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【二部開始】魔王と勇者のカスガイくん~腐男子が転生して推しカプの子どもになりました~  作者: 森原ヘキイ
第一部 第一章 カスガイくんは、魔王と勇者の子どもになりたい
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1-2 もう付き合っちゃえよ!

 そう。春日井亮太は、腐男子である。

 腐男子とは腐女子の男性版であり、主に二次元の男性キャラ同士の恋愛を妄想することで幸せになれる生き物のことだ。

 亮太が目覚めたのは、中学二年生のとき。きっかけは、とある異能力バトル系の少年漫画だ。主人公の親友と、主人公のライバル。初期は全くと言っていいほど接点のなかった二人だったが、作中での事件をきっかけにがっつり絡んでからは、その後も遭遇すれば軽口を叩き合うまでに仲良くなっていった。その友人とも天敵とも言い切れないもどかしい関係性に辛抱たまらず、思わず亮太はこう突っ込んでしまったのだ。


「もう付き合っちゃえよ!」


 この世に新たな腐男子が爆誕した瞬間である。

 高校一年生になった現在でも、そのアンテナは健在だ。目星をつけたアニメの本放送が始まる前に、まずは公式サイトをチェック。ストーリーよりも先に登場人物の一覧をクリックして、自分好みのキャラを見つけることが亮太の通例となっていた。かくして今期の最注目アニメ『極彩のマリアロイド』でも、無事に運命の出会いを果たすこととなる。

 ジュリオ・サルビア。金髪赤眼の王子様的な甘い容貌であるにも関わらず、黒い軍服を身にまとって不敵な笑みを浮かべているギャップに心臓を鷲掴みにされてしまった。即断即決、推し確定。そして、そこからが腐男子としての本領発揮である。


 探し出さなければならない。

 この推しの対となるキャラを。

 つまり、カップリングのお相手を!


 ありがたいことに、その存在はジュリオのすぐ隣にいた。

 ロミット・アジュガ大佐。ジュリオと同じ軍の所属であり、直属の上司。黒髪。高身長。無表情。ジュリオとは色味から容貌、性格に至るまで、全てが対称的になるように設定されている。

 そもそも、ロミットとジュリオって。カップリング呼びをしたらロミジュリになるって。名前からしてもう「そういうことです」と言わんばかりじゃないか。「これは公式やってますね! ありがとうございます!」と天に向かって拝んだ日のことを、今でもよく覚えている。

 あのときは楽しかった。本当に幸せだった。

 それなのに、片方はきょう死んで、もう片方は相方の訃報を聞いても「そうか」とひとこと呟くだけだったのだ。これがショックじゃなくて、いったいなにがショックなのだろう。


『いや、ほら、大佐はもともとあんまり表情が表に出ない人だしさ。それにあのシーンは背中しか映ってなかったよ? 実は泣いてたかもしれないじゃん?』

『そうだよ! きっとこれからジュリオのことを回想したり、ジュリオのために動いてくれたりもするって絶対!』


 同じロミジュリ推しの同士を励ますメンバーたちの言葉が、亮太の心の荒波をも鎮めてくれる。そうだったらいい。せめて、それくらいはしてほしい。でなければ、とてもじゃないが救われない。


『みんなありがとな! 私よりカスガちゃんが心配だけど!』

『カスガちゃんもロミジュリ最推しだもんね。まだ来てないみたいだけど大丈夫かな』


 不意に己のインターネット上の名前を見つけて、亮太の肩が小さく跳ねる。苗字の春日井から抜き出しただけの単純なもので、年齢は公表していないものの言動が幼く見られがちなのか、周りからは「ちゃん」付けで呼ばれることが多い。一人称は無難に「わたし」だし、カップリングの話題にも前のめりで参加できるので、おそらくは普通に女性だと思われている。それを、あえて否定したことはなかった。

 寒さでかじかんだ指をゆっくり動かして『生きてます』とだけ打ち込む。すぐに『よかった!』『無理はしないでね』という吹き出しが飛んできた。同好の士のありがたみというものを、このときほど強く感じたことはないかもしれない。じわりと、目の端が熱くにじむ。


『でもさすがにジュリオがあんな死に方するとは思ってなかったな』

『だよね。あれはなんか戦闘狂のジュリオっぽくないっていうか、せめてもっといい見せ方があったんじゃないかなって』


 ジュリオの、最期。まだまだ傷口が新しすぎて、あの場面を思い返すと色々なところから血が吹き出そうだった。それでも奥歯を噛み締めることで何とか堪えながら『わたしは逆にジュリオっぽいなって思ったよ』と指を動かす。


『まだ受け入れらないけど、すぐにはぜんぜん無理だけど、でも本当は優しかったジュリオっぽいなって』


 初登場時の彼の傲岸不遜ぶりは、インターネット上でもちょっとした話題になった。主に悪い意味で。けれど回を追っていくうちに、その裏側にある万華鏡のような人間性が見えてくると、最初は否定的だった視聴者が少しずつファンへと変わっていった。

『ジュリオって本当はいいやつ?』『あれ? ジュリオちょっとよくない?』

 基本的に同担大歓迎の亮太は、そんな発言を見つけるたびに飛び上がって喜んだ。推しの良さをわかってもらえることほどうれしいことはない。

 ――けれど、ジュリオはあっけなく死んでしまった。


(あのときのファンたちも、今ごろ涙に暮れてるんだろうか……)

 

 そう考えて、亮太はまだ自分が泣いていないことに気づく。悲しくないわけじゃない、悔しくないわけじゃない。ただ、心がまだ追いつかない。


「……?」 


 そんな思考の海にどっぷりと沈んでいた亮太の耳に、突如として飛び込んできた叫び声。横顔を貫くように照らす一条の光。

 それが車の急ブレーキ音であり、それが車のヘッドライトだと気づいたときには、すでに視界が真っ白に染まっていた。

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