1-17 知り合いか? 捕まえるか?
「はい、到着。ごめんね、いつもよりは控えめにしたつもりなんだけど大丈夫だった?」
「あわ、はわ、ひぇ、ふぉ……」
オフロードレースというものをテレビで見たことがある。砂利などでできたサーキットを、車が土埃を上げながら爆走するモータースポーツのことだ。先ほどのユラの運転を一言で表すとしたら、おそらくそれだろう。なんかすごかった。とにかく激しかった。
けれど、速度規制は――この世界にもあるかはわからないが――多分ちゃんと守られていたような気がする。問題は速さではなく、スピードを極限まで落とさずに走り続けるユラのドライビングテクニックだった。鋭いコーナリングによる遠心力で、小さな体を何度も持っていかれそうになった。けれど。
「たたたたた、た、楽しかったです!」
「えっ、そうなの?」
そう、実は途中から楽しくなってしまっていたのだ。ジェットコースター系はあまり得意ではない亮太でも、このアトラクションはちょっと癖になりそうで恐ろしい。
なんといっても安心感が違った。マオの膝の上という、絶対の安全を約束された場所でがっちりと保護されていたことが大きすぎる。さらにユラの運転も、無茶ではあるが無謀ではなかった。あくまでスピード重視でありながらも、同乗者の負担を考慮した繊細なハンドルさばきを披露してくれた。
遺跡の中でも感じたことだが、マオとユラの二人が揃っているなら、本当にどんなことでも楽しむことができてしまう。推しカプ兼最強のアンバーサスの側にいられる幸せを、亮太は改めて強く強く噛み締めた。もぐもぐもぐ。
「あはは、そっかそっか。君は頼もしいね。じゃあその調子で、お仕事も一緒に楽しんじゃおうか」と、うれしそうに笑うユラに促され、マオに抱えられたまま車を降りる。
目の前に現れたのは、一面の田園風景だ。遥か彼方にある蒼い山々を背景にして、緩やかに隆起する緑の絨毯が広がっている。その合間に、大きな木や赤い屋根の小屋のようなものがポツポツと並んでいる光景は、馴染み深い日本の田んぼとは全く違う。
「いつアルプスの少女が飛び出してきてヤギと一緒に走り回ってもおかしくないですね……!」
「? 知り合いか? 捕まえるか?」
「いえ、大丈夫です! そのままにしておいてあげてください!」
意外にもエキサイティングな突っ込みをしてきた魔王を慌てて振り返ると、車を挟んだ向こう側で「そっちじゃないよ、こっちだよ」と呼びかけてくる勇者の姿も一緒に視界に入ってくる。
ユラの長い指が示す先には、まるで盆栽の頭のような丘があった。そして亮太の気のせいでなければ、そのうちの一角を巨大な光のカーテンがすっぽりと取り囲んでいた。
「あれは何ですか?」
「結界だ。原則として、幻獣はあれを通り抜けることはできない。先ほど幻獣は次元のねじれの狭間から生まれると説明したが、遺跡周辺は空間が不安定でそのねじれが起こりやすい。幻獣の発生そのものを止めることはできないため、苦肉の策としてあらかじめ遺跡から一定の範囲を結界で覆い、不定期に出現する幻獣をせめて外には出さないようにしている」
「なるほど!」
「つまり、生け簀の中の魚状態にしてるんだよ。俺たちは、その魚を片っ端から釣り上げるだけでいいってこと」
ね、簡単なお仕事でしょ。そう言ってユラが楽しそうに笑うので、釣りの経験がほぼゼロに等しい亮太は「本当ですね!」とお気軽な相槌を打ってしまった。
――その魚が人喰いザメである可能性など微塵も考えずに。
「あ、いたいた。おーい、遅くなってごめんねー」
「お、おおお疲れ様です! マオさん、ユラさん! お手数をおかけしまして! 誠にっ、申し訳っございませんっ!」
森に踏み入りながら丘をしばらく登っていくと、結界のすぐ手前で陣取っている制服姿の集団を見つけた。ユラが呼びかけながら手を振れば、その五人の中からひとりの青年が即座に飛び出してくる。彼は亮太たちの目の前まで全力でダッシュをすると全力でブレーキをかけ、びしっと音が出るような敬礼をした。
「調停騎士団のみんなもお疲れ様。いつも言ってるけど、そんなにかしこまらないでいいからね。君たちの幻獣対策のための戦力が足りてないのは、一周回って俺たちのせいみたいなところもあるんだから」
「いいえ、まさか! そんなとんでもない! 本来であれば我々が主導する立場でありながら、毎回お二人に丸投げする形になってしまい非常に心苦しい気持ちでいっぱいいっぱいでありましてっ!」
「だが人手が必要な初動対応は、いつもそちらが引き受けてくれているだろう。そのおかげで、おれたちも自由に動くことができる」
「はっ! 恐縮です! 感激です!」
かしこまらなくていいと言われたはずなのに、青年の態度は全く崩れない。よほど真面目なのか、あるいはマオとユラの存在が相手を萎縮させてしまっているのか。おそらく両方だろう。
調停騎士団の残りの四人はといえば、特に合流しようという素振りもなく、相変わらず少し離れたところからこちらの様子を窺っている。その緊張をはらんだ伏し目がちな視線は、まるで熊でも発見したかのようだ。できれば怖いから見たくない。でも目を逸らせば死んでしまう。マオユラと一緒にいる亮太にまで、そんな恐怖心がひしひしと伝わってくる。
不思議だった。この素敵すぎる推しカプの、一体どこに怯える要素があるというのか。
「パパ、パパ」まだ続いている青年とユラの会話を邪魔しないように、こっそりマオに話しかける。「調停騎士団とは何ですか?」
「国の治安維持のために発足された公的な組織だ。遺跡や幻獣に関する案件では、おれたちとも協力して事に当たることが多い」
「なるほどっ」
警察のようなものだろうか。通常の業務だけでも大変そうなのに、さらにこの世界では幻獣とやらまで相手にしなければいけないときたら確かに体がいくつあっても足りなさそうだ。疲労でついうっかり、ネガティブな感情が外に出てしまうこともあるだろう。けれど先ほどの話を聞くかぎり、その余分な仕事にはマオとユラが協力しているらしい。調停騎士団の負担が少しでも減るという点では、あの四人も目の前の青年のように感謝全開のオーラを放出してくれてもいいはずだ。
(なんか、ヤな感じ)と、そこそこ強火オタクの亮太は、ひとりでぷりぷりしてしまう。
「結界確認と避難誘導は完了しております! 問題ありません!」
「うん、ありがとう。こっちも詳細は把握済みだから、さくっと終わらせてくるね。悪いけどもう少しだけ待機しててもらえるかな?」
ユラは青年とすれ違いながら手をひらひらと振り、敬礼をしたまま硬直している四人の間を颯爽とすり抜けていく。結界のカーテンを何のためらいもなく通り抜けようとするユラの後ろ姿が、逆光で神々しく輝いた。その背中を追うべく、亮太を抱えたマオもゆっくりと歩みを進める。
「あ、あの、マオさん! 失礼ですが、その子も一緒に連れていかれるのですか? き、危険なのでは――」と、おそらく一般論を持ち出して純粋に心配してくれたであろう青年の言葉が、すぐに途切れる。自分がいったい誰に向かって何を言っているのか気づいたのだろう。
最強の勇者に「世界で一番安全な場所」と保障された最強の魔王の腕の中にいる亮太は、えへんと誇らしい思いで胸を張った。
「ありがとうございます! でも、ぜんっぜん大丈夫です!」




