一人の部屋で蚊を潰した
“ブーン”
耳元で例の耳障りな音が鳴った。
私はそのお陰で蚊の存在に気づき、上手い具合にいち早く潰す事ができた。良かった。刺される前に仕留められた。そう思ったのだが、蚊を潰した手の平には血がベットリと付着していたのだった。
どうやら手遅れであったらしい。血を吸われている。そのうち、体のどこかが痒くなるに違いない。手か足か。偶に刺されると、何とも言えない不快な痒みを発する箇所があるが、できれば勘弁して欲しい。指の付け根は特に嫌だ。
“さあ、どこだ?”と私は覚悟したのだが、いつまで経っても痒みは襲ってこなかった。ちょっと奇妙には思ったが、こういう事もあるだろうと私はそれを気にしなかった。そして、そのまま就寝した。
部屋を暗くしたが、どうにも上手く寝付けなかった。妙に寝苦しい。ベッドの上を転がりながら考える。
まだ痒みはやって来ない。あんなに血が付着していたのに。普通なら痒くなるはずだろうに。
が、そう思ったところで不意に物音がした。
ごとり。
私はそれを聞いて戦慄した。
この部屋には私しかいないのだから、あの血の主は私のはずだ。私はそう思い込んでいた。しかし、もしそれが間違っていたとしたら?
――私以外の誰かの血。
ごとり。
暗闇の中、また物音がした。