生まれ変わる
「ふ、ふふ、ありがとう。ちょっとは私には価値があるってことね。つまり、そういうことよ。何かができなかったら何の価値もなくなるなんて心配することなんてないと思うんだ」
エドがもし自由に体が動かせない、例えば心臓とかに問題があって肩身の狭い思いをしているとしても。価値がない人間なんて思うことなんてないと思う。
私だって……母や妹に必要とされなくなっても……。まだ、他にできることがあった。
役に立っているかどうか、必要とされているかどうかは分からないけれど……。
「侯爵や聖女も、きっと見返りを求めて力を使っているわけでも、力を使えなくなったら価値がなくなると思っているわけでもないと思う」
「なんで、そう思うの?」
「うん、初めてこの間、魔法を見たの。魔法を見た村人たちの反応。子供たちはすごいと大喜びだったし、あまりにも美しくて私のように見とれている人もたくさんいた。それに、みんなありがとうって感謝の言葉を口にしてた。具体的な見返りなんてなくたって、その言葉だけできっとやってよかったって思ってると思うんだ」
「……まぁ、そう、かも……?」
一旦、スコップを動かす手を止めてエドの顔を見る。
「そんな風に思える侯爵様や聖女様って、素敵でしょう?」
エドが声に出さずに、素敵と言葉を繰り返した。
「逆に、力が無くなったら価値がないなんて本気で思ってる侯爵や聖女がいるとしたら……、力がもともとない国民を価値のない人間だと思ってるってことでしょう。そんなの、逆にすごく嫌だわ。だから、侯爵や聖女は、力が使えない自分に価値はないと思っていないと思う。というより、力のあるなしで人の価値を決めないでいて欲しいっていう願望かな?」
ふぅっと息を吐きだす。
「力が無ければ価値がないと思うことは、力を持たない者を価値がない人間だと思っているということ……か……。もしかすると、そんな風に考えていなくても、奥底にはそういう考えがあるのかもしれない……」
「エドはさ、自分の価値って何だと思う?私、ちょっと前まで家族のために働いてる自分には存在価値がある、家族がいなくなれば全く価値がない人間になっちゃうように感じてて不安があったんだ」
エドが立ち上がって私の肩をつかんだ。
「あるよ!リコには価値!今だって、僕にいろいろ話をしてくれてて、その話はとても新鮮でためになって……それに、いま穴を掘っているのだって、村の人のためにでしょう?すごいことだよ?」
こくんと頷く。
「ありがとう。そういってもらえると嬉しい。私、今ね、新しい自分になろうとしている最中なんだ。家族と離れて……。急に聖女だって言われたって、聖女だと呼ばれるだけで価値があるとはとても思えないし。私には何ができるんだろうって。誰かに必要とされたいなぁって。誰かのために何かしたいなぁって。もちろん、それは全部自分自身のためでもあってね……。自己満足になっちゃうかもしれないけれど、でも、いろいろやりたいんだ」
エドの目を見てにこりと笑う。
言葉にして、初めて自分の気持ちが分かった。
そうか。私、新しい自分になろうとしてるんだ。母や妹のために生きてた自分じゃない。新しい自分。
誰かのために何かをしたいと思うのも、私の気持ちだ。しなくちゃいけないと、しないわけにはいかないという昔の状況とは違う。
しなくてもいいけれどでもしたいからする。それは私の意思。私は、今、自分がしたいことをしている。自分がしたいことをしながら……新しい自分を作っている。
ポロリと涙がこぼれた。
悲しいわけじゃない。嬉しいわけじゃない。新しい自分が生まれてるこの瞬間が特別な気がして……。誕生おめでとう……って。
「リコ!」
涙を流した私を、エドがぎゅっと抱きしめてくれる。
胸を貸してくれるのね……。
「リコこそ素敵な人だ。闇聖女だろう?皇帝にはなれない闇侯爵の聖女にさせられてかわいそうって思ってたんだ」
かわいそう?
私、日本にいるときにもかわいそうだってよく言われた。その時も、そんなことないって思ってたけれど……。
新しい自分もかわいそうだって思われるの?
かわいそうなんかじゃないよ?




