Ex.第4話 子供との出会い(第3話 石の旅後の話)
これは、宝石商と一緒にいたあの道中の、あの夜の話。(第3話 石の旅後の話)
その夜は、妙に静かだった。
森の手前で止まった馬車は、火も焚かず、月明かりだけに頼って休むことを選んでいた。普通なら、多少なりとも火を起こして獣を遠ざけるはずなのに、それすらしない。
理由は分からない。でも、その選択が、余計に空気を張り詰めさせていた。
風がわずかに揺れて、獣避けの鈴が鳴る。
チリン――
乾いた音が、やけに遠くまで響いていく気がした。
……変だな、って思った。
石の私ですら、分かるくらいに。
空気が、どこかおかしい。
――嫌な予感。
その直後だった。
闇が、動いた。
「やれ」
低い声。
枝が折れる音。
馬が嘶き、馬車が乱暴に揺れる。
刃が月を弾いて、光が走る。
怒鳴り声と、悲鳴。
一気に、すべてが崩れた。
盗賊。
それも、慣れてる動きだった。
宝石商は、必死に抵抗していた。けど――数が違う。あまりにも、どうしようもなく。
護衛を雇わなかったのか、それとも雇えなかったのか。
どちらにしても、結果は同じだった。
鈍い音。
何かが倒れる気配。
そして――静寂。
私は見えない。聞こえるだけ。でも、それでも分かる。
「あ、終わったんだ」
そう、理解してしまうくらいには。
「ちっ、思ったよりしぶとかったな」
「手ぇ噛まれたぞ、あいつ」
そんな軽い調子で、箱が開けられる。
中を漁る手。
「おっ、当たりじゃねえか」
宝石が、音を立てて掴まれていく。
きらびやかなものほど、あっさりと奪われていくのが、妙に現実的だった。
「なんだこれ」
「石だな」
「いらねえ」
……はい、出ました。
雑な評価。
まあいいけど。
そのまま箱ごとひっくり返されて、私は地面に転がった。
冷たい土の上。
月明かりだけが、ぼんやりと降りてくる。
――そのとき。
そっと、拾われた。
小さな手だった。
子供。
痩せていて、荒れていて、骨ばっている。
髪は灰色。
目は、青灰色。
……妙に、強い光をしていた。
盗賊たちの中で、明らかに浮いている。
まだ“染まりきっていない”感じ。
「……これ、もらっていこう」
小さな声。
誰に言うでもなく、ただ零れたみたいに。
その瞬間。
私の奥が、ほんの少しだけ熱を持った。
まただ。
この感覚。
“見られてる”。
ただの石としてじゃなくて。
ちゃんと、“そこにいる何か”として。
盗賊たちは気にも留めず、戦利品をまとめて、闇の中へ消えていく。
残されたのは、壊れた馬車と、動かなくなった人と、冷えた夜。
子供は、私を懐に入れて、その後を追った。
迷いはなかった。
――たぶん、選べなかったんだと思う。
生きるために、そっちに行くしかなかった。
それを責めるなんて、できない。
石の私には、なおさら。
「おいガキ! 遅えぞ!」
怒鳴り声。
「金出して買ったんだぞ。働けよ」
そのまま、背中を蹴られる。
小さな体が、ぐらっと揺れる。
その拍子に、月明かりが差した。
……見えた。
痣。
擦り傷。
古い傷と、新しい傷。
ああ、そっか。
この子、ここでも“弱い側”なんだ。
それでも、声は上げない。
ただ、歩く。
黙って。
耐えることに、慣れているみたいに。
その鼓動が、懐越しに伝わってくる。
小さくて、でも確かに生きている音。
私は、思ってしまった。
――この子、どこかで見た気がする。
もちろん、記憶なんてない。
でも、感覚として。
“取りこぼした誰か”に、似ている。
名前も知らない。
過去も知らない。
それでも。
この子のことを、忘れたくないと思った。
……たぶん、この時点で、もう遅かったのかもしれない。
この出会いが。
この小さな選択が。
やがて、とんでもない形で繋がっていくなんて――
その時の私は、まだ知らなかった。
こちらの話も別ルートでじっくりと進んでいきます。




