鍋島真奈美の失恋と新しい恋? その6
「えっと……、そのぉ……」
思わずといった感じで私は口を開く。
多分、顔は真っ赤だ。
そんな私の様子と言葉に、梶山はきょとんとした顔だ6
多分、絶対にわかってない。
こういう空気読まないタイプだとは思ったが、自分の発言や行動が相手や周りにどう思われているのかわからないというか、気にしないのも考え物だと思う。
えーいっ。言ってしまえ。
私は半分開き直り、口を開く。
「それって、『私の小説が』ですよね?」
そう言われて、何を目の前でという顔でこっちを見ていた梶山だったが、自分の発言が自分の思っていた事とは別の意味に聞こえる事が理解できたのだろう。真っ赤な顔になって言う。
「も、もちろんだっ。べ、別にそう言う訳ではっ……」
慌てふためくその様子は、普段のどちらかというとあまり趣味が関係しない場合は感情を出さないのんびりマイペースな雰囲気とは違い、実に人らしい感情が溢れ出している。
そして、つまり、私とのこういう関係は、それに匹敵するという事にもとれる。
だってさ、そういうことをまったく考えていないっていうことだったら、この人だったらただ淡々と否定されて「何言ってんだよ」って言われそう。
そう考えた時、なんか私はうれしくなっていた。
意識してもらえるというのがこんなにうれしい事だなんて。
なんか男を惑わす悪女になった気分。
ふむふむ。男を惑わすってこういう事かとか思ってしまう。
今度、悪女風の実は素直になれない女の子の話書いてみたくなっちゃった。
そんな事を思って、内心盛り上がってしまった。
だが、その気持ちも彼の言葉で失われた。
慌てふためいた雰囲気が一気にすーっと感情が消え去っていく感覚で落ち込んでぼそりと言う梶山。
「それにさ、俺みたいなおじさんみたいなやつがさ、君みたいな素敵な娘とそんな関係になる訳ないじゃんよ」
さっきまでウキウキだった心が一気に沈み込んでいき、沸き上がったのは、怒りだった。
すーっと怒りが沸いたのだ。
「そんなことないっ」
私は立ち上がって夢中でそう言っていた。
そして思考が、言葉として次々と口から溢れ出す。
我を忘れて。
私はそれほどの怒りに染まっていた。
「確かに、見た目はそんな感じだけど、空気読まない感じもするけど、梶山はそんな魅力がない男じゃないっ! 人の心を動かして、私の為にやってくれたじゃないっ。お兄ちゃんの結婚式の時だって、私、怒りに我を忘れて結婚式無茶苦茶にしそうだった。でもそれを踏みとどまらせてくれたのは貴方だった。私のしがない小説を、私の黒歴史としてこのままお蔵入りだった小説をネット小説サイトに投稿しようと働きかけてくれたのも貴方だった。貴方のおかげで私は、お兄ちゃんのことをずっと引きずらずに、今、ここで笑っていられる。そんなきっかけをくれて、小説は読むのも書くのも楽しいという事を教えてくれたそんな素敵な貴方が、自分自身を卑下する。私、それは許せないっ。絶対許せないっ。すごく魅力的じゃないのっ。人としてすごく。だってさ、私、あなたに魅かれているもん」
一気にそこまで言って、ハアハアと荒い息で座り込む。
そして、自分の言ってしまった言葉を反芻し、一気に真っ赤になった。
いけないっ。
私、なんてこと言ってんのよ。
あー、バカバカバカっ、私のバカっ。
梶山の顔が見れない。
そして、やっちまったと言う諦めと言うか、後悔感がズーンと圧し掛かる。
折角居心地いい雰囲気だったのに。
これでもう元には戻れない。
それに言ってみて分かった。
そうか、私、梶山に魅かれていたんだ。
だから、こんなに動揺しているんだと。
そう。初めて梶山を異性として意識していた事がはっきりと分かった。
お兄ちゃんの時とは違う感覚。
でも悪くないとも思う。
だけど、そう思ったものの、やっちまった感は途轍もなく強い。
あー、せっかくいい関係作れていたかもと思ったのに。
全部全部台無しにしてしまった。
そんな事をぐるぐる思考していたためか、静まり返ったまま時間が経っていく。
勿論、店内はBGMが流れていたし、他の音もするはずなのに、何も聞こえない。
もちろん、下を向いて梶山を見ていないので、彼の様子はわからない。
見てみたい気もするが、それ以上に怖かった。
とてつもなく、怖かった。
だから、ずっと下を見ている。
手汗がすごい。
べとべとする。気持ち悪い。
だが、そんな静まり返った時間は終わりを告げる。
「えーっと、いいかな」
梶山にそう言われて、私はビクンと身体を震わせ下を向いたまま「は、はいっ」と返事をする。
そんな私の返事に、咳払いをして梶山は言葉を続けた。
「確かに、自分でおじさんみたいだとか、空気読まないとか思っていたけど、そこまではっきり言われたのは初めてだったな」
その言葉は実に残念そうな声だった。
私は、その言葉に慌てて視線を上げて言う。
「確かにそんな事言ったけどっ、それはっ……」
そう言いかけて、私は気が付いた。
梶山は笑っていた。
実に嬉しそうに。
「でもさ、そんな風に俺の事見てくれて嬉しかった。ありがとう」
その言葉に、私はすーっと不安だった心の闇が晴れ、温かい日差しを浴びているような感覚に陥っていた。
嬉しかった。
言いたかった事を彼はわかってくれていた。
そして、最悪の結果にはならない雰囲気を感じて。
よかった。
そんな思いが心を満たしていく。
それと同時に、私は真っ赤になった。
そう、告白じみたことを言ってしまったのだ。
よく見ると梶山も真っ赤だった。
じーっと相手を見ている。
それだけで時間が過ぎていく。
そして、意を決したという感じの表情で梶山が言う。
「君はすごく魅力的だ。俺には不釣り合いかもしれない。でもさ、よかったら……」
そこで、言葉が一旦止まる。
梶山の顔が緊張に強張っている。
だが、言葉を発した。
「付き合ってくれないか?」
その言葉に、私の心臓は大きく跳ねた。
どくんっ。
とんでもない衝撃だった。
嘘みたい。
私、こんなに梶山の事に魅かれていたのか。
それを再度自覚した。
そして、そんな勇気を振り絞った梶山の言葉に、私は答えなきゃいけない。
だから、口を開く。
「えっと、一気にというのは抵抗あるから……。少しずつでいい?」
私の言葉に、梶山はすごくうれしそうだった。
「ああ。勿論さ。まずは……友達にはもうなっているから……」
そう言って少し考えた後、梶山は笑って言った。
「じゃあさ、今度デートでもしてみる?」
まぁ、ここで会って色々話して過ごす時間がデートっぽい気がしないでもないが、それはそれ、これはこれである。
「う、うんっ。まずは……それで」
こうして、私と梶山は、本好きの友人という関係から一歩前進したのであった。




