ep.13 見てはいけない
妻が俺を殺そうとしている。
最近、俺に隠れて妻がノートに何かを記している。
長年の結婚生活経て、俺と妻の間に秘密はなくなっていた。お互いのスマホのパスワードだって知ってる。今さら俺に何か隠すようなことでもできたのだろうか。
気になった俺は妻のノートを覗き見ることにした。
そこには緻密な殺人計画が書かれていた。
毎日少量を摂取させることで自然死と錯覚させられる毒物や、事故死に見せかけるための緻密なトリック、万が一自分に疑いの目が向けられた時の対処法などがまとめられている。それだけなら特に何も思わなかっただろうが、書かれている内容は最近俺の身の回りに起こったことだ。
妻は俺を殺そうとしているんだと直感的に思った。
「あーあ、見られちゃったか。」
妻が背後にいたことに俺は気付かなかった。
できるだけ冷静に聞こえるように妻に尋ねる。
「お前、これはなんだ。」
「見ての通りのものよ。」
特に悪びれる様子もなく妻が答える。俺は更に質問を重ねた。
「これを実行しようとしているのか。」
「まあ、そうね。したいと思ってるわね。」
そうするのがさも当然であるかのように言う。なんだその態度は。
「お前ふざけるなよ!」
俺の怒声に妻の肩がビクッと震える。声を荒げたいわけではないが、そうさせる妻が悪いだろう。彼女は小さくため息をついた後に言った。
「なんで小説ネタにそんなに怒ってるのよ。」
「小説ネタ?どういうことだ?」
「そのまんまの意味だけど。今小説書いてるの。それ、私のネタ帳。」
俺が持っているノートを指差して妻が言う。
「そのネタ帳に書いてある内容で小説書こうと思ってたの。」
彼女の言う『これを実行する』とは小説を書くことだったらしい。とんだ勘違いをしてしまった。
「なあに?このノートに書いてあることを使って、わたしが殺人でも犯すと思った?」
図星だ。たが、認めるのはなんか癪だった。
「お前が紛らわしいこと言うから、お前が悪い。」
「はいはい。ごめんなさいね。」
「そもそも小説を書くくらい秘密にしなくたって。俺だって何か助言できるかもしれないし。」
「いつもいろんなことを教えてくれるもんね。」
妻は苦笑いしながら言った。少し物知らずなところがある彼女に家事のいろはを教えたのは俺だ。今までのことを思い出しているのだろう。
「そうだ。例えばこんな話はどうだ。」
妻の小説の役に立つかもしれない。俺は思いつくままにアイディアを妻に伝えた。
夫に殺人計画がバレた。正確に言うと殺人計画の案を書いたノートを勝手に見られていた。結婚してかなりの年数が経ち、夫との間に秘密はほぼない。傍からするといい夫婦関係に見えるかもしれないが、夫婦であったとしても勝手にノートをみるのはプライバシーの侵害だ。本当にデリカシーがない。
見られてしまったものは仕方がない。そもそも私の全てを把握したがるモラハラ気味の夫に気付かれない方がおかしいのだ。要領を得ない会話を夫と続ける。
夫は本当に私が殺人をするものと思ってるみたいだ。まったく妙に勘が鋭いんだから。普通それ見て本当に殺人するとは思わないでしょ。
夫の怒声に条件反射で肩がビクつく。気に入らないことがあると、直ぐに大きい声を出すところ、ほんと大嫌い。
小説のネタだと伝えたら、勘違いを指摘されたことが恥ずかしかったのか、お前が悪いと言われた。勝手にノートを見たのはそっちなのにね。
一言謝った後、夫は嬉々として自分の小説のアイディアを伝えてくる。あーあ、これは実際に小説を書くときに夫のアイディアを使ってないと怒るパターンだ。めんどくさい。
私が何もかも夫の言う事を聞かないと彼は気がすまないのだ。料理の味付けも洗濯物の干し方も掃除の順番もそうだった。そのくせ、その通りに家事をこなすと教えた俺のおかげだとか言う。家事を実際にやってるのは私だ。知識だけで何もできないくせに。
まあいい。本当に見られたくないものはそんな直ぐに見つかるところには置いてない。スマホの隠しアプリを開き秘密のパスワードを入力する。ノートには書いてない殺人メモを一眺めして夫の元へと戻った。




