1-9 にちようあさのすうぱあひいろう
「提案ヲ承諾スル」
無機質な返答が、試合開始の合図になる。歪な形をしたゴーレムの左腕が高々と掲げられたかと思うと、そのまま迅雷のごとく振り下ろされた。
「!」
ジュリオの脳天をねらったはずの拳が、水晶の床にまっすぐ吸い込まれる。一拍の間を置いて、ゴーレムを中心とした周辺一帯がクレーターのように陥没した。衝撃で勢いよく舞い上がった破片が、少し離れた亮太たちにまで襲い掛かる。けれど、いつの間にか展開されていたスノードームが全てを弾き返した。ロミットの氷の障壁は爆風からも守ってくれる超高性能仕様らしい。あれだけの派手な攻撃でありながら、亮太はそよ風に頬をくすぐられた程度の刺激しか受けない。
(どこに……)
そんなかまくら型の核シェルターの内側から、目を凝らしてジュリオの姿を探す。ゴーレムの最初の一撃で潰されてしまったかもしれないとは、微塵も考えなかった。
「あっ」
案の定、巨体の背後で揺らめく人影を見つける。ジュリオだ。大胆にもゴーレムの股越しにこちらを覗き込んでいる。目が合ったと思ったら、にっこり笑って手を振ってくれた。とんでもない余裕っぷりがおかしくて、亮太の肩の力もすとーんと抜けてしまう。
(なんかすっごい楽しそう)
すぐにゴーレムも異変に気づいたようだ。前のめりだった体勢を立て直すと、足元にまとわりつくジュリオ目掛けて再び拳を振るう。今度は両腕で、先程よりも細かく激しく。それでもジュリオには擦りもしない。ひょい、どすん。ひょい、どすんと、完全にモグラ叩きの様相を呈しているが、いかんせんモグラが俊敏すぎて全くゲームになっていなかった。
「すっごく速いです!」
「勇者は元々の身体能力も常人離れしているが、雷の魔法で自身を強化することによってさらに超高速の動きを可能にしている。あの状態の勇者を正確に捉えることは、守護者といえど難しいだろう」
「なるほど!」(勝ったな!)と、心の中でガッツポーズ。攻撃が当たらなければどうということはないのだから、もう勝負はついたようなものだ。大胆にもゴーレムの肩や頭まで足場にして飛び回り始めたジュリオを目で追いながら、亮太は勝利を確信する。
「だが守護者にも奥の手が存在する」
「なんと!」
ロミットの不穏な言葉に呼応するかのように、ゴーレムの行動パターンが変化した。ジュリオを叩き潰そうとハンマーのごとく上下していた左腕を突如として水平に薙ぎ払うと、手のひらを突き出すように大きくパーの形を作る。ジャンプ途中だったジュリオに向けられたそれが、ほのかに発光したと思った――次の瞬間。
「ひゃっ!」
まるで小さな太陽が爆発したかのような衝撃とともに、ゴーレムの手のひらからレーザービーム的な何かが放出された。亮太の視界の中央から右端へと、オーロラ色の眩い光の本流が怒涛の勢いで流れ続ける。
「……っ、……!」
あんなものをまともに喰らったら、ひとたまりもない。思わずジュリオの名前を呼ぼうとして、それは実は彼の名前ではないかもしれないということに、今更ながら思い至った。ジュリオやロミットだと思っていた二人には全く別の名前があって、さらに全く別の世界で全く別の生き方をしているとなると、それはもう亮太が推している『極マリ』のロミジュリとはいっさい関係のない存在ということになる。
(でも、別人だったとしても、それでも)
ジュリオと同じ顔をした彼の、ジュリオよりもずっと強い彼の無事を願う気持ちに変わりはない。
「あっはは、びっくりした! めちゃくちゃかっこいいね、それ!」
天井からの、天真爛漫な声。ジュリオだ。無事でいてくれた。最後に見たときよりも、さらにさらに高い位置でその姿を発見する。可動域の限界まで首を傾けた亮太の口が、自然にぽかんと開いてしまうくらいに高い。そんなところにまで、一体どうやって飛び上がったのか。
ジュリオはサーカスのブランコ乗りもかくやというほどの華麗な回転を決めると、そのまま勢いをつけて落下する。大技を繰り出した反動のためか、ビームを放ったポーズのまま硬直していたゴーレムの腕の根本に、体重を乗せた踵落としを叩き込んだ。
何十枚もの窓ガラスが砕け散るような甲高い轟音とともに、ゴーレムの巨躯に大きな亀裂が走る。綺麗に切断された左腕が、ごとりという悲鳴を上げながら床へ落ちた。
「ごめんね。痛覚はないと思ったから、ちょっとひどいことしちゃった」と、すかさず軽快なバックステップでゴーレムとの距離を空けながら、ジュリオが笑う。ちょうど亮太たちの少し前方にまで、その背中が戻ってきた。
「す、すごいです! 日曜朝のスーパーヒーローみたいです!」
「にちようあさのすうぱあひいろう」
己の胸元ではしゃぐ亮太の言葉を、ロミットがオウム返しする。わずかに首を傾けている姿も相まって、なんだかとてもかわいらしい。
「めちゃくちゃ強い人という意味です!」
「そうか。確かに勇者は、おそらく世界で一番強いだろう」
「一番!」
なんてオトコノコゴコロをくすぐる響きだろう。オリンピックをテレビで見るだけの亮太には、まさに別世界のように縁遠い言葉だ。けれど体操選手も真っ青な身体能力を見せつけるジュリオの首には、確かに金メダルがふさわしい。




