鍋島真奈美の失恋と新しい恋? その7
「えっと……、これはこれでいいのよね?」
切羽詰まった声で目を白黒させて私はそう梶山に聞く。
すでに頭の中はパニック状態で『?』マークが飛び交っている状態だ。
そんな私を見て、梶山は普段は見せないような楽し気でそして少し意地悪気味の笑みを浮かべている。
くーっ。こんな状況じゃなかったら何か言い返すのに、言い返せない。
それどころか、かえって頼りになるとか思ってしまう。
「ああ。それでいいと思うよ。うん、いい感じだ」
すぐ側で囁かれる声。
なんかドキドキしてるんですがっ。
そりゃ、お互いに気になって付き合おうかって流れになったのはいいんだけど、いきなりこれは心臓が持たない気がする。
でも今は任せるしかない。
だから言う。
「本当?」
我ながら普段なら出ないようなかわいい声が出てしまった。
そんな私の声に、一瞬梶山は驚いた様子だったが、ますます楽しそうな表情になる。
こいつ、絶対サドだっ。
そんな事を思っていると、梶山が口を開く。
「ああ、いいと思うよ。すごく引き締まってる」
「本当?ただ、こうした方がいいかなって……」
「才能あるよ」
「本当?」
「ああ、本当だ。すごくいい」
傍から聞いたら、実にヤバめの会話に聞こえるだろう。
恋人同士の逢瀬のような状況を想像して。
だが、そんな訳はないのである。
いくら何でも私は身持ちは固いのだ。
ホイホイその場の雰囲気に流されるつもりはさらさらないのである。
なお、今いる場所は、いつもの喫茶店の間宮館。
で、いつもと違って隣同士に座ってはいるが、みっちり身体を寄せているわけではない。
まぁ、梶山がこっちをのぞき込む体勢ではあるか……。
では、何をやっているのか。
実は、本日は、二人で合流して、ネットに小説をアップしようとしていたのである。
なお、ネット小説のサイトのことも、設定も, アップの仕方も私は全く分かりません。
だってさ、今までスマホで読専してた身としては、いきなり投稿はハードルが高いのである。
そして、今やっているのは、小説の顔となる表紙の設定だ。
梶山が描いてくれたイラストをサイトに取り込み、タイトルと作者の表示位置を色々弄っていたのである。
これが結構難しい。
少しの違いで印象が変わってくる。
確かに梶山のイラストは実にいい。
市販の小説なんかの表紙にしても遜色ない出来栄えで、今流行の絵柄とは違うものの味のある目を引く感じの絵柄だ。
私には実に勿体ないと思ってしまうそんなイラストを出来る限り生かしたくて、色々試行錯誤していたのである。
私なりのこだわりと言うか、私の為だけに頑張って描いてくれた梶山に対しての精一杯のお返しといったらいいだろうか。
ともかく、私はこだわっていた。
そしてふと考える。
全てを梶山に任せたらあっという間に終わっていただろうと。
だが、私は自分でやりたいと志願し、梶山は嬉しそうに「これは君の小説が主役だ。つまり君の作品だ。君が納得するようにアップするのはいい事だと思うぞ」と言ってくれたのである。
実にうれしかった。
そして、イライラする事もなく、笑いつつ楽し気に付き合ってくれている。
その横顔を見て思う。
この人、ぶっきらぼうだけど、優しいなと。
そして、この人は根っからの職人なんだなとも。
多分、こういうクリエイティブな作業が好きなんだろう。
それが実にわかる。
それに色んな所で見えてくる彼の才能は、その分野でも十分通用するかのように思えた。
だから、ついつい余計な事だとは思ったが、ドキドキする心臓を抑え込むための話題ずらしとして聞いてしまう。
「こんなに才能あるなら、そっち方面に進めばよかったのに……」
その言葉に、梶山は苦笑した。
「まぁ、運の無さと自分の実力と覚悟不足かな。後、これで食っていくんだという信念が足りなかったのかもしれないな」
淡々とそう言う梶山。
その横顔はとても寂しそうに見えた。
だが、すぐにそんな表情は打ち消して微笑んで聞いてくる。
「それで、これでいいの?」
そう言われて、慌てて梶山からノートPCの方に視線を移して確認する。
うん。完璧。
これはいいのが出来た。
大満足。
で、早速、プレビューで確認する。
「いい感じ」
「ああ。いいね。センスあるよ」
そう言われて少し照れる。
「まぁ、小説は山のように読んでるし、表紙買いとかしてるから」
「あー、わかるわかる。あるよなぁ……」
そんな事を言いつつ二人して笑う。
実に気持ちいい。
なんかわかりあえてる感じがすごい。
「じゃあ、『決定』を押して」
「うん。で、次どうするの?」
「今ので最後だよ。後は、ここにある『投稿』を押して、『決定』を押せば公開だ」
その言葉に、私は一気に怖気づいてクリックする動きが止まってしまった。
いや、だってさ、私の黒歴史だよ。
独りよがりのものだよ。
市販されているようなプロが書いたものじゃないよ。
確かに素人の方が投稿している無料で読める小説サイトだけど、私なんかの書いたのをアップしていいのかな。
だってさ、梶山が薦められたからこうしている訳で、彼に薦められなかったら絶対に日の目を見ることはなかった作品なのだと。
そんな思考が走り、躊躇してしまう。
ごくりと口の中にたまった唾を飲み込み、私は梶山を見た。
彼は微笑んで頷いてくれた。
それで勇気づけられ、私は『決定』の所をクリックする。
するとすぐに表示が変わった。
『投稿ありがとうございます。貴方の作品に祝福あれ』
その言葉に、私はほっとするのと同時に、がっくりと身体から力が抜けていく感触を味わっていた。
まさに精も根も尽き果てたといった感じだ。
そんな、私を楽しげに見つつ、梶山は笑って言う。
「お疲れ様。すっかりお疲れモードだね。この後のデート、どうする?」
そう、この後、デートする予定なのだ。
それがあるからこそのまるでからかうような口調。
絶対、私の答えがわかってて言っている。
だから、私は怒った口調で言い返す。
「わかってて言ってますよね?」
「いや、そんな事はないぞ」
いや、絶対嘘だ。
顔が笑っている。
もしかしたら、この人の空気読まない行動は計算づくなのかと思ってしまうほどに。
負けないもん。
私はムキになって言い返す。
「絶対わかってて言ってますよね。この後、もしデートに行かなかったらサイトの事が気になってあたふたするのが。そんなことするくらいなら、少し疲れててもデートした方がマシです」
その言葉に、苦笑する梶山。
「マシって……」
「ええ。マシです」
そう言った後、私は反撃をする。
このままやられっぱなしは性に合わない。
「もっとも、あなたが、マシ以上の時間にしてくれると期待もしているんですけどね」
その言葉に、梶山の耳が真っ赤になった。
あー、照れてる。
よしっ。やった。一矢報いた。
そんな事を思いつつ、気が付くと私は真っ赤になっていた。
まるでデートを楽しみにしていたみたいじゃない。
いや、楽しみにはしていたけどさ。
でも、それを簡単に明かしてどうするよ、私。
し、しまったっ。
これ自爆技だったわっ。
自分の判断ミスを痛感する。
「あ、ああ。頑張るよ」
そう言った後、梶山は立ち上がって、私に手を差し出す。
「じゃあ、行こうか」
耳はまだ真っ赤だった。
私も真っ赤な顔でその手に手を伸ばす。
「え、ええ。ちゃんと楽しませてよ」
「出来る限り頑張るよ」
「そういう時は、せめて任せてよって言ってよ」
その後の沈黙。
そして、二人して笑っていた。
こうして、私達は、初めてのデートに出発したのだった。
そんな二人が会計を済ませて店から出でいくのを間宮館のマスターがコップを拭きつつニコニコ顔で見送る。
「いやぁ、初々しいねぇ。しかし、イチャイチャもいいけど、ああいうツンデレみたいなのもいいねぇ」
思わず出た呟き。
そして、笑うと続けた。
「本当に、喫茶店のマスターの役得冥利だねぇ~」
その独り言は実に楽しそうであった。




