婚約者が妹に迫られていますが……わたくし、許しませんよ?
雲一つない晴天。寒くもなく暑くもない今日は、絶好のお茶会日和だった。
庭のガセポに用意されていた極上のお茶もお菓子も、本来はエルーシアのために用意されたものだ。
……それなのに。
「レオにいさま! このクッキー、すっごくおいしいのよ!」
「ミリアは本当にお菓子が好きだねぇ。でも、食べ過ぎは良くないよ?」
「だいじょうぶよ! ミリ―はクッキー大好きだもの!」
楽しそうに会話をしているのは、エルーシアの婚約者であるレオポルドと、彼女の妹ミリア。
最近はいつもこうだ。
エルーシアとレオポルドのお茶会に、いつも乱入してくる。家族が婚約者同士の時間を邪魔してはいけないと言い聞かせても、ミリアは自分が邪魔だとは思っていないのだ。
(まったく……仕方ない子ね……)
エルーシアは苦笑してひとつため息をつくと、遠目に見ていたガセポへ足を向けた。
レオポルドとミリアは、まだエルーシアの存在に気付いていないようで、そのまま楽しく会話を続けている。
「ねえレオにいさま。ミリー、レオにいさまのことも大好きよ!」
「それは嬉しいな。僕もミリアのこと、大好きだよ」
「きゃあ! やったぁ!」
ぴたり、とエルーシアの足が止まる。
「あのね、ミリー、レオ兄さまと結婚したいの。ミリーと結婚してくれる?」
「う~ん……光栄だけどそれは難しいかなぁ。僕の婚約者はエルーシアだからね」
「ミリーとはだめなの?」
潤んだ目でミリアに見上げられたレオポルドは、苦笑しながらミリアの頭を撫でた。
(……今、ミリアは何と言ったの…………?)
エルーシアはあまりのショックに目を見開いて立ち尽くした。
ほんの数日前まで、あの場所は確かにエルーシアのものだったのに。
エルーシアが一番なのだと、笑顔で言ってくれていたのに。
エルーシアの心に、嫉妬の炎がメラメラと燃え上がった。
「二人とも! そこまでよっ!!」
「エルーシアッ!?」
「おねえさま?」
駈け込んで来たエルーシアに驚くレオポルドと、こてんと首を傾げるミリア。
「ひどいわ! わたくしのこと、裏切るなんて……!」
わっと泣き真似をすると、レオポルドとミリアは慌ててエルーシアに駆け寄ってきた。
「ど、どうしたんだエルーシア!? 具合が悪いのかっ?」
優しく包み込むようにエルーシアを抱き締めるレオポルド。だが、その腕をやんわりと外すとエルーシアはミリアを見つめた。
「おねえさまっ! おなかいたいの!?」
一人では降りられないかと思った椅子から飛び降り、とてとてっと駆けてくる妹を、エルーシアはしゃがんで抱き締めた。
「ひどいわ、ミリア……。ミリアの一番はわたくしだって言ってたじゃない。三日前にわたくしと結婚したいって言ってくれたのは、嘘だったの……?」
とても悲しそうにエルーシアが呟くと、ミリアは心外だとばかりに叫んだ。
「ミリー、うそなんてついてないわ! おねえさまが一番好きよ! ミリーが一番に結婚するのは、おねえさまよ!」
「……一番に?」
エルーシアがどういうことかと首を傾げると、
「一番はおねえさま! 二番目はおかあさまで、三番目はおとうさま! 四番目はジョンで、五番目はセドで、六番目がレオにいさまよ!」
むふん、とドヤ顔で言い切ったミリア(四歳)であった。
★ ★ ★
「……そうかぁ、僕は六番目だったのかぁ…………」
ミリアをメイドに預けて仕切り直したお茶会にて、やや遠い目でレオポルドが呟く。
本人としては、もう少し順位は上だろうと思っていたのだが。
「うふふ。まさか、飼い犬のジョンとコックのセドより下だとは思いませんでしたわ」
エルーシアの妹ミリアは、エルーシアと十二も歳が離れている。この小さな末っ子は家族一同に可愛がられており、中でもエルーシアは溺愛した。
そんな可愛い妹にプロポーズされたのは三日前だ。
「ミリー、おねえさまが一番大好き! 大きくなったらミリーと結婚してね!」
愛する妹にそう言われ、エルーシアは浮かれて有頂天になっていたのだ。
自分こそがミリアの一番!
そう思っていたからこそ、先ほどのミリアの言葉に嫉妬してしまったのだ。
……まさかミリアが、複数人と結婚できると勘違いしていたとは知らなかった。
あの後ミリアに、結婚は一人としかできないのよと教えると、びっくりした顔をして「じゃあおねえさまとする!」と言ってくれたのでエルーシアはニマニマしていたのだが。
「エルーシアは僕と結婚するから、ミリアとはできないんだよ」
……とレオポルドがミリアに余計なことを言ってしまったのだ。
じゃあおかあさま……と順位を繰り上げたミリアに、今度はエルーシアが慌てて父と母はすでに結婚しているからダメだと伝えた。
家族内ではエルーシアが一番でありたかったのだ。ワガママな姉である。
飼い犬ジョンとも結婚できないことを知ったミリアの結婚相手(暫定一位)は、コックのセド(陽気なバツイチ37歳)となったのだった。
「まったく……レオが余計なことを言わなければ、暫定一位はわたくしのままだったのに」
恨みがましい目で見られたレオポルドは、逆にエルーシアをジト目でにらむ。
「来年には結婚するんだから、そろそろ妹離れしてほしくてね。そもそも、なかなか二人きりにもなれないし」
「そ、それは……ごめんなさい」
そもそもミリアが二人のお茶会に乱入するのも、エルーシアがしっかり注意しないからだ。ついつい妹を甘やかしてしまうエルーシアに付き合って、レオポルドもミリアを可愛がっているが、彼としては恋人と二人きりで過ごす甘い時間も欲しかった。
エルーシアにしても、ミリアのことは大事だが、レオポルドのことも深く愛している。最近は少し妹に時間を割き過ぎていたと反省したエルーシアは、レオポルドの方へ身を寄せるとそのままギュッと腕を抱き込んだ。
「エ、エルーシアッ!」
普段あまり見せないエルーシアの大胆な行動に、顔を赤くするレオポルド。
(だめね、わたくしったら……。ミリアのことは大事だけど、危うく流行りのロマンス小説の妹ばかり優先するクズ婚約者になってしまうところだったわ……)
エルーシアは少々ワガママなところはあるが、きちんと反省できる子だった。
「わたくしは、レオが一番大好きよ」
レオポルドの顔を見上げ笑顔で伝えると、レオポルドの掌がエルーシアの頬を包んだ。
(あら……この流れは…………)
この先の展開を予想して、エルーシアがそっと瞳を閉じる。
二人の距離が少しずつ縮まり、そして――
「ちゅ~するの?」
無邪気な声にぴたりと動きが止まる二人。
そこには、メイドの腕から抜け出したミリアがちょこんと立っていた。
「「ミ、ミリア……」」
「さっきメイドのサラにきいたわ! 結婚する人とはちゅ~するのよね? ミリー、セドと結婚するから、セドにちゅ~しに行ってくるね!」
固まったままの二人に爆弾発言を放つと、ミリアはとてとてっとキッチンへ走り出した。
「ダメぇぇぇぇっ!! ミリアッ! お姉ちゃんは許しませんよぉぉぉっ!!」
ダッシュでミリアの後を追いかけるエルーシア。
「……こりゃ妹離れはまだ先かなぁ……」
いいところを邪魔されてしまったレオポルドだが、可愛いエルーシアの告白が聞けたのでまあ良いかと気持ちを切り替えた。
エルーシアが戻ってきたら、きっとお詫びを言うだろうから、彼女の方からキスをしてもらうよう誘導してみようか。
少し先の甘い時間をシミュレーションするレオポルドであった。
彼のシミュレーション通り甘い時間を過ごせたかは、本人たちのみぞ知る。