鍋島真奈美の失恋と新しい恋? その5
なんか、あれよあれよという間にネット小説サイトで私の黒歴史公開という流れになってしまった。
まぁ、ペンネームだから大丈夫なはずなんだけど、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
なんか理由をつけて……とか考えてみたものの、「よっしゃ、久しぶりに頑張るか」とか言って楽し気な梶山の様子が脳裏に浮かぶと駄目だと思ってしまう。
だってさ、せっかくできた小説仲間じゃないか。
それもかなり波長の合う。
まぁ、もう少しかっこよかったら、もっといいんだけど。
でも人は見た目じゃわからないとはよく言ったものだなと思う。
だって、第一印象、最悪だったもん。
何、このおじさんオタクって思ったし。
それにお兄ちゃんみたいにかっこよくないし。
まぁ、でもいい人だとは思う。
でも時々空気読めない感じがするのは気のせいだろうか。
でもさ、それ以上に馬が合う。
まぁ、いろいろいう事は山ほどあるけど、大切な友人なんだもの。
彼が自信をもって薦めてくれて、その上、言い出しっぺは私とはいえ、表紙イラストまで作ってくれることになってしまった。
もう後戻りはできない。
そんな事を考えつつ、私はノートPCの電源を入れる。
しかし、執筆なんて久方ぶりだ。
基本、読専で、あの時は衝動的に一気書きしたのだ。
貰ったアドバイスを書き込んだメモを広げて確認すると、私は小説の修正に入る。
「うーんっ……」
私は悩んでいた。
作業を始めて、気が付くと3時間以上経っている。
アドバイスのおかげて、私の黒歴史はかなりいいものになった気がする。
まず、読みやすく、その時の状況が把握しやすくなった。
そして、その分、ヒロインの心情が見えやすくなった気がした。
失恋の痛みと不安、それがより強く感じられるのだ。
そして、その分、ヒロインの失恋したことによる落ち込みから立ち直っていく様、そんなヒロインを支える男友達の良さが引き立っている。
間違いなく、物語の出来は数段良くなった。
それは断言できる。
だが、そうなる事で、別の問題が出てきてしまったのだ。
何度も修正し、読みなおしていくうちに、ふと気が付いてしまったのだ。
あ、これ、今の私みたいだと……。
確かに、実に今の私みたいな状況なのだ。
だが、それはまだいい。
問題は最後である。
恋に破れて大失恋した後、ヒロインは最初は何でもない相手だったはずの男の友人のおかげで立ち直っていく。
そして、その友人とヒロインは最終的に結ばれるのだ。
嘘でしょ?!
読めば読むほどヒロインへの親近感は増していくが、それでは最後はまるで私と梶山が結ばれるみたいじゃないかと。
私は真っ赤になって固まっていた。
自分の書いた小説ではあったが、まるで未来の予言のように感じられてしまった。
いやいや、落ち着け、私。
状況が似ているとはいえ、こうなるとは限らないじゃないか。
うん。偶々だよ。
そうそう、偶々。
偶々なんだから……。
そう思いつつ、少し落ち込む私。
あれ、なんで落ち込んでるんだろう、私。
なんか自分の気持ちがわからなくなっていた。
そして、私はただノートPCの液晶をただじっと見ているだけであった。
そして、二日後の夕方。
仕事が終わった後、私は梶山と間宮館で会って打ち合わせをしていた。
たかが一つの小説の投稿。
それもペンネームで、無料小説サイトへのである。
だが、なんだかただ修正して投稿という訳にもいかず、投稿の前にそれぞれ再び見せあって確認するために会う約束をしていたのだった。
「実はね、最後変更しようと思っているの」
私は、まずそう梶山に切り出した。
あの日以降、小説の物語が自分の今と余りにも重なりすぎてしまって戸惑っていたのである。
だから、最後を変えればいいのでは考えたのだ。
だが、そんな私の言葉に、梶山は怪訝そうな顔をした。
「なんで?いいと思うけど」
「でもさ、おかしくない?!失恋してすぐに慰めてもらっていた男友達と恋仲になるなんて」
「そうか?おかしくないと思うぞ。それに物語としては王道だとも思うし」
「でもありきたりすぎない?」
私はそういうと梶山は少し考えつつ言葉を返す。
「でもさ、その方がわかりやすいし、何より何が恋のきっかけになるかなんてのはその人によって違うと思うんだ。慰めから恋が始まってもおかしくないし、憎しみあいからだって恋は生まれる。だってさ、感情が動くからこそ、恋も生まれると思うんだ。何もない所では恋は生まれない」
実にその通りだと思う。
感情という動きがなければ、何も生まれないのだから。
よく言われるではないか。
好きの反対は、嫌いではなく無関心だと。
嫌いと言う時点で、感情は動いているのだから。
そして、負の感情も、人を突き動かしていく原因になるのだと。
「そう……よね」
私は、そういうと下を向く。
そんな私に梶山は困ったような顔で聞く。
「なんで最後変えようと思ったの?」
優しい口調だ。
多分、あった時にはこんな口調で話しかけられることはなかった。
それは裏を返せば、それだけ私への親密度が上がっという事でもある。
それは途轍もなく嬉しい。
だけど、それは友人として?
それとも……。
ぐるぐると思考がまわって訳が分からなくなっていく。
私ってこんなに馬鹿だっけ?
支離滅裂である。
混乱している私の心境がわかったのだろうか。
梶山は困ったような顔をしつつも、タブレットを取り出すと何やら操作をして私の前に突き出した。
その液晶の画面には、一枚のイラストが映っていた。
真ん中に小説のタイトルを入れる帯のような幅の縦線があり、左右には、それぞれヒロインが描いてある。
右向きのヒロインは、落ち込んだ表情で暗い色合いの絵柄。
そして左向きのヒロインは、微笑んだ表情でほんわりと柔らかい絵柄だ。
「これって……」
「ああ。その小説の表紙のイラストだ」
それを見て、私は再び梶山を見る。
よく見れば、目の下に隈があった。
どうやら頑張って夜に描いてくれたらしい。
本当に無理しちゃって。
たしか、今の時期は、彼も仕事が忙しいはず。
なのに……。
「確かに、その小説はお前の作品だ。だから、どうするかはお前の好きにすればいい。ただ、最後の変更は表紙を担当するものとしては困ってしまうな」
梶山はそう言って困った顔になった。
確かにその通りだ。
最期が変われば、表紙の解釈も変わってしまう。
彼はこの小説を読み、それをわかった上でこの表紙を描いたのだ。
ただ、内容も知らないでヒロインがどーんっと描かれているだけの表紙ではない。
この作品の内容を暗示しているのだ。
一つの出会いと別れで道が違っていくと。
そしてもう一つわかった事がある。
この人は、心から私の作品を愛しており、そして精一杯答えてくれていると。
すごくすごくうれしかった。
だから、私はふーと息を吐き出す。
そして微笑んだ。
私の中の迷いや混乱が些細なことに思えた。
こんなにも私に、そして私の作品の為に頑張ってくれている。
そこにあるのが恋でも、愛でも、友情でもいいじゃないかと。
だってさ、それだけ私や私の小説の事を思ってくれているというのは間違いじゃないから。
それに、私はまだ迷ってはいたが、彼の好意を、そして彼の作品を受け入れたかった。
だから言う。
「もう、ずるいよ。こんないい絵なら、最後変える気、なくなっちゃうじゃないの」
私の困った口調に、梶山はほっとした表情で言う。
「よかった。だってさ……」
そこまで言った後、梶山は頬を指でかきつつ言葉を続けた。
「俺、大好きだからさ……」
爆弾発言。
まさにそう言っていい言葉だった。
恋とか、友情とか、どっちでもいいと割り切った私の心を吹っ飛ばす言葉。
まさに空気読まない言葉といっていいだろう。
多分、流れ的に小説が好きだという意味だとは思う。
だが、少し照れた表情にその言葉は別の意味でもとれるし、何より破壊力がありすぎた。
え?!
ええええええっ?!
その言葉に、私は再び思考が混乱する事になってしまったのであった。