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うちの課長

作者: 155

「ちっくしょ。まったく思い浮かばねぇ」


 今俺は来週末までにクライアントに提出しなければならない企画書を書いている最中だ。骨子はとっくに出来上がっていたが、細部の詰めのところで上司からのダメ出しを受け再検討の上、加筆修正している最中だ。


「キャッチフレーズ……キャッチーなフレーズ、ねぇ。まじで何もいい案が出てきてくれねぇ」


 俺だって消費者に訴求するに当たってキャッチフレーズやキャッチコピーといったものが大事であることくらいは重々承知している。だが、俺はこういうのが苦手だし、そもそもこういうのは専門家に外注したほうがいいものができるのではないだろうか、とも思う。


「まだそんなところで詰まっているの?」


「あ、課長……。すみません、これって外注しちゃだめなやつですか?」


「それほど利幅のない案件で、かつウチみたいな中小ではそんな贅沢はできないわよ。舘野くん文学部だったんでしょ? こういうの得意なんじゃないの?」


「俺が出たのは文学部じゃなくて人文学部なんで。あたまに人がつくとまったくの畑違いなんですよ……」


 このヒトは俺の所属している部署の課長で杉並美琴サン。俺と2つしか歳が違わないのに管理職しているスーパーウーマンだったりする。


「しっかりしてよね。あとこの書類も可及的速やかに署名してわたしのところに戻して頂戴。あ、あと14時から面談するから会議室予約しておいて。部屋は6番でいいわ」


 それだけいうと杉並課長はスタスタと歩いていってしまった。今度はあっちにいる池上さんの指導をしているようだった。


「可及的速やかにって……これ会社で書くもんじゃないじゃん」


 渡された書面を見て呟いていると隣の席にいる仲の良い柾木先輩から声をかけられる。


「なぁ、怜哉。おまえ何やらかしたんだよ」


「え? あっ、何ってなんスか」


「課長面談なんか普通やらないだろ? 問題を起こしたとき以外ではな。課長はあれでいて怒らせたら怖いらしいからほんと気をつけてくれよ。とばっちりはご勘弁だからな」


 そっすね、参っちゃいますよねと誤魔化して先輩からの注目をそらす。ちょうど先輩あてに電話がかかってきてくれたのでそれ以上の追求はなかった。




 昼飯も喉を通らない。食わないと午後もタフな仕事が残っているから体が保つわけないんで無理矢理に口にねじ込んでなんとか食い終わる。

 課長が去り際に渡していった書類は俺のスーツの内ポケットにちゃんとしまっておいた。こんなもの誰が見るかわからないデスクになんか置いておけないからな。

 マジ胃が痛いぞ。


 14時になったので6番会議室に出向く。6番会議室は椅子4脚でいっぱいになるほど狭い会議室であまり使われないと聞く。なので予約も簡単に取れた。


「失礼します」

「どうぞ」


 ドアをノックして返答を待ってから会議室に入る。そうだろうと思っていたけれど、課長はすでにスタンバっていたようだ。


「……」

「……」


 話すことがない。というか面談という体なのだからそちらから話してきてくれないと困るのだけど。


「ぎゅってしたい」

「一言目がそれですか? だめですよ」

「敬語は嫌」

「一応ここ会社なんですけど?」


 椅子に座ったまま表情を変えずに口調だけは甘えたようになる。器用なもんだよ。


 以前に会議室で不倫していた阿呆がいたとのことで会議室全室には監視カメラが設置してある。さすがに話している内容までは録音していないらしいが、映像はバッチリと総務が押さえているらしい。


「れいくん、ちゅーしたい」

「駄目ですって。カメラに撮られているんですよ?」

「だってここ最近残業ばかりで全然会ってくれないんだもん」

「その残業を命じているのあなたなんですけどね」


 企画書のダメ出ししてきたのは俺の真向かいに座っている美琴である。会えなくてさみしいって言われるとぐらつくこともないこともないけど、オフィスに戻ったら仕事ができていないって叱ってくるのは目に見えている。


 さて、会話の状況から見てもわかるかもしれないが、この俺、舘野怜哉とその上司である杉並美琴は付き合っている。しかもこっそりと。


 付き合いは美琴が課長職に付く前からなのでかれこれ1年を優に超えている。そろそろ同棲でもなんてと話し合っていたところに全社びっくりの抜擢人事で、美琴が課長になったってわけ。

 周囲が慌ただしくなったところで同棲の話は一旦なしってことになってしまった。それ故に会えない時間ができて美琴はさみしいらしい。


「今日も遅いの?」


「どこかの課長が外部発注を許してくれないから、頭捻って素案を100パターンほど作らないとならないんでね」


「ごめんね。そればっかりは許せないの。れいくんならパーッとできちゃうから大丈夫だよ」


「そのよくわからない信頼はどこから来るんだろうね」


 監視カメラは入口ドアの上方に1台付いているだけなので俺たちの横顔くらいしか撮れていないはず。口元まではっきり見えるようなカメラなら会話が可怪しいのもバレるかもだけど、ここのカメラはそれほど解像度は高くない機種なのだ。一度総務で見たことあるので間違いはない。


「じゃあ、せめて柾木くんと末永さんをフォローにつけるから、定時までに終わらせて」


「ん~、分かった。100も作るんだから一つは妥協してくれよ? どうせ安い仕事なんだからそこまで追い詰めないでくれ」


「仕事は仕事よ。高いも安いもないわ。でも、今夜優しくしてくれたら融通して上げてもいいかな」


「……おっけ。承りました」


 とりあえず3人がかりでやればなんとかなると思う。先輩たちには申し訳ないけどお手伝いを心よりお願いします。


「あ、そうだ。美琴、あんなもの会社で渡すなよ」


「なんのことかしら?」


「とぼけるんじゃねーよ。可及的速やかにって婚姻届を渡したろうがっ」


「それもすぐに署名して返してね。そうすればもう堂々とできるでしょ?」


 堂々とできるかどうかは知らないけど、もしそうなったら美琴が課長に抜擢されたとき以上の騒ぎになることは間違いないだろう。


「結婚自体は吝かじゃないけど、そういうのは俺からちゃんとするから慌てないでくれ」


「えへへ、わかった。で、いつ?」


「気が早いって。近いうちにはそれらしきことはするつもりだから、しっかり待っていてくれ」


「うん! 分かった。楽しみだぁ」





 これから約3ヶ月後の美琴の誕生日に俺はめでたくプロポーズを敢行して、当然のようにOKをもらった。




 ただプロポーズした当日に役所の夜間窓口で婚姻届を出す羽目になるとはさすがにひとっつも想定してなかったよ。


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