第13話 アルフィの成長
そしてアルフィは、実に順調に、すくすくと育っていった。
機嫌のいいときには、ふわっと口元がゆるんで、やわらかく笑う。
その小さな変化だけで、部屋の空気が少し明るくなるのだから、不思議なものだ。
意味を持たないはずの「あー」や「うー」という声さえ、どこか温度を持って転がり、聞いているこちらの心をゆるませる。
そのたびにステラは優しく目を細め、アバルトは照れ隠しのように咳払いをする。
そして私もまた、石であるはずなのに、内側にじんわりと温かいものが満ちていくのを感じていた。
ステラに抱かれているときのアルフィは、とても穏やかだ。
頬を寄せて、指をぎゅっと掴んで、そのまま安心したように眠りに落ちる。
その様子は、見ているだけでこちらまで静かな気持ちになる。
けれど――それがアバルトに替わると、途端に表情が崩れて泣き出す。
……理由は、まあ、察してほしい。私は知っている。
あの人、こっそりやっているのよ。音もなく、しかし確実に存在するあれを。まぁ、それが全ての原因じゃないけどね。
石だからこそ、気配だけで分かるというか……うん、やめておきましょう、この話題。
基本的に、アルフィはよく眠る子だった。
お腹が空いたときと、不快なとき以外は、驚くほど静かに眠っている。
その眠りの中で、時折、意味の分からない動きをする。小さな手足がぴくりと揺れて、何かを掴もうとするみたいに空を切る。
夢、見ているのかしら。
その中に、私がいたりしたら……ちょっと嬉しいかもしれない。
やがて始まったのが、ハイハイ。
――これはもう、完全に災害だった。
踏まれる。蹴られる。掴まれる。振り回される。ついには口に入れられて、ぺろぺろされて――そして飽きたら放置。
一連の流れが、まるで日課のように繰り返される。
……ねえ、これ、扱い雑すぎない?
でも不思議と嫌ではない。むしろ、触れられるたびに、ああこの子は元気なんだなって、そんな風に思ってしまう自分がいる。
気づけば、立ち上がるようになり、ふらふらと歩き出すようになっていた。
危なっかしい足取りで、それでも前に進もうとする姿を、ステラは息を詰めるように見守る。
アバルトも、忙しい合間を縫って顔を出しては、そのたびに同じように目を細める。
誰も急かさない。
転べば手が伸びるし、泣きそうになれば声がかかる。
この家そのものが、ひとつの柔らかな揺り籠みたいだった。
その中で、アルフィはゆっくりと、大きくなっていく。
――そして、実は私も、少しずつ進化していた。
深夜。皆が寝静まったあと。
私はこっそりと、体を揺らす。
ころん。
ほんの少しだけ、転がる。
それだけ。
でも、それができるようになったことが、どうしようもなく嬉しかった。
最初は一回だったのに、今では何度か続けて転がれるようになっている。
ほんの数センチの移動でも、私にとっては世界が変わるほどの意味を持っていた。
もちろん、誰にも見られないように。
いきなり動く石なんて、どう考えても怖いでしょう?
だからこれは、夜だけの秘密。
私だけの、小さな自由。
アルフィが遊んでいる最中に、たまに私に躓くこともあるけれど、不思議と誰も私を責めない。
「あらあら」「大丈夫?」そんな優しい声が飛ぶだけだ。
……なんだか、守られているのは、私の方かもしれない。
ただ、ひとつ納得いかないことがある。
時々、私は玩具箱に放り込まれる。
積み木とか布人形と一緒に。
……いや、そこは違うでしょう?
普段は大事に枕元に置かれているのに、急に同列扱いはちょっと複雑よ?
まあ、石だから文句は言えないけど。
そして、ある日のこと。
ついに、その瞬間が訪れた。
アルフィが、言葉を発した。
最初の言葉。
それは――
「イシ」
小さな手で私をぎゅっと握りしめて、はっきりとそう言った。
……たぶん、発音的には曖昧だったと思う。けれど、私には確かにそう聞こえた。
その瞬間、胸の奥――あるはずのない場所が、じんと熱くなった。
ああ、見てくれていたんだって。
ちゃんと、そこにいるって、認識してくれていたんだって。
……なんだかもう、それだけで十分だった。
守りたい、なんて。
そんな大げさなことじゃないけど。
この子が笑っている時間が、少しでも長く続けばいいなって。
自然に、そう思った。
石なのに。
本当に、不思議ね。
灰色の領で。
灰色の少女と。
灰色の石。
少しだけ不思議で、でも確かに温かい日々は、静かに続いていく。




