第12話 1コロンの奇跡
「第9話 ステラの体調異変」これを抜かして投稿してました。。
今日追加しました。。
まぁ、あまりみている人もすくないのでね。。
そして、ステラの子育てが始まった。
ベルリネッタ領――より正確には、このボクサー村という控えめに言ってもかなり厳しい環境では、乳母を雇うなんて発想そのものが、ちょっとした夢物語に近い。
そもそも子ども自体がそう多くないし、同じ時期に出産した女性なんて、ほぼいないのだから当然だ。
結果として、ステラはすべてを一人で担うことになった。
夜中だろうが明け方だろうが関係なく、数時間おきに目を覚まし、まだ眠り足りない体を起こしてアルフィに授乳する。
目の下にはうっすらと影が落ち、それでも彼女は弱音ひとつ吐かず、静かに、確かに母としてそこにいる。
……うん、えらい。ほんとにえらい。ちょっと上から目線だけど。
いやまあ、正直に言うと、授乳のたびに視界に入る、ステラの以外にも巨大な“あれ”に目が行かないと言えば嘘になるのだけれど――そこはそれ、置いておきましょう。
大事なのはそこじゃない。むしろ、その合間に見える疲れた表情とか、ふっと力が抜けた瞬間の横顔とか、そういうところに、ちょっと胸がきゅっとするのだ。
――石なのに。
ええ、自分でも思うわよ? 胸ってどこよ、って。
それでも、そういう気持ちは確かにある。
そんなわけで、私は考えた。
何かできないのかしら、と。
石よ? ただの。動かないし、喋れないし、役にも立たない。びっくりするくらい無力。
でも、考えることだけはできる。
そして――考え続けた結果。
奇跡、起きちゃったのよね。
動いたの。
……正確には、転がったのだけれど。
一回だけ。
コロン、って。
いやもう、その瞬間ね、ちょっと世界変わったわよ?
「え、今の私? 今の私、自分で動いた?」みたいな。
思わず内心で拍手喝采。スタンディングオベーション。観客ゼロだけど。
私はこれを「1コロン」と名付けた。
一日に一回だけ、コロンと転がれる。
以上。
それ以上でも以下でもない。
でもね? これ、革命よ?
石にとっては文明開化レベル。
もうね、感動で泣きそうになった。泣けないけど。涙腺どころか目もないけど。
某有名な宇宙飛行士が言ったじゃない?
「小さな一歩だが、人類にとっては偉大な一歩」って。
……あれ、訂正したほうがいいわね。
少なくとも私にとっては、
「小さな一転がりだが、石生にとっては歴史的快挙」
これが正しい。
たぶん将来、どこかの本に載るわ。石史とかいう謎ジャンルで。
信頼と実績の民明書房?あたりがやってくれるはず。
やり方? 地道よ?……びっくりするくらい地味。
左右に、ひたすら、ゆらゆら揺れるの。気が遠くなるくらい、ずっと。昼も夜も関係なく、ただひたすら、「いける、いける、私はいける」って自分に言い聞かせながら。
その結果――コロン。
……達成感、すごいわよ?
ちゃんと、自分で決めた方向に転がったの。
意思した――あらやだ、石だけに“石思”かしら? ちょっと上手いこと言った気がする。
とにかく、あの達成感は忘れられない。
世界が、ほんの少しだけ、私の方を向いてくれた気がしたの。
「いいわよ、あなた、動いても」って許されたみたいに。
……うん、気のせいかもしれないけど。
それでも、嬉しかったのよ。
みんなが寝静まったあと、こっそり、ひっそり、コロン。
……完全に怪しいけど、見られてないからセーフ。
そうして、ほんの少しだけ広がった私の世界の中で。
アルフィは今日も元気に泣いて、飲んで、眠って、また泣いている。
小さな手をぎゅっと握って、全力で生きている。
ただし現実はシビア。
今の私の石力――ええ、体力じゃないわ、石力――だと、一日に一回が限界。それ以上やるとどうなるかって?
自分がどっち向いてるか分からなくなるの。
完全に迷子。
いわゆる石酔いね。……いわゆる? まあいいわ、今決めたから。
でも、それでも。
今までずっと、ただ置かれて、ただ見ているだけだった私が、自分で何かを起こせた。
それだけで、もう十分すぎるくらいの奇跡だった。
――ただし、問題がひとつ。
これ、ステラに見られたら終わる。
間違いなく悲鳴。
下手したら「なにこれ!? 動いた!?」ってなって、そのまま外にポイよ。最悪、呪物認定。
それは困る。すごく困る。主に居場所的な意味で。
だから練習は夜限定。
みんなが寝静まったあと、こっそり。
音も立てずに、ゆら……ゆら……コロン。
……うん、完全に怪しいわね。でも見つからなければセーフ。
そうして、ほんの少し広がった私の世界の中で。
アルフィは、今日も元気いっぱい。
びっくりするくらい大きな声で泣いて、ステラのお乳をしっかり飲んで、すやすや眠る。
あの小さな体のどこにそんなエネルギーあるのかしらってくらい、全力で生きてる。
それを見てるの、嫌いじゃないのよね。
むしろ、かなり好き。
ステラは相変わらず大変そうだけど、それでもちゃんと笑うし、弱音も吐かない。
……強いわよね、母親って。
ちょっと尊敬する。
アバルトはというと、ほとんど顔を出せていない。
石雪の後処理で、村中が大忙しらしいの。
普通の土地なら、石雪ってちょっとした恵みなんですって。土に良い影響があるから。
でも、ここは違う。
毎年、律儀に、しかもたっぷり降る。
遠慮って言葉、知らないのかしら。
放っておけば畑がだめになるから、村総出で片付けなきゃいけない。
結果、労働は増えるのに、収穫は増えない。
……なにそれ、理不尽すぎない?
そんな灰色の村で、今日も静かに夜が更けていく。
やがて、ステラとアルフィの寝息が重なって、部屋がやわらかい静けさに包まれる。
それを確認してから、私はそっと意識を集中する。
ゆら……ゆら……
そして――
コロン。
たった一回の、小さな動き。
でも、それは確かに、私が選んで起こした変化。
石である私の、小さくて。
でもどうしようもなく大きな一日が、こうして静かに終わっていくのだった。




