虚言について
Aは、人が嫌いだった。
「Aって、いっつもムスッとしてるよね」
後ろの席のやつに言われた悪口。けれどAは、傷ついた。人が嫌いなのに、傷ついた。
いつしかAは気づいた。人が嫌いなのは、傷つけられたくないからだと。好きになってしまったら、もっと傷つけられると知っていたから。
Aは嘘をつくようになった。
「みんな大好き」
傷つきたくはないから。
Mには、誰にも言えない秘密があった。
その秘密を隠したくて、言う必要のない嘘を今までたくさん言ってきた。
「Aって、いっつもムスッとしてるよね」
Mは、Aがその言葉を聞ける距離にいることを知っていた。けれど、傷つけるしかなかった。だって本当は好きだから。
人を傷つけてもいいから、自分を傷つけないようにした。
守るように、嘘を吐いた。
Kは、人に対して恐怖を抱いていた。
相手が何を考えているのかわからない恐怖。
相手が自分に何を求めているのかわからない恐怖。
怖かったから、誰に対しても笑顔を振りまき、誰に対しても優しく接し、自身の正義を放棄した。
「Aって、いっつもムスッとしてるよね」
Mが言ったこの言葉。自分がAをどう思っているのか、そんなことは関係なかった。
「ね」
ひそかな声で呟いた。Aには聞こえないように、けれどMには聞こえるように。
Iは、信じることがどんなことなのか、まったくわからなかった。
言われたこと、ひとつひとつを疑い、結局信じず、かと言って自分のことも信じていないわけだから、いつでも何かに迷い、不安定に彷徨っていた。
Aは言った。
「大好きだよ」
Iはこれを疑った。
けれど、その疑念は言葉になることはなく、
「私も大好き」
今日もひとつ、嘘をついた。