上げ、舌打ちする。
「……くそ」
この降り方では、足跡は残らない。
それでも――探すしかない。
二人の影は、夜へ溶けた。
――数時間後。
扉が開き、戻ってきたのはパナールだった。
前室で立ち止まり、徹底して石雪を払う。肩、マント、手袋、靴底。灰色の粉が石床へ落ちていく。ようやく内へ入ると、暖炉の匂いが迎えた。
ステラが駆け寄ろうとする。だが、パナールは首を横に振る。
それだけで、分かった。
アルフィは――まだ見つかっていない。
「奥様、近づかれませんように」
低い声。
ステラはその場で止まり、ただ外を見た。
石雪は止んでいた。
だが、世界は灰色のままだった。
「……アバルト様は……?」
「まだ、お探しです」
静かな返答。
その重さが、胸に沈む。
――深夜。
再び扉が開く。
アバルトだった。
全身が灰に染まり、動きは重い。それでも前室で丁寧に石雪を払う。布で口元を覆ったまま、内へ入る。
ステラが顔を上げる。目は赤く腫れていた。
視線が交わる。
そして――彼女は首を横に振る。
まだ、帰っていない。
その瞬間、ステラは崩れるようにアバルトへ縋りついた。
「私が……」
嗚咽が漏れる。
「あの子を……こんな色で産んでしまったから……」
肩が震える。
「灰色なんて……あの子のせいじゃないのに……」
アバルトは強く抱きしめる。
「違う」
短く、しかし確かに否定する。
だが、それ以上の言葉が出ない。
暖炉の火が、小さくはぜた。
やがてステラを座らせ、アバルトは再びマントを取る。
「必ず連れて帰る。待っていてくれ」
そう言い残し、再び扉へ向かう。
灰色の村。沈黙した森。
彼は、またその中へ踏み出した。
夜通し。
だが――見つからない。
屋敷では、ステラが何度も扉を見つめる。
風が鳴るたび、梁がきしむたび、顔を上げる。
それでも、扉は開かない。
暖炉の火が揺れ、壁に影を伸ばす。
そのソファの上で、私は――ただ置かれていた。
何もできない。
ただ、見ているだけ。
胸の奥が、じわりと痛む。
守り石を名乗っておきながら。
――私は、何ひとつ守れていない。




