1-22 それがこれから傷を治そうとする人のやること!?
突然、ユラの胸元へがっしりと抱き込まれる。慌てる亮太の耳に、心臓の鼓動が響いた。ひどく大きく、ひどく速い。
「……これ」
「もー! おしゃべりしている間に少しでも静まるかと思ったら全然だった! ばっくんばっくんしてるのわかるっ? 怖かったの! めちゃくちゃ怖かったの! 君がいなくなっちゃったことは全然大丈夫じゃなかったの! 頭が真っ白になって、何なら心臓ちょっと止まったからね!?」
「ご、ごめんなさいっ」
「はい、ありがとう! 俺の心臓に対しての謝罪はちゃんともらっとく! でも、それ以外にならいらない! だって必要ないから! まったく、ぜんぜん!」
「そうだな。謝るべきは、こちらのほうだ」
ユラにぎゅうぎゅうと強く抱きしめられたままの亮太の頭へと、マオがそっと手を置いた。大きくて、冷たい。けれど、不思議なぬくもりを感じる。全身がゆっくりとぽかぽかしていく。そんなところに「すまなかった」と低く通る声で囁かれてしまっては、もう駄目だ。見開いたままの亮太の目から、大粒の涙がひとつ零れ落ちた。
「俺も、何度でも言うよ。ごめんね。本当にごめんなさい。でも俺たちは勇者と魔王をやめられない。絶対に守るって約束は死んでも違えないけど、それでも怖い思いをさせたり、不安な気持ちにさせることはきっとたくさんある。……だから、だから君のほうこそ、俺たちでいいの? 本当に、俺たちがパパとママで――」
「二人じゃなきゃ嫌です!」
皆まで言わせない。言わせてたまるか。だってそれが。それだけが、今の亮太の全てなのだから。
「マオさんとユラさんがパパとママじゃなきゃ駄目です! 異論は認めません!」
「っ、魔王と勇者でもいい?」
「魔王と勇者サイコーです! めちゃくちゃかっこいいです!」
「……、く、熊でも?」
「熊でも、ぼくは! ぼくだけは何があったって怖がりません! そんなパパとママが大好きです!」
短い腕をユラの腰へと回して抱き返そうとしたが、がっちりホールドされているせいで身動きが取れない。かろうじてセミのように張りつきながら、亮太は鳴いた。ユラの鼓動が、さらに速くなる。自分が、ただの腐男子高校生であるはずの春日井亮太が、この最強の勇者の心臓を震わせる存在になっている。それがどうしようもないほどうれしかった。
「……うん、うん、そっか。わかった。じゃあ、一緒にいよう。ううん、いてほしい、いてください!」
「よろしくお願いしまあっす!」
ひしっ! と、未だかつてない強い抱擁を交わす。ただでさえぴったりと隙間なくくっついていたので、これ以上の接触はもはや同化の域だ。餅のようにべちゃりと溶ける亮太の頭を、再びマオがそっと撫でる。その穏やかな青い眼差しが、マオもユラと同じ気持ちなのだと、雄弁に語りかけてきた。
思わず、ほう、と安堵の息をついた亮太を最後にぎゅっと強く抱きしめてから、ユラがゆっくり離れていく。うれしそうな、幸せそうな笑顔。見惚れるほどに美しいが、だからこそ赤い血の跡がひどく痛々しい。
「でもでも、ぼくのせいでママに怪我をさせてしまったことは紛れもない事実であって絶対によくないことです。きれいでかっこよくてかわいい国宝級のお顔に傷が残ったりしたら、ぼくは自分が許せなくてママを見るたびに後悔で泣いてしまいます」
「お、いいねいいね。調子が戻ってきたね。こんなのホントに大丈夫なんだって。かすり傷だから、すぐ治るよ」
「だめです!」
ぶんぶんと光の速さで振る亮太の頭の中で、先ほどのシーンがリフレインする。あれは怖かった。とんでもなく怖かった。『極マリ』のジュリオの最期と重なってしまったことも大きい。マギアロイドに乗って戦場で散ったのではなく、名前も知らない子どもを庇って銃で頭を撃ち抜かれてしまった彼の最期と。
「大好きな人が死んじゃうのは、もう嫌です」
二次元の話とはいえ、ジュリオに死んでほしくなかった。ここに来てようやく、自分が死んでしまってからようやく、亮太はジュリオの死を受け入れることができた。悲しむことができて、泣くこともできた。
だからこそ、もう二度と同じ思いはしたくない。
「……俺は死んだりしないよ。今回は本当に、たまたまだったんだ。めちゃくちゃ焦ってちょっと判断をミスっちゃっただけで。本来の俺はホントに強いから、どんな相手だろうと怪我なんかしないよ」
「やっぱりぼくはお荷物なんです。たとえ迷惑はかけなくても、疫病神にはなってしまうんです」と、己の不甲斐なさに思わずジト目になりながらぐちぐちと呟く亮太に、「いや、ちがっ」とユラが慌てて両手をばたつかせる。「ほらっ、あくまでも確率の問題っていうかさ。ずっと当たりを引いてたら面白くないっていうか、たまに引くハズレもそれはそれで楽しいっていうか。あー、違う違う。違うよ? 君と一緒にいることがハズレだとかそういうことじゃなくって、つまり――」
「勇者の怪我なら、おれが治せる」
「え?」
「えっ!?」
突然のマオの横槍とその台詞に、なぜか亮太以上にユラが驚いている。
「パパ、怪我を治せるんですか?」
「ああ」
「いいよいらないからすぐ治るから! っていうか、いつもそんなことしないじゃん!」
ユラはぴょんっとウサギのように飛び跳ねて、まさに脱兎のごとく逃げようとする――が、素早く立ち上がったマオの大きな手によって、呆気なく捕獲された。
「勇者が拒むからだろう」
「現在進行形で拒否してるんで、どうぞお構いなく!」
大概のことは受け入れてしまうユラの珍しいほどの拒絶に違和感を覚えるが、マオの提案は亮太にとっても渡りに船だ。となれば、このビッグウェーブに乗るしかない。
「ぼくのせいでママが傷つくのは嫌です。パパが治せるなら治してほしいです」
もちろん今まで一度もやったことはないが、このかわいいショタっ子の姿なら絆せると判断して上目遣いで首を傾げてみる。目をうるうるできれば完璧だったが、さすがに練習が必要だ。それでも、ユラには効果バツグンだったらしい。うぐっ、といううめき声を上げながら防御力を大幅に下げてくれた。
「子どもの頼みだ、諦めろ」
「いたたたた顎痛いって馬鹿力っ。それがこれから傷を治そうとする人のやること!?」
傷の処置をしてもらうことに、なぜここまでの抵抗をみせるのだろう。ひょっとしたら反動がすごいのかもしれない。傷を癒やすというメリットには、それこそ最強の勇者でさえ耐えられないようなデメリットが伴うのかもしれない。
それならさすがに無理強いはできない。「やっぱりちょっと待ってください」と、亮太が焦って声を上げようとした、そのタイミングで。




