表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

第3話 深き海より出る影、なにするものぞ

「オマツリサマ!」


 俺は空中で自分の足に『氣鬼戒廻』を突いて、オマツリサマの尾を出し――眼下のデカグロ魚の前まで伸ばす。

 そして尾に着地した俺は、滑るようにしてデカグロ魚のところまで降りていく。


「お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙」


 地の底から響いてくる唸り声。そして飛んでくるタコ足を、俺はさらに出した尾で切り裂いた。


「こりゃあ……凄いな。これならオマツリサマと相討ちも出来るだろ」


 地面にシャン、と『氣鬼戒廻』を突く。しかし次の瞬間、俺が尾を出すのよりも早く足元から蛸足が飛び出してきた。

 ザクッ! と俺の足を吹き飛ばす蛸足。真っ赤な血が足から吹き出だし――俺はふらりとバランスを崩す。


「うぎゃああああああああああああああああああああああああああ!」


「シンドーさん!」


 あまりの痛みで、目の前が砂嵐のようになる。ぐわんと視界が反転し、俺はその場に倒れ伏した。


「す、すぐに回復薬を!」


 オーボエさんが駆け寄って小瓶を出すが……それの蓋を開ける前に、俺の足がくっついた。

 痛みは消えていないのに傷がない、異様な光景。


「えっと……?」


 オーボエさんも困惑している。俺は態勢を立て直すために尾を召喚し、それに乗って上のフロアに上がった。


「はぁっ、はぁっ……クソッ」


 さっき不意打ちで耳を切られた時も思ったが――なんで再生したんだ、俺。

 自分の体に何が起きているのか分からない。ダメ元で大天狗の『氣鬼戒廻』を鳴らしてみる。


『お主の体は、一度オマツリサマに乗っ取られた。その際に彼奴の特性を引き継いだんだろう』


(特性……?)


『うむ、その再生能力のことだ。あとは身体能力もかなり向上しているようだな』


 身体能力……言われてみれば、飛んだり跳ねたりしているのに息が切れてないな。


『もっとも、それらは下地となる修行あってこそ。お主が妥協せず『呪い』をやっていたから肉体が耐えられているのだ』


 ……あのおまじないってそんなに大変なことだったのか。

 馬鹿の一つ覚えと言えど、ちゃんとやっといてよかった。


『ただそのお主でも、今の実力ではオマツリサマを完全に顕現させることは能わぬ。むしろ今のままお主が死ねば、力だけが解き放たれることも有り得る。制御不能な力だけが……それがどれほど恐ろしいかは、分かるな?』


 それは確かに恐ろしい。

 ……となると、俺はあの化物と戦って生還しろと?


『案ずるな。お主に儂の武器を一つ貸――』


 大天狗が何かを言いかけた時、『深き海より出る影』から水の弾丸が飛んできた。

 俺は尾を出してそれを防ぎ、敵を見据える。


「お゙お゙お゙お゙お゙……まさか、贄の巫女がこんなに美味そうな生贄を連れてくるとは……」


「……喋れるのかよ、『深き海より出る影』」


「贄の、巫女……?」


 喋れることに俺が驚いていると、オーボエさんはそれ以上に贄の巫女という言葉に反応していた。

 さっきの話を聞く限り、彼女の一族は人柱みたいなことだから贄と扱われても不思議じゃないが……。


「お゙お゙お゙お゙お゙お゙……しかし、肉は美味そうだが魔力が美味そうでは無いな……? 熟成……そう、熟成しておらん……これじゃあ、足らんなぁ……」


 残念そうな声音。

 何を言っているか分からず俺が首を傾げていると……オーボエさんが、ガタガタと震え出した。

 目に涙を浮かべながら――


「――私たちが、再封印の儀式を行う時は……魔力を高めます。封印魔術を施すために……一年分の魔力を貯めるんです。貯めて、大きくした魔力で……!」


「お゙お゙お゙お゙お゙お゙……まぁでも、良いか。足らん分は、外で食べれば良い」


 にたぁ……。

 魚の口が、奇妙に歪む。そしてゆさゆさと身体を揺すった。


「食べられるために……魔力を貯めて、大きくしていたんですか……!? 一年間、家から一歩も出ずに、極限まで精神を削って――」


 オーボエさんは顔を赤くし、立ち上がりながら声を張り上げた。


「――歴代の巫女たちは、勤めを終えたら解放されたんじゃ、ないんですかっ!? まさか、まさか……最期はあなたが食べるんですか!?」


「贄があるから、退屈な眠りにも耐えられる……しかし今日は、妙に目が冴える。まずはそっちの美味そうな生贄を。デザートに若い贄の巫女を喰らおう。お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙……」


 会話がイマイチかみ合っている感じがしない。アイツはただ喋ってるだけ……やっぱりあれもただの化け物だな。

 言っていることも正しいかなんて分かりやしない……のだが、オーボエさんは我慢の限界が来たのか、叫び声を上げながら剣を抜いた。


「ふざけっ……ふざけるな! ふざけるなふざけるなふざけるな! 私は! 私たちはぁ! いつかは自由になれるって、そのためにっ! う、う、ぐ……うあああああああ!」


 そのまま彼女は階下に飛び降りる。俺は慌てて彼女を追いかけ、空に身を投げ出した。


「殺す……殺してや――きゃあっ!?」


 オーボエさんが着地するより速く、『深き海より出る影』はタコ足を伸ばしてきた。空中で捕獲されたオーボエさん。俺は即座に尾を喚び、タコ足を切断した。


「お゙お゙お゙……?」


 放り出されたオーボエさんをキャッチし、地面に着地する。

 そして彼女を降ろし……グッと胸ぐらを掴む。


「何やってんだ! あんたらじゃ倒せないから俺を呼んだんだろ!」


「でも、でも……! うっ、ぐっ……! お母さんも、私も! あんなのに食べられるために、ずっと、ずっと耐えてるわけじゃ……!」


 泣きながら歯を食いしばるオーボエさん。俺は彼女を抱きしめながら、しっかりと『深き海より出る影』を睨みつけた。


「アイツにキレるのも分かる! でも、今突っ込んだらそれこそ無駄死にだろ! 真正面から戦うなんて無理だ! 落ち着け!」


 俺が力いっぱい彼女を抱きしめると、オーボエさんの身体は徐々に震えが収まり……そして、涙を流しながらも、なんとか身体から力を抜いてくれた。

 ……落ち着いてくれて良かった、ここで暴れて突っ込まれたら守れないからな。


「お゙お゙お゙お゙お゙お゙…………ここは狭い、広げよう」


 そう言った『深き海より出る影』が、大きい口を開ける。するとその口内にさらに小さい口がいくつも現れ、途轍もないエネルギーが充填されていく。

 そして発射される、真っ白な光線。建物の上半分が消し飛び……灰色の空が見えた。


「………………」


「………………」


 唖然とする、俺とオーボエさん。

 なんだ……あの、光線。


「お゙お゙お゙お゙お゙お゙……面倒、面倒。喰らうのは、外で良いか。今はただ空腹、美味な馳走よりも量」


 そう言いながら、『深き海より出る影』は口から白濁した液体を吐き出した。水位がグングンと上がり、『深き海より出る影』がせり上がってくる。

 さらに蛸足を伸ばし、ゆっくりと天井の方へ進む『深き海を出る影』。あの開けた穴から、このまま外へ出るらしい。


「こん……なに……? 世界が終わるって……物理的に『深き海を出る影』が全部壊すっていうことだったの……?」


 灰色の空を見て、呆然とするオーボエさん。

 先ほどまで怒りに震えていたが――今の一撃で、心が折れてしまったようだ。

 確かにアレをこっちに向けられたら、それだけで消滅するだろうし……というか、アレに耐えられる物体なんてこの世にいないだろう。

 とはいえ、今はあの白い光線よりも徐々に水位が上がってきている白濁液の方だ。

 脱出しないと、溺れ死ぬ。


『慌てるな。武器を貸すと言っただろう。「天狗之葉団扇」だ、名を喚べ』


 ――大天狗の声が。俺は大天狗の『氣鬼戒廻』を握りしめ、藁にも縋る思いで叫ぶ。


「『天狗之葉団扇』!」


 くらっ、とまるで貧血のように体から力が抜ける。俺は歯を食いしばって踏みとどまると、『氣鬼戒廻』が巨大な葉団扇に変化した。

 オーボエさんの体を抱え、葉団扇で扇ぐ。すると小さい竜巻が発生し、俺たちの体が浮かび上がった。


「飛べるのか……! こ、このままアイツを別世界に吹き飛ばすことも……!」


『阿呆、今のお主の実力で出来るか。突風と乗旋風だけで我慢せい』


 呆れたように言う大天狗。流石にそこまで楽にはいかないか。

 俺は乗旋風を浮かし、『深き海より出る影』が開けた穴を登っていく。すると俺達を発見した『深き海より出る影』が、白い光線を連打してくる。

 先ほどよりも細い光線だが、当たったら絶対に死ぬ。俺は葉団扇で起こした突風で乗旋風を操作し、気合を入れてそれを回避した。


「お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙……」


 ダバダバと口から垂れ流される、白濁した液体。それから湯気のようなものが噴き上がり、空間が満たされていく。


「喰らおう……」


 蛸足が伸び、俺たちを捕獲しようとしてくる。俺はオマツリサマを召喚して足を切断し、距離を取った。さらに追撃とばかりにオマツリサマの尾を三本突き刺すが――即座に再生されてしまい、致命傷にならない。

 これじゃあ顎を出して、オマツリサマに食わせるしか無いが……あの巨体を食わせ切るとなると、俺の体力が保つかどうか。

 ドット吹き出る汗――『深き海より出る影』はカチカチと歯を鳴らすと、苛立ったようにこちらを睨みつけてきた。


「お゙お゙お゙お゙お゙お゙……目障り」


「知るかよ!」


 ともかく、建物内にいたら逃げ場も少ない。

 俺は一目散に逃げ出しながら、オーボエさんに問いかける。


「弱点とか無いのか、オーボエさん!」


「知りません……というか、あるわけないんです……。世界が終わります、あんなの……あんなの、ただ高ランクのAGが一人いれば倒せるようなモノじゃなかった……!」


 深く、深く絶望しているオーボエさん。聞いている限り、彼女は純粋な被害者だ。こうなってしまうのも、仕方が無いだろう。

 でも俺は、『祠』を壊して『深き海より出る影』を解き放った張本人。絶望することも、諦めることも許されていない。

 だから、アイツを最期まで倒す努力をする義務がある。そのためには――オーボエさんの知識が必要だ。


「じゃあその右目で弱点を見つけられないか!? 俺じゃダメなんだ、俺じゃ何も分からないんだ! オーボエさん、頼む! 助けたいんだ――自由になるんだろ!? もう一回だけ、顔を上げてくれ!」


 ハッ、と顔をあげるオーボエさん。彼女は拳を握り、口を結んだ。

 そして決意を込めるようにして、眼下を見る。今まさに『深き海より出る影』が出てこんとしている大穴を。


「……魔素の集まっている部分だけなら、見つけられると思います。それが分かれば、倒せるんですか?」


「ああ!」


 この手の再生するヤツは、核を潰せば再生しなくなると相場が決まっている。

 俺は思いっきり見切り発車で頷くけれど、オーボエさんはゴシゴシと目元を拭ってから……グッと力強い表情になった。


『実際、魔素の濃い部分を潰せば大きいダメージを与えられるだろう。その上で、『氣鬼戒廻』で魔素を吸い込んでしまえば完全に倒しきれるかもしれん』


 大天狗も太鼓判を押してくれる。俺はニヤッと笑ってから、気合を入れて真下を睨みつけた。


「お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙……」


 ズルズル……びちゃびちゃ……ドロドロ……。

 まるで壺から蛸が出てくるときのように、触手がゆっくりと地面に出てくる。そしてぬぅ……と魚の頭を持ち、尻尾が何千本もの蛸足になった……四つ足の巨大な化物が現れた。

 デカい――山くらいあるんじゃないか。


「やはり食うか? 面倒だな、しかし鬱陶しい。……美味そうだ、逃げなかったし喰らおう」


 支離滅裂。意思の疎通は出来ていないんだろう。

 俺は『おまじない』を行い、オーボエさんの目を見つめた。


「オーボエさん、俺が死んでもアンタを守る。絶対に死なせないし、アイツも倒す。オーボエさんを解放して見せる」


 くだらない物を二つも解放しちゃったからな。

 俺だって、納得いくものを解放したい。

 今は、目の前の彼女だ。


「だから今だけは俺に、命を預けてくれ」


「……はい!」


 勢いよく頷くオーボエさん。俺は乗旋風を操って――『深き海より出る影』に向かって突進した。


 ドドドドッ!


 雨あられのように撃ち出される白い光線。俺は葉団扇を操ってそれらを回避し、『深き海より出る影』に肉薄する。

 今度は目にも止まらぬ速度で俺達を掴もうとしてくる蛸足。オマツリサマの尾で切り裂くが、無尽蔵に出てくる蛸足を全て捌き切ることは出来ない。

 オーボエさんに直撃させるわけにはいかないので、俺は再生力に任せて盾になりつつなんとか時間を稼ぐ。


「くそっ……!」


「見えました! 左前脚の付け根です!」


 オーボエさんが叫ぶ。俺はそのまま乗旋風を一気に上空まで飛ばし――そして、自分だけは飛び降りた。


「えっ、シンドーさん!?」


「待ってろ!」


 もう一個の乗旋風を生み出し、彼女は上空に残したまま俺は――再度、『深き海より出る影』へ突っ込む。

 殆ど自由落下に近い速度で接近すると、『深き海より出る影』が口を開いた。そして中にある小さい口をいくつもこちらへ伸ばしてくる。まるでカメレオンの舌に顎がついているようだ。


「ここだな……! オマツリサマッ!」


 シャアンッ!

 龍とも蛇ともつかない、巨大な顎を生み出してオマツリサマの小さい口を全部食らい尽くす。


「お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙!?」


 驚いたような声を出す『深き海より出る影』。

 俺の体内からスーッと何かが抜けていき、一瞬眩暈がするが……舌を噛んで強引に気合を入れ直し、俺はそのまま巨大な口の中に入っていく。

 そしてオマツリサマの尾を用いて体内を切り裂き、オーボエさんが言っていた弱点……左前足の付け根、即ち心臓に突っ込む。


「お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙!」


「うおおおおおおおおお!!!!」


 ずぶずぶと……黒い何かが、『おまじない』によって体外に張られている氣を貫いて俺の身体を蝕む。

 しかしそれを無視して、尾によって体内を切り裂いた。そして眼前に、紫色で……ドクンドクンと生命力に満ちた心臓が現れる。

 グラグラと揺れる視界、飛びそうになる意識。

 でも俺は腕を振り上げ、シャアン! と『氣鬼戒廻』を鳴らす。その瞬間、オマツリサマの顎が心臓を喰らい尽くした。


「く、た、ばれぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 ぐちゃぁっ!


「お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙!」


 断末魔の後、『深き海より出る影』の身体が崩壊していく。大量の魔素が爆発的に広がり、空へと向かっていった。その勢いにあおられ、俺は意識を飛ばしそうになる。

 しかしその瞬間、葉団扇がブルブルと震えた。


『葉団扇を振るえ、この瘴気を……魔素を、儂とオマツリサマに喰わせよ』


「お、オマツリサマが……復活しねぇか、この量……」


『せん! むしろ儂が力を回復した方がより良い! 瀬琉が信じた儂を信じよ!』


 瀬琉さんの名前を出されては、否とは言えない。

 俺は消えそうになる意識を、最後にもう一度だけ奮い起こす。

 グッと腕に力を込めて葉団扇を全力で振るい――突風を起こした。吹き上がる風が魔素をからめとり、一つの巨大な竜巻に変えてしまう。

 そしてその中に『氣鬼戒廻』を突っ込んで、大天狗とオマツリサマに魔素を吸い込ませた。ものの数十秒で魔素は吸い込み切り――白い靄はきれいさっぱり消え去る。


「これ、で……」


『ああ、完全消滅だ。よくやったぞ』


 後に残ったのは、全壊した建物とオマツリサマの出していた白濁した液体。しかしそれも徐々に水量は減って行っているので、なんとかなるだろう。

 ぐらりと膝を突くが、『氣鬼戒廻』を杖にしてなんとか倒れこむのを我慢する。そしてオーボエさんを降ろすため、葉団扇を振るった。


「シンドーさん、シンドーさん!」


 降りてきた彼女の方を見ると、オーボエさんは乗旋風から飛び降りてきた。

 着地と同時に思いっきり抱きつかれ、俺はそのまま地面に倒れ込む。


「痛ぇ……」


「ありがとう……! ありがとう、ありがとう……! 助けてくれて……ありがとう……!」


 涙ながらにお礼を言うオーボエさん。

 俺は死に損なったことを少しだけ残念に思いながら――意識を手放した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ