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【二部開始】魔王と勇者のカスガイくん~腐男子が転生して推しカプの子どもになりました~  作者: 森原ヘキイ
第二章 カスガイくんは、新居で一緒に暮らしたい

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2-10 エモいです! キャッチーです!

 ギルモンテの話は、およそイリスが予想したとおりだった。

 二百五十年前。この屋敷には、あの肖像画に描かれていた三人の家族が住んでいた。たくさんの使用人たちに囲まれて、それはそれは仲睦まじく暮らしていたらしい。まだ精霊としての自我が芽生えたばかりで身体を持たないギルモンテは、そんな温かな光景を遠くからそっと見守っていた。


(精霊は人や物の強い想いによって生まれる生命体、だったっけ)


 イリスはマオから聞いた知識を思い出しながら、静かに語り続けるギルモンテの濡れた目をじっと見つめる。この屋敷で暮らす家族の幸せな感情が、この優しい精霊を生み出したのだろうか。

 

「ですが、その日々も長くは続きませんでした。あるときを境に、この屋敷から急に人がいなくなってしまったのです。最初に使用人たちが、続いて幼いお嬢様が、最後にご夫婦が。常に楽しげな笑い声が響き渡っていたこの屋敷に終わりを告げたのは、奥様の悲痛な泣き声でした」

 

 円滑な説明のために、感情を押し殺しているのだろう。わんわん泣いていた先ほどとは打って変わって淡々と言葉を紡ぐギルモンテだが、それがかえって彼の悲しみの深さを物語っているように思えた。

 

「気がつけば、誰もいない屋敷の中にワタクシだけが立っていました。とても不思議な感覚だったことを覚えています。たとえば、ずっと熱心に読んでいた絵本の中に、新しい登場人物として誕生したかのような」

「――ちょっとわかります」

 

 とっさに相槌を打ったイリスに、全員の視線が集中する。

 最初にこの世界に来たときは、それこそロボットアニメ『極マリ』の中に入り込んだような錯覚を覚えたものだ。すぐに推しカプのそっくりさんに出会えたことで何も心配せずにいられたが、たったひとりで大きな屋敷の中に取り残されたギルモンテの心境を思うと、心細さに身震いする。

 

「……イリス様も、その若さで波乱に充ちた人生を送られているのですね。ワタクシも、まさか自分自身が屋敷の精霊になるとは想像もしませんでした。そして、なぜ今さらなのかとも。もっと早くに実体化していれば、この能力もご家族のために使えたはず。ひょっとしたら、皆様がここを出て行くことも阻止できたのかもしれない。そんな後悔の念と無力感に苛まれながら、この屋敷を守り続ける日々でございます」

「う、うっ、ギルモンテさんそんなっ。ギルモンテさんが自分を責める必要は全然ないはずです!」


 イリスの目の端にぶわっと大きな熱い水の塊が現れ、次から次へと零れ落ちていく。高校生の亮太はそこまで泣き虫ではなかったはずなのだが、子どもの姿になったことでストレートに感情を表現するようになってしまった。それがいいことなのか、悪いことなのかはわからない。少なくとも今は、ユラが気遣わしげにタオルハンカチを差し出してくれたお陰で幸せになれたのでよしとすることにした。あ、ワンポイントでメンダコの刺繍が入ってる。かわいい。すき。くんかくんか、ちーん。

 

「あのさ、ギルモンテ。その家族って――」

「勇者」


 イリスの頭を優しく撫でながら精霊に問いかけるユラを、マオの一言が制した。イリスにはユラが言いかけた内容も、マオがそれを止めた理由もよくわからないが、当人同志はバッチリ通じ合っているらしい。「……そっか、ごめん。考えなしだった」とマオに小声で謝罪すると、ユラは改めてギルモンテに向き直る。


「君たちの事情はよくわかったよ。話してくれてありがとう」

「こちらこそ、ご清聴ありがとうございました。イリス様も……ああ、なんてことでしょう! こんなに大きくてきれいな目を真っ赤にさせてしまうなんてワタクシの馬鹿馬鹿っ! でもでも申し訳ございません、ワタクシとてもうれしいのです。こんなふうに誰かに泣いていただけるなんて初めてで、夢にも思わなくて、こんなこんなっ」


 ずざざざざっとスライディングでイリスの足元にひざまずいたギルモンテの目から、再び盛大なウォーターショーが始まった。もらい涙で鼻をぐずぐずさせるイリスの肩に、マオの大きくて冷たい手がそっと置かれる。

 

「イリスの言うとおり、この屋敷に起こったことはもう誰にもどうしようもなかったんだから、あまり気にしなくていいんじゃないかな。とは言っても、それが君の精霊としての存在意義になっているんだったら、簡単には気持ちを切り替えられないと思うけど」

「はいっ、はい、ありがとうございます、ユラ様。――そのことなのですが、ワタクシ少し考えたことがありまして」


 袖口でぐいっと目元を拭くという、およそ執事の外見に似合わない豪快な仕草で涙を止めてから、ギルモンテが立ち上がる。背筋を正したまっすぐな姿は、大きな彫刻のようにも見えた。


「それをお伝えする前に、まずは皆様のご用向きを伺ってもよろしいでしょうか? なぜ、こちらに?」

「家族みんなで住める新しいおうちを探しに来ました。このお屋敷は、ママが第三総括さんにもらったものなんです」

「中に君たちがいるのに、外で勝手に権利云々の話をして申し訳ないと思うけど、一応この国ではそういうことになってるんだよね。でも別にどうしてもここじゃなきゃ駄目だってわけじゃないから、ものすごーくほんとーに残念だけどこの屋敷は諦めてこれからも今までどおり君たちに任せることに――」

「なるほどなるほど、そういうことだったのですね。ここを皆様の新居に。それはとても素敵なことです。本当に。――それではひとつ、ワタクシからご提案があるのですが」

 

 ユラの早口台詞を食い気味で遮ってから、ギルモンテが咳払いする。そうして、白い手袋に包まれた右手を自身の胸元にそっと当てた。

 

「ワタクシは屋敷を出て、ここを皆様に委ねようと思います」

「えっ!?」

「は?」


 寝耳に水とは、まさにこのことだ。予想外すぎる展開に対応できず、イリスとユラは揃って驚きの声を上げることしかできない。

 

「ど、ど、どういうことですか!?」

「正統な持ち主がいらっしゃったのですから、不法に占拠しているワタクシめが退去するのは当然のことです。いえ、それでもこの屋敷を悪意をもって害するような方々であれば、ワタクシはどんな手段を用いてでも追い出し続けると決めておりましたが、皆様はそうではありませんでした。こんな精霊めの話を聞いて、涙を流してくださった。それだけで、今までの長い孤独が報われたような気がしました。――だから、もういいのです。二度と戻ってこない家族をいつまでも待ち続けることは、もうやめるべきなのです」


 もう戻ってこない。そうだ、あの肖像画の家族は人間だった。魔物や精霊ならともかく、二百五十年もたった今になって屋敷に戻ってくることは、きっとないだろう。ギルモンテも、それは知っていた。知っていて、それでもずっと待ち続けたあまりにも永すぎる日々を――彼は今、ここで終わらせようとしている。


「皆様の来訪はワタクシにとって、とてもいいきっかけになりました。背中を押していただいて、本当に感謝いたします」

「……ここを出て、どうするんですか?」


 覚悟を決めた精霊は、あまりにも穏やかな表情を浮かべている。いっそ清々しさすら感じる声音に、どんな答えを返せばいいのかわからない。けれど何かは伝えたくて、それだけを絞り出した。

 ギルモンテの返事は、ない。ただ、静かに笑っている。


「――精霊は、その存在意義を失えば消滅する」

「え?」

「この屋敷で家族を待ち続けることを存在意義としていたギルモンテが、それを放棄してここを出るということは――そういうことだ」

「そんな……っ」

「マオ様の仰るとおりです。ですが半精霊のレディはワタクシとはまた違う存在意義を持っておりますので、ここを出ても消えることはありません。どうかご心配なく」


 いまだギルモンテの頭の上にいるタフィーは、先ほどからぴくりとも動かない。相方の判断を信じて、すべてを受け入れようとしているのだろうか。

 

「皆様のような優しいご家族に暮らしていただけるなら、この屋敷も幸せでしょう。ひょっとしたらワタクシは皆様につなげるために、今までここを守ってきたのではないかとすら――」

「違います駄目ですそうじゃないです! そんな諦めるみたいな言い方はしないでください! 今までの自分を否定するようなことはやめてください!」


 マシュマロソファのすばらしい弾力を利用して、イリスはぼよよんと勢いよく立ち上がった。無性に腹の奥がかっかして、ほっぺまで熱くなる。


「なんかもう全体的にすっごく嫌です! 全然うれしくないです! 誰もハッピーじゃないです! もっとほかにみんなが笑顔になれるやり方が絶対あるはずです! なんでギルモンテさんが消えなくちゃいけないんですか!? 今までずっと頑張ってきたのに! こんなにこんなに頑張ってきたのに!」

「イリス様……」

「いいじゃないですか、ずっとここにいたって! ずっと肖像画のご家族を待ってたって! ずっと僕たちと一緒、一緒に――」と、頭に思い浮かんだ言葉を口からひたすら発射し続けたイリスは、そこで唐突に閃きを得る。そうだよ、そうだ! それがいい!

 

「僕たちと一緒に、ここでご家族が帰ってくるのを待ちましょう!」

「エッ?」

「え?」


 困惑するギルモンテとユラの声を無視して、イリスは必死で思考をめぐらせる。

 あの肖像画の家族がもう戻ってこないことは、この場にいる全員がわかっていた。けれど可能性はゼロではないはずだ。待ち続けるかぎり、信じているかぎり。

 詭弁かもしれない。残酷かもしれない。でも、そんなのどうだっていい。ギルモンテが生きていけるなら。

 

「ねっ、ねっ! そうしましょう! ギルモンテさんもタフィーさんも一緒に、パパとママとボクと、みんなでここで暮らしてご家族を待ちましょう!」

「……でっ、でもでも、ワタクシ本当に何もできませんし、皆様のお邪魔になってしまいますしっ」

「なに言ってるんですか! 『大事な家族のために二百五十年以上も屋敷を守り続ける精霊』なんて誰にも真似できないめちゃくちゃかっこいい肩書きじゃないですか! エモいです! キャッチーです!」

「そ、そ、そうでしょうか……! イリス様にそんなふうに仰っていただけると、ワタクシ自分がものすごいことをしたような錯覚を覚えます!」

「実際すごいことしてるんですよ! ねっ、タフィーさんも!」


 ギルモンテの頭上ですくっと立ち上がったウサギのぬいぐるみが、その場でうれしそうに踊り出す。これはきっと、賛成かつ肯定の表現だ。心強い仲間を得たことで、イリスは自分が示す未来が間違いではないと確信する。ぐっと、握った拳に力が入った。

 

「で、でもでも、ほ、本当によろしいんですか? そんな夢のようなお話……っ」

「もちろんです! ですよね、パパ! ママ!」

「謹んでお断りします」

「ママー!?」

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