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13 式典の夜②

「ええと……式典の方は、本当に大丈夫なの?」

「今は飲んだり食べたりの宴会状態なので、僕一人が抜けても大丈夫です。そろそろダンスの時間ですけど、僕は参加しませんし」

「そう! ダンスの相手……えっ、参加しない?」


 まさに私が聞きたいこと! と思って食いついたのに、フィルはあっけらかんと笑った。


「はい、しません。だって踊る相手がいませんもの」

「……いないの?」

「いませんよ」

「そんなに顔がいいのに?」

「あはは、アレクシアさんに褒められるとやっぱり嬉しいです。でも……顔がよかろうと何だろうと、いないものはいません」


 若干失礼な聞き方をしてしまったけれどそれでもフィルは笑って答え、自分が先ほどまで立っていた三階の方を見上げた。


「カイ殿下なら、大丈夫です。ずっとハイデマリー様と一緒にいて、今は二人でファーストダンスを踊っているはずです。会場の者たちも皆二人に視線が釘付けで、たかが一般兵の僕が消えても誰も気にしません」

「……」

「もしかして、アレクシアさんはまだ、僕がハイデマリー様に気があると思っているのですか?」


 そのものずばり聞かれたので、うっとなる。いつぞや魔法師団で尋ねたことを、彼はちゃっかり蒸し返してきた。


 私が沈黙していると、フィルはため息をついた。


「改めて言いますが、僕はハイデマリー様に何の感情もありません……ああ、いえ、仲間としては素晴らしい人です。貴族のご令嬢でありながら傲ったところがなく、聖魔法の腕前も優れている。あの破天荒なカイ殿下を支えるのにふさわしい人だと思っています」

「……」

「ということで、僕はハイデマリー様に恋情を抱いているわけではありません。間違っても、一緒に踊りたいとも思っていません」


 フィルははっきりと言うけれど……それじゃあどうして、漫画でのフィルはハイデマリーに告白したのだろう。


 漫画での彼は本当に、ハイデマリーのことが好きだったから?

 それとも……そのときには既に闇堕ち一歩手前の彼は、ハイデマリーのことが好きではないけれども告白したの?

 ――心の奥では憎んでいたカイに、傷を与えるために?


 いや、そんなの憶測でしかない。そもそも私は漫画の内容をはっきりとは覚えていないし、漫画でフィル視点になるところはなかったと思うから、彼がどんな気持ちでハイデマリーに告白したのかを知ることはできない。


 ……とにかく、漫画のことは漫画のことで、現実は現実だ。

 フィルは、ハイデマリーに玉砕告白をしなかった。彼女に片想いをしているわけでもないと断言した。


 それはつまり……彼の闇堕ちエンドを回避することができたのだ。


「……よかったぁ」

「えっ?」

「あ、いいえ、何でもないの」


 ぽろっと本音が出てきてしまったので慌ててごまかしたけれど、フィルはどこか据わった目で私を見てきた。


「……よかった、と言いましたか? 僕がハイデマリー様のことが好きじゃないと分かって、よかったのですか?」

「えっ、ああ、うん、まあ、そういうことよ」

「……」

「フィル?」

「踊りませんか、アレクシアさん」


 ささやくように言ったフィルが手を差し伸べたので、思わずあたりを見回してしまう。


 既に夜の闇が間近まで迫ってきた王城の中庭は、見張り兵の姿もほとんどいなくてひっそりとしている。今頃、王城のホールでは華やかなダンスパーティーが開かれているだろう。


 そんな中、殺風景な庭園でダンスに誘われてしまった。


「……ええと。それは、どこで?」

「ここでいいと思います。あなたと二人だけのダンスホール、素敵ではないですか?」

「そうね、素敵だと思うわ。……っと。でも私、あなたと違って普段着よ」


 さらりと問われたのでさらりと答えてしまってから懸念事項を告げると、フィルは小さく笑った。


「僕のもあなたのも布製の衣装で、同じようなものです。気にすることはありません」

「……どうして踊るの?」

「出陣前に、あなたとの思い出を作りたいから。それが理由では、だめですか?」


 そんなふうに尋ねられて、否と言えるはずがない。


 躊躇いつつも手を差し出すと、白い手袋の嵌まったフィルの手にそっと握られた。そのまま彼の方に引き寄せられ、くるりとその場でターンする。


 これでも私はそれなりにいいところのお嬢様なので、ダンスなどは教わっている。むしろ平民出身だというのにフィルのダンスはうまくて、足下が草地だというのになめらかに足を動かして優雅に踊っているのが意外だった。


「……踊るの、上手なのね」

「カイ殿下のおまけとして、いろいろなものを教え込まれたもので」


 ああ、なるほど。

 彼はカイの勉強に付き添うこともあるらしいし、ついでにダンスなどを仕込まれることもあるのだろう。それにしても、上手だけど。


「……無事に帰ってきてね」


 彼に腰を支えられてくるりと回りながらごく小声でつぶやくと、その声をちゃんと拾ったようでフィルが私を支える手に力を込めたのが分かった。


「はい、必ず無事に帰ってきます。あなたのもとへ」

「……ずいぶん意味深な言い方ね」

「それもそうでしょう。好きな女性のことなのですから」


 フィルの言葉に、足がもつれてしまう。でもフィルは転びそうになった私のお腹にそっと手を添えて支え、私の顔を見下ろした。


 ……今、何と言った?


「……フィル? 今、あなた――」

「好きです、アレクシアさん」

「……え、ええっ?」

「ずっと前から、あなたのことが好きです」


 フィルの真剣な目が、私を見つめている。城壁にかけられたたいまつの明かりが、彼の鈍い色の髪を柔らかく照らしている。


 時が、止まったかと思った。

 まるで、世界に存在するのが私たち二人だけになってしまったかのような感覚に襲われる。

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