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第1話 「お前、あの祠を壊したんか……!?」

「お前、あの祠を壊したんか……!?」


「う……ごめん爺ちゃん」


「なんちゅうことを……! この街、いや日本が終わってしまうぞ!? すぐに準備をする、待っとれい!」


 とんでもない剣幕の爺ちゃんは、大慌てで電話をかけながら部屋から飛び出した。

 俺はガックリと肩を落としつつ……自分の耳に手を当てる。


『セヨ……セ……コロ……カイ……』


 祠を壊してから延々と聞こえている、掠れた声。まるで水の中から響くような、怨嗟の声。

 耳を塞いでも脳に直接響いてくるので、凄くイライラする。

 酒の失敗は若いうちにしておけというが、まさかこんな大事になってしまうとは……。


(後悔先に立たずとは言うが……)


 新しい祠を立てれば済む話でも無いのだろう。

 後悔にうちひしがれていると、婆ちゃんがお茶を持ってきてくれた。


「太一郎、様子はどうだい?」


「えっと……なんか、ずっと耳鳴りっていうか……耳の奥でブツブツと誰かが囁いているような感じがする」


 それを聞いていると、だんだんと意識が遠のいてしまいそうになる。その度に舌を噛んで耐えているが、いずれ限界が来てしまいそうだ。

 ハッキリ言って気持ち悪いし、これじゃあ寝るのも何となく怖い。

 婆ちゃんは物凄く悲しそうな顔をして、俺を抱きしめてくれた。


「それは辛いねぇ……一体、なんでそんなことになってしまったんだい」


 辛そうな声を出す婆ちゃん。俺は少しため息をついて、数時間前のことを思い出す。



▽▲▽▲▽▲



 大学の夏休み――地元を出ていた友人たちが帰ってきているというので、久しぶりに遊ぶことになった。

 うちの両親はたまたまいなかったので、ちょうどいいのでウチで集まることになった。

 まぁ遊ぶと言っても、周囲は山と田んぼしか無いので酒を飲みながらゲームをしたり、映画を見たりくらいしか出来なかったんだが。

 それでも久しぶりに会えた喜びもあって、結構早いペースで酒を飲んでいた。


『太一郎、お前だけ地元出なかったけど……せっかくの大学生活なのに、こんな田舎で良いのかよ』


『良いんだよ、うちの大学は割と就職実績良いし……母さんのこともあるしな』


 理由は不明だが、母さんは体が弱く……体調を崩すたびに、何故か爺ちゃんの寺に行かなくちゃいけない。

 父さんは家を空けがちな仕事をしているので、昔から俺が母さんを爺ちゃんの寺に連れて行っていた。

 両親も爺ちゃんも『気にしなくていい』とは言ってくれているが……そうもいかない。


『相変わらず真面目ってか、義理堅いっていうか……』


『まぁでも、彼女でも出来れば変わるだろ』


『いやでも太一郎は童貞だからなぁ……別に女に興味が無いってわけじゃねえんだろ?』


『むしろ金があったら風俗とか行ってみてえくらいに興味あるよ。あーあ、モテてぇ』


『モテたいなら、生まれ変わるしかねえな』


 そんなくだらない話をしながら酒を飲んでゲームをする。

 夜も更けてきた頃、酒を買い足しにとコンビニに出たところで友人の一人がこんな事を言いだした。


『そういや今日、昼に山に行ったんだけどさ。久しぶりに祠見たんだよ。雰囲気あったしさー、せっかく夏なんだし、肝試ししようぜ!』


 男が五人集まって酒も入っているとなれば、止めるヤツなんていない。山には『出る』って噂の祠もあるし、肝試しにはちょうどいい。

 何も考えていない俺たちは、酔った勢いで夜の山に入っていった。


『そういや、おまじない覚えてるか?』


 山に入る寸前、俺は皆にそう言った。最初はきょとんとしていた友人たちもすぐに思い出したようにポンと手を打つ。

 おまじないとは、両手の人差し指でバッテンを作った後に手で三角形を作り、一度お腹に当ててから……両手を前に突き出したまま、お腹に力を入れて歩くというものだ。


『覚えてる覚えてる! せっかく肝試しだし、そういうのもやりながら行くか!』


 うちの地元では『山に入る時と、寝る前には必ずおまじないをすること。でないとマツリサマに連れて行かれる』と言われていたので、子どもたちは皆それを守っていた。


『じゃあ行こうぜ』


 俺たちはおまじないをしてから、山の中に入っていった。

 なんてことは無い山路、気のおける友人。いくら夜でしかも『出る』という噂があっても、昔の遊び場を怖がるような奴はいない。

 ――でもそれは、祠に近づくまでの話。

 明るい時間に見たことはある。古ぼけて、何の変哲もない祠。

 しかし夜の帳が下り、山が自然に還った時に見る祠は明らかにこの世の物では無かった。


『帰ろう』


『それ』を一目見た瞬間、俺は友人たちに言った。男子小学生と並ぶ最強バカである男子大学生ですら、『男を見せる』ことを躊躇った。それほどの存在感。

 もう酒なんて残っちゃいなかった。確実に全員正気だった自信がある。

 だけど俺達は見てしまった、祠が妖しく光ったのを。

 それを見た俺は、殆無意識におまじないをしていた。友人たちも釣られておまじないをしようとする。

 しかし言い出しっぺの友人が急に――何故か、祠に向かって走り出していた。


『おいバカ、戻れ!』


 咄嗟に俺はそいつの腕を掴む。しかし次の瞬間、ありえない力で俺は祠に放り投げられてしまった。

 物凄い勢いでぶつかり、土台が砕ける。

 そして祠が崩れていき……何も、起きなかった。

 辺りは静まり返り、先程までの違和感は消え去っていた。


『おい! お前なにしてんだよ!』


 別の友人が、俺を投げ飛ばした友人に掴みかかる。しかし掴みかかられた友人は、顔面蒼白でその場に腰をおろしてしまった。


『なにかが、太一郎の中に入ってった』


 そう言い残すと、彼は気絶してしまう。俺たちは何がなんだか分からぬままではあるものの、ひとまず彼を家に送り届けた。

 俺の耳鳴りが始まったのは、友人を送り届けてから。

 だから俺は家に帰らず、そのまま寺を経営している爺ちゃんのところまでやってきたというわけだ――。



▽▲▽▲▽▲



「じゃあほれ、お祓いの準備ができたから行くぞ!」


 婆ちゃんにことのあらましを説明し終えたところで、ケータイを閉じた爺ちゃんが部屋に戻ってきた。どうも車を用意してくれてたらしい。

 酒が残っている気はしないが飲んでいるので、運転は出来ない。俺は


「あー……本当に、本当になんちゅうことを」


 運転しながら嘆く爺ちゃん。その表情は、『貴重なものを壊してしまった』程度の表情ではない。

 俺はゴクリと生唾を飲み込み、爺ちゃんに問いかける。


「その……俺、どうなるの? オマツリサマに祟られるとか?」


「そのぐらいじゃ済まん!」


 大きい声で怒鳴る爺ちゃんにビクッと背筋を伸ばす。


「お前……ちゃんとおまじないはしたんじゃろうな」


「え……あ、うん。山に入ってる間はおまじないしてたし、祠を壊しちゃってすぐにもしたよ」


「ほうか。なら今もやっとけ」


 爺ちゃんに言われて、俺はおまじないを繰り返す。念の為、友人達にもおまじないをするように連絡を入れておく。

 車に揺られて十分ほどで、爺ちゃんが管理しているお寺に着いた。

 そしてそこには――10人以上のお坊さんが集まっている。全員が鬼気迫る表情で、こちらを見てきた。

 まるでこの世の終わりでも迫っているかのような雰囲気だ。


「新藤さん! アンタんとこの孫がオマツリサマの祠を壊したって……!?」


「あぁ。だがコイツが『お呪い(おまじない)』はやってたからよ! 祓わんでも再封印が間に合うかもしれん! 先に封印を!」


「分かった!」


 お坊さんたちが一斉に動き出した。俺は何をすれば良いのか分からないので、端っこに移動しておまじないを続ける。

 この行為になんの意味があるかは分からないが、あんな剣幕で言われたら従うしかない。


「ほう、よく練れている。幼い頃から欠かしていないな」


 ふと、後ろから声が。振り向くとそこには……まだ若いお坊さんが立っていた。若いと言っても四十代くらいだろうけれど。

 彼は俺のおまじないをジッと見つめたかと思うと、背中をコンと叩いて来た。

 その瞬間、『何か』が『開いた』感覚に襲われた。今まで閉じていた目が開いたような感覚。


「えっと……? どちら様ですか?」


「拙僧は瀬琉せると申す。今はお主の経穴を開いておいた。これで氣が操れる……少しは時間稼ぎになるだろう」


「はぁ……」


 そのお坊さん――瀬琉さんは大きい錫杖を持っていた。それをシャンと鳴らすと――ドクン、と俺の中で言いようの無い何かが暴れ出す。

 驚いてお腹に手をやると、その何かはスーッと収まっていった。


「えっと、これは……」


「この錫杖は『氣鬼戒廻』と言う。お主が解き放ったような『あちらの世界』の妖鬼を封じ、持ち主の力とする。何も収まっていない物は殆ど残されていなかったが……」


 そう言って、背中から布に巻かれた棒を降ろす瀬琉さん。中からは古ぼけた錫杖が出て来た。

 何も封印されていない『氣鬼戒廻』なのだろう。


「通常の封印がダメであれば、こちらの『氣鬼戒廻』を使う。それでもダメならば放逐する」


「な、なるほど……。それまでに俺が出来ることはありますか……?」


 俺が瀬琉さんに問いかけると、彼は少し不思議そうな顔でこっちを見て来た。


「キミは取り乱さないのだね。妖鬼関連の案件は、君たちのような若い子には『非科学的だ』と一蹴されて協力を得られない事が多いんだが……」


 実際、俺の友人たちは皆『大丈夫じゃないの?』みたいに、結構軽く考えていたからな。

 しかし俺は、やや信心深い方だ。


「祠を壊してしまった時に、不思議な物を見たのが一つ、ずっと耳の奥でブツブツと何かが呟いている感覚がしているのが一つ、現実味が無くて、話についていけないのが一つ。あと、爺ちゃんがここまで言うことだから信じているのが一つです」


 俺自身に霊感は無く、また特に霊関係の事件が起きたことは無い。でも爺ちゃんとは仲が良かったし、その爺ちゃんのアドバイスで結構助けられてきた。

 そんな爺ちゃんが『今回はマズい』と言っているのだから、素直に従うのが吉だろう。


「そうか、良きことだ」


「うおい! 太一郎! こっちゃ来てこれに座れい! 瀬琉さんも一緒に!」


 いつの間にか寺の前に祭壇のような物が用意されていたので、俺は慌てて爺ちゃんの元へ。

 そして祭壇の前に置かれていた椅子にちょこんと座る。


「ええか、今からお前ん中におるオマツリサマをもう一回封印する。ほんとはあの祠がええんやけど、今回はこちらのお寺さんを使わせてもらえることになった」


「わ、分かった」


「しゃあけど、封印が成功するとは限らん。そしたら今度は祓う。これは……まぁ、無理じゃがな。簡単に祓えるんじゃったら、あんな云百年も封印しとらん」


 ごくりと生唾を飲む。


「ほんで最後は、瀬琉さんの『氣鬼戒廻』を使って封印する。ただこれはおんしが一生管理せんとならんから、出来れば避けたい」


「一生、部屋に置いとくってこと?」


「肌身離さず氣でコントロールするんじゃ。瀬琉さんくらいの坊主にならんと、気が狂うぞ」


 そりゃ気が狂うだろうな。


「それでもダメなら?」


「……最終手段を使う。そんためにこんだけ坊さんを集めたんじゃからな」


 最終手段というのは、さっき瀬琉さんが言っていた放逐とやらだろう。

 それが何を意味するのかは分からないが……俺に出来る事は、そうならないように祈るだけだ。

 爺ちゃんが俺の前に来ると、数珠を取り出しだ。そしてそれを振り回す。


羯諦羯諦ギャーテーギャーテー波羅羯諦ハーラーギャーテー波羅僧羯諦ハラソウギャーテー菩提薩婆訶ボージーソワカー


 何かを唱える爺ちゃん。そして他の坊さん達も一斉に同じように何かを唱える。


「「「羯諦羯諦ギャーテーギャーテー波羅羯諦ハーラーギャーテー波羅僧羯諦ハラソウギャーテー菩提薩婆訶ボージーソワカー」」」


 一方、瀬琉さんだけは何も唱えることなく……俺達がやらされていた『おまじない』と似た動きをしている。そして『氣鬼戒廻』を構えた。

 すると瀬琉さんから真っ黒なオーラのような物があふれ出す。祠を壊す寸前に出てきた光によく似ている。


「オマツリサマよ……! どうか怒りを鎮め、再び眠りにつき給え! きええええええええええい!」


 爺ちゃんが叫ぶ。すると数珠から瀬琉さんと同じようなオーラが出てきて、俺に直撃した。するとその瞬間、俺の中から超巨大な蛇の尾のような物が飛び出してきた。

 真っ白であり得ないほど巨大な尾。それが俺の腹から飛び出して爺ちゃんの腕を吹き飛ばし、そのまま後ろに建つお寺を破壊した。


「ぐあああああああああ!!!」


 爺ちゃんの叫び声。さらに尾が暴れ、周囲のお坊さんを蹴散らして、狛犬や周囲の木々を薙ぎ払っていく。

 映画やアニメでしか見たことが無いような光景に脳がフリーズするが――俺は咄嗟に『おまじない』をやって、お腹に触れる。

 すると蛇の尾が動きを一瞬だけ止める。しかしすぐに二本目の尾が出てきて、破壊活動を再開した。


「ちょっ、やめっ、やめろ!」


「少年! 落ち着け! ぬぅん、『氣鬼戒廻』!」


 瀬琉さんが錫杖を振るうと、巨大で真っ赤な腕が空中から出てきて尾を掴んで地面に叩きつけた。大怪獣バトルのような光景に思わず怯む。

 しかしすぐに俺は爺ちゃんの方を見ると、声を張り上げた。


「爺ちゃん! 大丈夫!?」


「た、太一郎……! 止むを得ん、祓うから『お呪い(おまじない)』をしとれ……!」


「お、おう!」


 爺ちゃんに言われた通り、『おまじない』を再開。そして瀬琉さんがもう一本の『氣鬼戒廻』を用意する。これで瀬琉さんが取り出した『氣鬼戒廻』は三本になった。

 そして大きく息を吐くと、苦しそうな顔になる。


「やはり赤鬼ではオマツリサマの尾を防ぐのが精一杯か……! 今のうちに、祓黒焔を!」


「よし……! 羯諦羯諦ギャーテーギャーテー波羅羯諦ハーラーギャーテー波羅僧羯諦ハラソウギャーテー菩提薩婆訶ボージーソワカー


 再度、お経を唱える爺ちゃん。するとお坊さんたちの上に蒼い焔が出現した。

 除霊……なんだろうけれど、かなり仰々しい。ボロボロのお坊さんたちが一斉に焔を俺に投げたが――三本目、四本目の蛇の尾がそれを弾き飛ばしてしまった。


「うぐああああああ!」


 薙ぎ払われる爺ちゃん達。皆どこかを怪我してしまったようで、身体から血を流している。


(ど、どうすれば……!)


 おまじないくらいしか出来ない。俺はあまりの無力感に歯噛みしていると、瀬琉さんが『氣鬼戒廻』を持って駆け寄ってきた。


「も、もう一度だ! もう一度やるぞ! 今度は拙僧も……!」


「んなこと言っている場合じゃない、瀬琉さん! その『氣鬼戒廻』を使ってくれよ!」


 ボロボロの爺ちゃん達に、これ以上無理をさせるわけにはいかない。

 しかし瀬琉さんは首を振ると、俺の肩を掴んだ。


「阿呆! これを使うということは、お主は一生これと付き合うことになるのだぞ! それに、お主の身体に負担がかかるし、確実に成功するという保証も無いのだ!」


「でも皆ボロボロだし、俺が責任を取らなくちゃダメだろ! 貸してくれ!」


 そう言いながら瀬琉さんから『氣鬼戒廻』をひったくり、自分の腹に突き刺す。すると『氣鬼戒廻』が眩い光を放って、尻尾がぐんぐんと吸い込まれていった。

 カラカラン、と地面に落ちる『氣鬼戒廻』。俺はホッとしてから、地面に座り込んだ。


「良かった……! 助かった! って、そんなこと言ってる場合じゃねえ! 早く皆を病院に連れて行かなくちゃ!」


 そう言いながら俺は『氣鬼戒廻』を拾い、そして瀬琉さんに駆け寄って――彼の眼に『氣鬼戒廻』を突き刺した。


「………………は?」


「ぐ、ぐあああああ!」


 目を押さえ、うずくまる瀬琉さん。彼が『氣鬼戒廻』を振るうと、空中から真っ赤で巨大な足が出てきて俺を踏み潰そうとしてきた。

 しかし俺が持っていた『氣鬼戒廻』から尻尾が出てきてその足を弾き飛ばす。


「やはり……! もう君の身体はオマツリサマの意思に操られている! このままではダメだ!」


「そ、そんな……!」


 シャン、と『氣鬼戒廻』に地面に突いた後、まるで槍のようにひゅんひゅんと振り回す俺。こんな動き、一度だってしたことが無いのに……体が勝手に動く。

 まるで見えない糸に操られているかのような恐怖に、カチカチと奥歯が鳴り……涙が零れ落ちてきた。


「せ、瀬琉さん……! どうにか、なんとかしてくれ……!」


 手に持った『氣鬼戒廻』で、瀬琉さんに殴りかかる俺の身体。瀬琉さんは赤い腕を召喚しつつ俺の攻撃を捌いているが、徐々に押されているようだ。

 どうすれば、どうすれば――


「ま、待て瀬琉! 太一郎! ワシがオマツリサマの意識を引き受ける! 瀬琉、おんしはオマツリサマの力を放逐せよ!」


「しかし! そんなことをすれば、いずれ貴方も気を狂って死んでしまう! それに放逐してしまえば、太一郎君はこの世にいられなくなる!」


「んなこと言っておられるか! オマツリサマの意識はワシに憑依させ、力をこの世界から放逐する! これしかあるまい!」


 爺ちゃんがそう言った瞬間――『氣鬼戒廻』から五本目の尾を出現させて爺ちゃんの脚を切り飛ばした。そしてさらに六本目の尾まで出現させる。

 倒れこむ爺ちゃん。しかし俺の身体はその爺ちゃんに追撃を加えようとして――


「せ、瀬琉さん! やってくれ! もう嫌だ、こんなの嫌だ! これ以上暴れるくらいなら、死んだ方がマシだ! 放逐してくれ!」


「ぐ……! 止むを……止むを得ん! 恨むなら拙僧を恨めよ、太一郎君!」


 そう言いながら、もう一本の『氣鬼戒廻』を振り上げる瀬琉さん。すると今度は空中に葉団扇が召喚される。


「まずは意識を移す……! はぁっ!」


 ブウン! と団扇が振るわれ、俺の中から白い何かが爺ちゃんに移る。

 そして次に『氣鬼戒廻』を振るうと――なんと、真っ赤な顔で長い鼻を持つ巨大な化物が出てきた。


「大天狗様! 彼をオマツリサマごと放逐してくだされ!」


『……瀬琉よ。お主はいつもいつも、無茶を言うな。彼奴は序列が上だ、某も共に征かねば不可能だぞ』


「それでもいい、頼む!」


『仕方がない。ほかならぬお主の頼みだ』


 そう言った大天狗は、俺の身体をガシッと掴んだ。そして自分が封じられていたであろう『氣鬼戒廻』を俺に持たせ、物凄く鋭い眼で睨みつけてくる。


『罪に罰は受けた。これからどうするかはお主次第だ』


「は……?」


 巨大な葉団扇を振り上げ、ばさぁ! と振り下ろす大天狗。

 その瞬間、俺はふわりと地面から浮かび上がった。


「何が……!?」


『意識を移した肉体が死せば、再度『力』に戻ってきてしまう。故にお主に残る『力』ごと異世界へと放逐するのだ』


「それで……それで皆、どうにかなるのか!?」


『まぁ、某がどうにかしてやろう。そぉれ!』


 ブウン!

 葉団扇で起こされた風により、ぐにゃあと世界に穴が開いた。

 そして大天狗は俺を掴んだまま――その穴の中に入っていく。


「爺ちゃん! ごめん……! 瀬琉さん、ありがとう!」


「太一郎君! キミの祖父は拙僧がどうにかしてみせる! ……拙僧の方こそ、キミに全てを押し付けてしまってすまない!」


「良いんです……俺が馬鹿だったから……!」


『では行くぞ』


 そう大天狗が言った瞬間、穴が閉じた。

 こうして……後悔と懺悔に包まれたまま。

 俺の人生は幕を閉じた。



▽▲▽▲▽▲



 ひゅーん……どさっ、がしゃーん。


「痛っ! えっ!? あれ、あれ!? 俺、生きてるの!?」


 気づけば、俺は木々に囲まれた森の中にいた。

 どうも空中から落下してきていたらしく、落下地点にあった建物がクッションになってくれていたようだ。

 辺りには『氣鬼戒廻』が二本落ちており、どちらからも禍々しいオーラのような物が立ち昇っている。


「…………えーっと、これはどうなったんだろうか」


 周辺の木を見る限り、日本では無さそうだ。というか、地球ですら無さそう。

 だって木々の葉が紫色だから。


「こんな毒々しい葉っぱなんて見たことねぇし。にしてもこれからどうすれば……」


 と俺が呟いたところで――がさっ、と木々をかき分ける音が。

 人が来たのかと思ってそっちを見てみると、そこにはわなわなと震える女性が立っていた。


「貴方……もしかして、壊したんですか!? その祠を!?」


「えっ!? また!?」


 また俺、マズい祠壊しちゃいました!?

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