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ep.55 脈なし
彼女は何も答えない。
どんな言葉をかけても、視線を向けても、彼女は俺を無視する。
以前は肌で感じていた彼女の陽だまりのような温度はなくなり、ドライアイスのような冷たさだけが底にあった。
俺が知ってる彼女はもういない。
「脈、ないのか…」
そう呟くと、隣にいた男が無言で頷いた。
これまでの彼女との思い出が走馬灯のようによみがえる。
春に出会い、夏は花火を見て、秋は彼女の好きな本について語り合った。次の春に桜を見に行こうと約束したじゃないか。
病室の外がやけに騒がしい。俺は彼女の隣から動けなかった。




